レビュー・レコメンド

録音技師 ユーゴ・ズッカレリの『ホロフォニクス』

――小学生の時に衝撃を受けたカセットテープ

菅原 宏之(サウンドデザイナー)

 1980年代中期、いつもラジカセで聴く音楽といえば、YMOや『スイッチト・オン・バッハ』といった電子音楽が多かった。そんな小学四年生の頃に、兄が聴かせてくれたこの一本のカセットテープが私の音フェチを開花させることになる。

 それは音楽でもなんでもなく、ドライヤーの音や、ハサミで髪を切っている音といった普通の生活音だった。しかし、そのドライヤーの音はイヤホン越しに風圧を感じるような、ハサミで髪を切る音もその振動が体に伝わるような、自分の髪を切られているかのような錯覚を感じた。そのカセットテープから聴こえてくる音すべてが立体的で、それまでメロディとして楽しんでいた音ではない“体感する音”というものを初めて聴いて興奮し、幾度となく聴き返した。今で言うASMR(※)だ。

 普段から音には敏感な方で、階段を登ってくる足音で親の機嫌を察知したりしていた。何故か親が乗ってる車もタイヤの擦れ具合でわかって、「あ、帰ってきたな」とか。子どもの頃から感覚の一部として捉えていたけれど、当たり前すぎてそれらを“音”として認識していなかった。あの一本のカセットテープを聴いてからは、「音の捉え方」が変わった。

 人間が認識できる音の波長はせいぜい20Hzから20kHz程度だ。人間の進化や技術の進化で20gHzまで認識できるようになり、そこにホロフォニクスの立体的音響効果も付加されたらどれだけ楽しくなるだろうか。

 音楽よりも前に「音」がすごく好き。それに気づくきっかけとなったこのカセットテープをつい最近見つけて、思わずまた手に入れた。

※ASMR:「Autonomous Sensory Meridian Response」の略称で、「自律感覚絶頂反応」と直訳できる、聴覚や視覚への刺激によって得られる心地いい感覚・反応のこと。

掲載:2023年11月28日

【レビュー・レコメンドとは】
仙台に暮らし、活動するさまざまな方に、「人生の一番/最近の一番」を教えていただく企画です。

菅原 宏之 すがわら・ひろゆき
宮城県在住のサウンドデザイナー、フォトグラファー。CMやゲーム等の作曲のほか空間サウンドデザインやフィールドレコーディングを行う。フィールドレコーディングはNHKや坂本龍一氏のラジオ番組で数多く取り上げられる。またフォトグラファーとして、人物ポートレイトから物撮り、風景写真とさまざまな写真を撮る。