まちを語る

その23 齋 正弘(宮城県美術館教育普及担当学芸員・立体造形作家)

その23 齋 正弘(宮城県美術館教育普及担当学芸員・立体造形作家)

「美術館探検ホンモノ」(仙台市青葉区)
仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその地にまつわるさまざまなエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回ご登場いただくのは、長年、宮城県美術館で教育普及に取り組み、名物学芸員として親しまれている齋正弘(さいまさひろ)さん。春の雨もなんのその、とびきりの「探検」にいざ出発!
『季刊 まちりょく』vol.23掲載記事(2016年6月15日発行)※掲載情報は発行当時のものです。
 約束の日はあいにくの雨。このシリーズ23回目にして、はじめて雨天のまち歩きとなった。待ち合わせ場所の宮城県美術館に向かうと、レインコートに長靴姿の齋さんが現れた。「『美術館探検ホンモノ』というのがあるんです。今日は雨ですけど、それをやりましょう」。「探検」・・・・・・なんてワクワクする言葉!(でもちょっぴり怖いかも?)齋隊長を先頭に、さっそく探検のスタートだ。
 齋さんは、宮城県美術館の開館当初から、教育普及担当として来館者の質問や相談に答えたり、小・中学生の鑑賞学習に対応するなどの仕事をしてきた。数年前に定年退職した後も、週に3日は美術館に出勤している。
 「美術館探検」は、幼稚園児から10歳ぐらいの子どもたちを対象に齋さんがおこなってきた、「注意深く、丁寧に、よく見る」練習のプログラムだ。作品を真っ先に鑑賞するのではない。美術館の廊下にある扉を開けて中を見たり、換気口をのぞくことから始まる。真っ暗な換気口に空気が吸い込まれていく様子に、「空気ってこんなに吸い込んだらなくならないの?」と齋さん。そこから、空気は地上何メートルまで存在するのか、その距離は地図に置き換えたら自分の家からどこまでか、といったことを話し、考えていく。「ふだん知っていることを具体的なイメージに変えて、『うわっ!』と思えるというのが美術の仕事なんです」と齋さんは言う。そんなふうに館内や庭を歩き、何気ないものを丁寧に見ることで、探求心や好奇心を全開にして、びっくりする練習を重ねていく。
「美術館探検」のひとこま。館内や庭を探検していくうちに、子どもたちの顔は好奇心に満ちた「素の子ども」の顔になってくるという。「小さい人たちって、すごく熱心で、真摯で、本当におもしろい」と齋さん。
▲「美術館探検」のひとこま。館内や庭を探検していくうちに、子どもたちの顔は好奇心に満ちた「素の子ども」の顔になってくるという。「小さい人たちって、すごく熱心で、真摯で、本当におもしろい」と齋さん。
探検は外回りへ。新緑の季節、晴れていれば絶好の探検日和だったが、雨もまた良し。いかにも「隊長」という感じの齋さん。
▲探検は外回りへ。新緑の季節、晴れていれば絶好の探検日和だったが、雨もまた良し。いかにも「隊長」という感じの齋さん。
 「今やってきたようなことは、美術館じゃなくてふつうのところでもできる。それで、ある幼稚園の子たちが卒園のときにやってみたのが『美術館探検ホンモノ』なんです」。そこでいよいよ「美術館探検ホンモノ」の外回りに飛び出す。
 二高の前を通り、川内中ノ瀬町の為朝(ためとも)神社を経て、広瀬川河畔の中ノ瀬運動広場へ。この雨が恨めしいかぎりだが、装備万全の齋隊長はぬかるみもへっちゃら。ずんずんと歩みを進める。そのうち平らな道は消え、藪になり、木をかき分け・・・・・・。すると、沢が出現した。こんなところに沢とは。江戸時代の絵図にも描かれている「千貫沢(せんがんざわ)」だ。沢を渡ると今度は崖。齋さんは傘をたたんで背負い、まるで忍者のようによじ登っていく。隊長に遅れるな、と一行も続く。何だ、これは! 仙台の街なかにこんなワイルドな場所があったなんて。まさに探検だ! おとながそう思うぐらいだから、子どもにとってはものすごいアドベンチャーであろうことは容易に想像できる。
探検は佳境へ。道なき道を進む。齋さんは差していた傘をたたんで背負う。まるで忍びの者!?
▲探検は佳境へ。道なき道を進む。齋さんは差していた傘をたたんで背負う。まるで忍びの者!?
広瀬川のほとりにて。探検に出かける前、齋さんは「『美術館探検ホンモノ』で目にする仙台が非常に好き」と言っていた。実際に歩いてみると、なるほどと思う。
▲広瀬川のほとりにて。探検に出かける前、齋さんは「『美術館探検ホンモノ』で目にする仙台が非常に好き」と言っていた。実際に歩いてみると、なるほどと思う。
 やがて大橋を渡り広瀬川のほとりに出た。ちょうど川越しに青葉山がのぞめるあたりで、「伊達政宗の騎馬像が見えますか?」と齋さんが指さす。「え、どこどこ?」「あ、見えた!」とワイワイ。本来は、さらに広瀬川沿いを探検した後、幼稚園まで歩いて帰るのが「美術館探検ホンモノ」の全行程だが、この日の探検は花壇の銭形不動尊までで終了。
 藪を抜け、沢を渡り、崖を越えた後に、ああ仙台だ、という眺めに出合う。その新鮮な驚き。まちの中にはびっくりの種がたくさん落ちているんだな。それってアートじゃないか!?と気づいたら、「うわっ!」と心が躍った。

掲載:2016年6月15日

写真/佐々⽊隆⼆

齋 正弘 さい・まさひろ
宮城県美術館教育普及担当学芸員。造形作家。
1951年、岩沼市生まれ。宮城教育大学卒業後、アメリカ・ニューヨークのブルックリン美術館附属美術学校に3年半学ぶ。1979年、開館前の宮城県美術館(1981年開館)に教育普及担当学芸員として就職。以後、子どもたちを対象にした「美術館探検」や美術相談などに携わるとともに、公立美術館における教育普及に関する研究を行う。教育普及部長を務め、定年退職後も引き続き美術館に勤務。また、造形作家として鉄を素材とした彫刻作品も手掛け、個展・グループ展も多数開催している。2002年、宮城県芸術選奨受賞。著書に『おとうさんのひとりごと』(2002年、ブックカフェ火星の庭)、『大きな羊のみつけかた「使える」美術の話』(2011年、メディアデザイン)がある。