「お買い得の耐え難き軽さ」
ーウクライナ生まれのピアニスト・リヒテルが弾くバッハ

いとうまこと(キジトラ珈琲舎)

ウクライナ生まれの名手スヴャトスラフ・リヒテルによるバッハ「平均律クラヴィーア第1集・第2集」をアマゾンでMP3データをオンライン購入した。今年は第1集発表から300年の当たり年だが、その価格なんと20円だと。

 東西対立時代の東側のエースピアニストが奏でる通称「ピアノの旧約聖書」である。例えようもなくシンプルだがこの上なく緊張感にあふれた4時間半の名演を商品価値20円とは見限ったもんだなアマゾン。

 昔のLPなら3枚組2セットという大作。居ずまいを正して聴くべきやつだ。レジ脇のチョコ一つ買えない値段でCDなら4枚分の名曲名演がひとかたまり手に入っても、お得じゃんと素直には喜べぬ。

 プライスレスというのはそんな意味じゃない。ギャルソンさんに1セントのチップを置くのは不満の意思表示、客からの宣戦布告だぞアマゾン。もはやバッハにもリヒテルにもファンに対しても失敬だ。

 次の休みにカーステレオに持ち込んでみた。仙台から気仙沼・唐桑まで往復してもまだリヒテルはピアノを弾いている。ヨロレイヒーなレジ脇チョコなら信号二つで溶けちゃうさ。

 艾(もぐさ)の字から草かんむりを取ったような需要供給価格のグラフが心をよぎる。そのグラフで全部計れるはずはあるまいよ。



<レビュアー・レコメンダー>

いとう・まこと/ 1960年7月生まれ。小中高、予備校、大学と一貫して仙台で育つ。1985年河北新報社入社、20年余りを内勤整理記者として見出しと割り付けに明け暮れる。2013年退社、南町通一番町に『キジトラ珈琲舎』を開業。店名は初代ネコの柄にちなむ。


【レビュー・レコメンドとは】
仙台に暮らし、活動するさまざまな方に、「人生の一番/最近の一番」を教えていただく企画です。