まちを語る

その43 名雪 祥代(サックス奏者)

その43 名雪 祥代(サックス奏者)

新坂町
仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその地にまつわるエピソードを紹介する「まちを語るシリーズ」。サックス奏者・名雪さんの新坂町との出会いや交流、そこから生まれた新しい取り組みについてご紹介します。
 東北大学病院の北側に位置する仙台市新坂町は、江戸時代に形づくられた寺町の風情を残す地域。周辺には伊達家ゆかりの寺院や史跡が多く、歴史や文化を感じられるまちだ。この新坂町に新たな息吹をもたらしているのが、サックスプレイヤーの名雪祥代さん。活動拠点となっているギャラリー「遊彩工房  花言葉」では、「昼ジャズ倶楽部」と題するライブを開催していた。スタートから1年を過ぎたところで、また新たな形でのライブにシフトしていくことを計画中。
ギャラリー「遊彩工房 花言葉」を会場に、月1回の昼ジャズライブを実施。和室の一角がステージとなり、アットホームな雰囲気の中で生演奏とトークを楽しむ時間。
▲ギャラリー「遊彩工房 花言葉」を会場に、月1回の昼ジャズライブを実施。和室の一角がステージとなり、アットホームな雰囲気の中で生演奏とトークを楽しむ時間。
昼ジャズ倶楽部では毎回、多彩なゲストが登場。この日は栗原市在住のジャズボーカリストMIKAさん、仙台市在住のジャズピアニスト江浪純子さんを迎え、3曲を披露した。
▲昼ジャズ倶楽部では毎回、多彩なゲストが登場。この日は栗原市在住のジャズボーカリストMIKAさん、仙台市在住のジャズピアニスト江浪純子さんを迎え、3曲を披露した。
 「お昼休みにライブでホッと一息ついてもらって、午後も頑張ろうと思えるような時間になれば」。そんな想いを込めて名雪さんがナビゲートする昼ジャズ倶楽部は、12時15分からスタート。現地で生演奏に浸る人もいれば、リアルタイム配信されるインスタライブを自宅や仕事場で視聴する人も。ステージに立つ名雪さんは、目の前の客席とカメラ越しの両方に「こんにちは」と語りかける。「ジャズが好きな方も、あまり知らないという方も、みんなウェルカムです。音楽の楽しさを伝えられたら嬉しいですし、素晴らしいゲストミュージシャンの魅力も最大限に知っていただきたいので、トークを交えたライブ形式にしています」。
 この日のゲストは、ジャズボーカリストのMIKAさんとピアノの江浪純子さん。2人の音や呼吸と会話するかのように、名雪さんのサックスが心地よく鳴り響く。「ジャズの楽しさは、孤独じゃないってこと。お互いの音や歌に反応するので、今日みたいにリハーサルと本番では全く違う演奏になるのが面白くて。その音がお客さんにもだんだん浸透していって、拍手の熱量や温かみが変化していくのもわかります。たった45分間のライブですけど、私にとっては本当にかけがえのない時間です」。
「遊彩工房 花言葉」のテラス席にて。オーナーの標葉(しねは)さん(写真左)が名雪さんに場所を提供した理由は、「温かい人間性が演奏や一言一言に表れていたから」だそう。
▲「遊彩工房 花言葉」のテラス席にて。オーナーの標葉(しねは)さん(写真左)が名雪さんに場所を提供した理由は、「温かい人間性が演奏や一言一言に表れていたから」だそう。
 昼ジャズ倶楽部の会場となっている「花言葉」には、名雪さんが運営する音楽事務所「forest bird music office」も置かれている。美里町在住の名雪さんが仙台での活動拠点を探していた時、「花言葉」のオーナー・標葉(しねは)千香子さんが声をかけてくれたそうだ。「場所が決まる前から、“フォレストバード”という名前は決めていたんです。森に鳥たちが集まるように、人が集まって音楽を奏でられる場所にしたいなと。標葉さんに誘われてここへ遊びに来てみたら緑もいっぱいあって、フォレストバードのイメージにぴったりでした」。
 まさに鳥たちが木々に集うがごとく、「花言葉」で多くの出会いに恵まれたという名雪さん。「ライブの日に限らず、このギャラリーにはいろんな作家さんが集まります。標葉さんがここで油絵教室を開いていて、そのスペースを皆さんに開放しているんですね。たとえばアクセサリー作家、書家、デザイナーなど、様々なジャンルの方と関わる機会が増えました」。しかも、この地域で出会う人たちは、「ようこそ新坂町へ。ここはいいまちですよ」と名雪さんに声をかけてくれるという。「自分たちの暮らすまちを誇りに思っている人がたくさんいるのは、まちに魅力がある証拠。演奏の旅が多い私が、その土地を判断するのに大切にしているポイントでもあります」。
 こうして「花言葉」に集うアーティストや地域の方々との交流を重ねるうちに、「みんなで一緒に何かやろう」とイベントを企画することに。その一つが、2022年10月9日に開催される「花言葉まつり&寺フェス」。新坂町を散策しながら、ライブやワークショップを体験できるイベントだ。
名雪さんのオフィスロゴは、仙台市在住のイラストレーター・佐藤ジュンコさんによるもの。温かい雰囲気が名雪さんの人柄をよく表している。
▲名雪さんのオフィスロゴは、仙台市在住のイラストレーター・佐藤ジュンコさんによるもの。温かい雰囲気が名雪さんの人柄をよく表している。
2022年10月9日の寺フェスは、充国寺の本堂がステージに。名雪さん率いるジャズグループのほか、ブラジル音楽のバンド「Sabia」、即興コメディのパフォーマンスグループ「ロクディム」が出演する。
▲2022年10月9日の寺フェスは、充国寺の本堂がステージに。名雪さん率いるジャズグループのほか、ブラジル音楽のバンド「Sabia」、即興コメディのパフォーマンスグループ「ロクディム」が出演する。
 名雪さんの案内で、寺フェスの会場となる充国寺へ。「『花言葉』から5分ほど歩けば、新坂通沿いに樹齢400年超のクロマツ(仙台市指定保存樹木)が立つ山門が見えてくる。「『花言葉』に出会うまでは新坂町を歩いたこともなかったのですが、こんなに閑静で歴史が薫る場所なんだと最初はびっくりして。時間がすごくゆっくり流れているように感じるんですよね」と名雪さん。山門をくぐって本堂を訪ねると、住職の三浦啓純さんが柔らかな笑顔で迎えてくれた。
 人と人とのつながりによって、音楽やまちをもっと楽しく。その願いから名雪さんは、新坂町での寺フェスを提案。充国寺と名雪さんをつないでくれたのは、「花言葉」の常連さんだ。住職の三浦さんは「お寺は皆さんに開かれた場所ですから、ここで一緒に心が豊かになるような音楽やアートを楽しめるのは喜ばしいことです」と、イベント開催を快諾。三浦さんは感謝の気持ちを言葉にするとともに、「寺フェスを通じて、幅広い年代の方に充国寺や新坂町のことを知っていただけたら嬉しく思います」と期待を寄せる。
 充国寺から「花言葉」へ戻ると、名雪さんは玄関で「ただいまー!」と明るい一声。ここに事務所を構えて約1年、自分の居場所が見つかったと同時に「楽しい連鎖や人の温もりが重なって、すごく幸せです」と瞳を輝かせる。「一人でやれることには限界があるけれど、こうして人と人がつながると大きなエネルギーが生まれて、新しい可能性が広がりますよね。その上、この厳かな新坂町は、音楽やアートなど文化的な取り組みを行うのにぴったり。新たなカルチャーのスポットとして、ここから始まるムーブメントを作れるような場所になっていけたらと思っています。新坂町に長く暮らす先輩方にもいろいろ教えていただきながら、音楽を通じて人やまちの魅力を伝えていけたら素敵です。『これから、ここから』そんな気持ちが背中を押してくれます」。

掲載:2022年10月4日

取材:2022年8月

取材・原稿/野原 巳香 写真/寺尾 佳修

名雪 祥代 なゆき・さちよ
宮城県美里町出身。中学からサックスを始め、クラシックを本格的に学ぶために昭和音楽大学・大学院へ進学。卒業後はプロのクラシックプレイヤーとして数々の演奏会や受賞を経験するも、ある日突然、楽器が吹けなくなってしまう。2004年に仙台へ拠点を移し、初めて観覧した定禅寺ストリートジャズフェスティバルで、アマチュアミュージシャンが楽しそうに奏でる姿に感動。「自分も楽しい音楽を伝える人になろう」とジャズプレイヤーへの転向を決意し、サックス再開へとつながった。その後、著名ミュージシャンとの共演を重ね、2016年に初のリーダーアルバム『Comfort』、2019年に2nd『Picturesque』を発売し、いずれも発売日翌日のAmazon J-ジャズ部門ランキングで第1位を獲得。2021年には仙台市内に音楽事務所「forest bird music office」を開設し、ますます活動の幅を広げている。