まちを語る

その24 渋谷 由美子(ヴァイオリニスト)

その24 渋谷 由美子(ヴァイオリニスト)

八木山動物公園(仙台市太白区)
仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその地にまつわるさまざまなエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回ご登場いただくのは、長年にわたり仙台フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めたヴァイオリニスト、渋谷由美子(しぶやゆみこ)さん。久しぶりに訪ねた思い出の地は、仙台市民にはおなじみのあの場所でした。
『季刊 まちりょく』vol.24掲載記事(2016年9月15日発行)※掲載情報は発行当時のものです。
福岡出身の渋谷さんは、アメリカ留学を経て仙台に転居。「九州の人間は、こっちの人から見ると少しバカじゃないのと言われるぐらい人見知りしないんですよね。初対面のときからパーッと人の中に入っちゃうから、仙台に来て変なヤツって思われてたみたい(笑)」
▲福岡出身の渋谷さんは、アメリカ留学を経て仙台に転居。「九州の人間は、こっちの人から見ると少しバカじゃないのと言われるぐらい人見知りしないんですよね。初対面のときからパーッと人の中に入っちゃうから、仙台に来て変なヤツって思われてたみたい(笑)」
 渋谷由美子さんが「思い出の地」として名前を挙げたのは、仙台の代表的なレジャースポット、八木山動物公園。今年で開園51年を迎える、市民憩いの場だ。
 ヴァイオリニストと動物園という意外な取り合わせに驚いたが、実は渋谷さん、かつて八木山動物公園のすぐ目の前に住んでおり、幼かった2人のお子さんを連れてよく遊びに来ていたそうだ。あまりにしょっちゅう来ていたために、お子さんからは「もう飽きた」と言われるほどだったが、子どもが大きくなるにつれて訪れる機会は減り、この日は20数年ぶりの来園だという。昨年の地下鉄東西線開通によって周辺の様子は変わり、園の入り口も新しくなった。「こんなに立派になっているとは思わなかったからびっくりしました」と渋谷さん。
ライオン、スマトラトラなどが飼育されている「猛獣舎」。ライオンは「猫が寝てるみたい」と渋谷さん。スマトラトラが近寄ってくると、「模様がきれい!」「こっち見られると怖いなあ」とじっくり観察。
▲ライオン、スマトラトラなどが飼育されている「猛獣舎」。ライオンは「猫が寝てるみたい」と渋谷さん。スマトラトラが近寄ってくると、「模様がきれい!」「こっち見られると怖いなあ」とじっくり観察。
 さっそく園内に入ると、夏休み真っ最中の子どもたちや家族連れが思い思いの時間を過ごしている。渋谷さんも動物を見て歩きながら、「おお、シマウマがいましたね」「(ゾウの鳴き声を聞いて)車のような音がしてる! やっぱりゾウは大きいなあ」と笑顔。暑さのせいなのかぐったりと横たわるライオン、体を伸ばして木によじ登りそうな勢いのスマトラトラ、水の中でポリタンクや湯たんぽの容器で遊ぶホッキョクグマなど、動物の姿や動きのなんとおもしろいこと! 夢中になって見てしまう。
散歩しているヒツジにばったり。毛を刈って2ヵ月だそうだが、「ふわふわして気持ちいい! こういうクッションありますよね」
▲散歩しているヒツジにばったり。毛を刈って2ヵ月だそうだが、「ふわふわして気持ちいい! こういうクッションありますよね」
 園内を散策していると、隣の遊園地から乗り物の音やBGMが聞こえてきた。すると渋谷さんが「思い出してきた! 昼間ずっとこの遊園地の歌が流れていましたよ」。そこから記憶が呼び起こされ、話は渋谷さんがこの近所に住んでいた頃のエピソードに。夜になると動物の鳴き声が聞こえてきたこと。5月の連休中は動物園や遊園地に向かう車が渋滞して自分の家の車が出せなくなったこと。飼っていたハスキー犬が逃げ、東北大青葉山キャンパスにある乗馬部の厩舎で馬と数日一緒に過ごしていたこと、などなど。
「アフリカ園」の水辺。ピンク色が美しいフラミンゴが群れをつくっていた。
▲「アフリカ園」の水辺。ピンク色が美しいフラミンゴが群れをつくっていた。
 当時、仙台フィル(当初は宮城フィル)のコンサートマスターを務めていた渋谷さん。女性のコンマスが珍しかった時代、しかもお子さんを育てながらの演奏活動は大変ではなかったのだろうか? 「いろんな人にベビーシッターを頼みました。プロのシッターさんじゃなく、ピアノを教えている方などにお願いして。一緒に歌をうたったりケーキを作ったり、自分の子どもみたいに大事にしてくれて。皆さんの力で大きくなりました」。子どもの成長は早い。いつの間にか手を離れ、ともに過ごした時間も記憶のひとこまとなる。そんなふうに、この動物園でもたくさんの思い出が育まれてきたのだろう。
園内では多くの子どもたちが動物の絵を描いていた。小さな子どもたちにもヴァイオリンを教えている渋谷さん、サル山の前で筆を走らせる少年をしばし見守る。
▲園内では多くの子どもたちが動物の絵を描いていた。小さな子どもたちにもヴァイオリンを教えている渋谷さん、サル山の前で筆を走らせる少年をしばし見守る。
 園内をひととおり回ってゲートに戻ってきた。「大人になってからも、たまに来るのはいいですね」という渋谷さんの言葉に共感。
2013年、宮城県女川町「女川いのちの石碑」の除幕式にて。
▲2013年、宮城県女川町「女川いのちの石碑」の除幕式にて。
 後進の指導にも力を注いでいる渋谷さんは、この取材の数日後には東京で、またそれを終えた後は台湾に飛び、1週間にわたってレッスンを行う予定だという。今日は、多忙なヴァイオリニストに束の間でも「夏休み気分」を味わってもらえただろうか・・・・・・。そう思いつつ、蝉時雨の中、渋谷さんを見送った。

掲載:2016年9月15日

写真/佐々⽊隆⼆

渋谷 由美子 しぶや・ゆみこ
福岡県飯塚市出身。全日本学生音楽コンクール西部地区第2位受賞。桐朋女子高等学校音楽科に入学し、前橋汀子、篠崎功子、斎藤秀雄の各氏に師事。桐朋学園大学音楽学部卒業。1975年、西日本新人演奏会でテレビ西日本賞受賞。1976年からアメリカ・ニューヨークのジュリアード音楽院に留学、ジョセフ・フックス、フェリックス・ガリミアに師事。1979年に帰国し、翌80年、宮城フィルハーモニー管弦楽団(現・仙台フィルハーモニー管弦楽団)に入団。その後、2002年に退団するまでコンサートマスターを務めた。現在は各地で演奏活動を行うほか、洗足学園音楽大学等で後進の指導にも当たっている。仙台市市政功労者。