インタビュー

コロナ禍の地方都市で国際映画祭をオンライン開催する

後編|山形国際ドキュメンタリー映画祭の経験から

山形映画祭でのコロナ禍の経過について時系列で教えてください。

国内で感染者が出始めた頃(2020年2月から3月頃)は、ちょうど前年の映画祭とその事務・報告業務が終わって一息ついている時期でした。毎年5月に開催する当法人の総会の準備を始めていましたが、結局総会は書面評決での開催となり、毎月行っていた理事会は中止や延期になりました。

この時点では、コロナ禍がいつまで続くかわかりませんでしたが、次回2021年の映画祭までは1年以上時間があり、なんとか通常通り会場で開催できるのではないかと思っていたので、まだそれほどの緊迫感はありませんでした。

しかし、2020年6月を過ぎた頃から、例年9月1日からスタートする次回映画祭のための作品募集を本当に開始できるかなど、課題が出てくるようになりました。次の会期を正式に決めないと作品募集ができませんので、この時点で、来年の映画祭が例年通り2021年10月に開催できるかどうかの判断をしなければならなかったのですが、状況の見極めが難しい状況でした。結局、より慎重に検討する時間をとるため、作品募集の開始日を2ヶ月遅くし、2020年11月から開始することにしました。

募集開始時期が延期になったことで、何か影響はありましたか?

募集時期が短くなったことによる目立った影響はありませんでしたが、応募作品数は、前回より少なくなりました。これはコロナ禍で映画の撮影や完成(ポストプロダクション)作業がなかなか進まなかった作家たちがいたということが理由だと思います。国によって異なるようですが、例えば、フランスなどの一部の国ではかなり長い間、外出規制等の隔離措置が取られていましたので、そういう影響が作家や配給会社側にあったのではないかと思います。

定期的に行っている上映会では、どのような影響がありましたか?

山形市内にあるフィルムライブラリーで毎月行う定期上映会は、2020年4月から6月は中止とし、再開後もしばらくは席数を半数にして開催していました。マスク着用、消毒、換気等の感染症対策をとって、現在も上映会を継続しています。

上映会の時には、2種類の新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインを参考にしていました。一つは県のガイドライン、それから使用する会場、つまり公民館や映画館向けに作成されているそれぞれのガイドラインです。

2020年秋頃には、上映会の席数も一部元に戻し、市内施設で特集上映をした際には、県外から監督等のトークゲストを招くことができるようになりました。その際には、ゲストの皆様にPCR検査を受けて来ていただきました。

山形国際ドキュメンタリー映画祭2021 開催ポスター(東北芸術工科大学と連携して作成している)
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
映画祭情報紙『ドキュやま!』 2020年4月・5月号
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

2020年下半期以降の様子を教えてください。

2020年後半は、映画祭のメインプログラムである「インターナショナル・コンペティション」と「アジア千波万波」の2部門の選考審査をするという重要な仕事がありました。選考委員が個別に作品を視聴し選考を行うのは従来通りですが、複数回のオンライン会議を経て決定するという方法を取りました。
その他の映画祭開催のための準備作業も、山形と東京の事務局間で頻繁にオンライン会議を重ね、進めていきました。

2020年に限って言えば、募集時期の変更や、オンライン会議の駆使などの感染対策以外は、それほど大きな影響はありませんでした。

映画祭の開催年となる2021年はいかがでしたか?

今回の映画祭はどんな方法で行うべきかについては、2020年から継続して議論は行っていたのですが、最終的に、完全オンラインで開催すると決定したのは、開催3ヶ月前の2021年7月末でした。その後、8月初旬に「オンライン映画祭」の開催決定について記者発表を行い、ウェブサイトでも公表しました。組織内ではこの結論に至るまでにさまざまな議論が出て、方針が決まるまでかなり紛糾しました。

山形での秋の大型イベントといえば芋煮会とまるごとマラソンですので、この二つのイベントの開催方針なども参考にしました。それから、海外の映画祭の開催方法などもリサーチして判断材料にしました。

例えばベルリン国際映画祭やカンヌ国際映画祭などは、当時ハイブリッド形式での開催が主流となっていました。私たちもそれを踏まえ、2020年前半まではハイブリッド形式か、完全オンライン形式かのどちらかで調整せざるを得ないと想定して議論していましたが、最終的には、オンラインのみでの開催に決めました。その大きな理由の一つに、山形は市、県全体で重症者の受け入れ病床数が多くないということがありました。映画祭を会場開催することでクラスターを起こす可能性があるなら、それは絶対に回避しなければいけませんでした。

私たちの映画祭は、映画館や市民会館等で開催して、観客の皆様と映画について語り合う場になることが一番大切だと考えています。海外からのゲストの招聘は難しいとは想定していましたが、それでも国内のお客様とともに、小規模でも良いから集まって映画について語り合う1週間を維持したいと、スタッフ皆が願っていましたので、この完全オンラインにするという決断は、大変つらいものでした。

一方、開催に向けて市役所の担当者や市保健所とも相談していたのですが、山形市からはやはり、映画祭を山形市民にとって意義のある形で開催してほしいという要望がありました。オンライン上での上映だけでは、開催が明確な形で目に見えにくくひっそりと開催した印象になりそうなので、何らかの工夫をしてほしいということでした。ですので、まず開・閉会式のみ、出席者や参加者を関係者に限定して会場で実施しました。またSNS等でのオンライン上での宣伝や山形の特産品を使った販促キャンペーンに加え、会場開催時と同等かそれ以上の、市内各所へのポスターやチラシ、PR映像の露出を試み、オンライン映画祭にできるだけ多くの市民に参加いただけるよう周知をはかりました。

オンライン映画祭 運営の様子
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭
オンライン映画祭特設サイト
https://online.yidff.jp/
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

オンライン開催に切り替えたことによって、どのような準備が必要となりましたか?

映画祭は、世界の最新作を紹介する場です。世界各地でこれから劇場公開を控えた作品、もしくは公開中の作品が多く、それらをオンライン配信するにあたり、配信条件をかなり制限しなければいけませんでした。作家や配給業者の収益を阻害しないよう、国内限定で、かつセキュリティもしっかりした映像配信プラットフォームを選び、設定する必要があります*。

視聴者数も、作家・配給側の希望により何名までと上限を決めることも、配信上映では必要となりました。こういったルールや方法を様々な映画祭ごとに事前に調べ、参考にしながら作品権利者と交渉し、配信の了解をもらっていきました。

*作品鑑賞以外の映画祭の期間中のイベント、例えば、開・閉会式、シンポジウム、配信後の質疑応答等については、ZoomやYouTube等で海外からも参加・視聴することができた。

オンライン映画祭 質疑応答の様子
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

この条件を詰めていくのはすごい労力がいりますね。

そうですね。それに今回、山形映画祭では日時指定配信システムを設定しました。一般的な動画配信サービスでは、映画をレンタルすると数日間はいつでも観られる、というオンデマンド方式もあります。好きな時間に観ることができる方が便利で、運営側としても手間はかからないのですが、私たちは、従来の映画祭での会場上映の雰囲気を、できる限りオンライン開催でも再現したいと考えていました。そのため、観客の皆様にはタイムテーブルにある指定時間にそれぞれ自分のPCからアクセスしていただき、みんなで一斉に作品を観て、終了後は世界各地にいるその作品の監督と質疑応答を行う、という方式を取ることにしました。この方式にたどり着くまでにも、いろいろな議論や試行錯誤がありました。

この他にも、配信チケットの販売方法や、安全な配信プラットフォーム*などを検討する時には、他の国内の映画祭がコロナ禍で試行錯誤したその成果を参考にさせていただけたので、とても助かりました。

*山形映画祭では、作品配信は海外事業者SHIFT72、配信後の質疑応答やシンポジウム等はZoom、開・閉会式はYouTube、ゲストと観客の交流の場「オンライン香味庵クラブ」はSpatialChatなど、複数のプラットフォームを活用した。

コンペティションの審査もオンラインで行ったのでしょうか?

審査員の皆様は、東京など県外から山形にお招きしました。そのため事前にPCR検査や抗原検査を受けていただきました。期間中に行う審査は、山形市内の劇場を借り、部門ごとにスクリーンで観て行っていただきました。
なお、通常の映画祭では、審査員のほとんどが海外の映画人であり、世界各地から招聘しています。

オンライン映画祭 審査上映会場のフォーラム山形
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

オンライン映画祭を行ってみて、見えてきた課題はありますか?

今回は、例年のように山形市内の複数の会場を同時に使用する映画祭ではなかったため、メインの二つのコンペティション部門と日本プログラム等、プログラムを絞り、配信しました。2019年の上映作品数は176本でしたが、2021年の配信作品数は54本でした。

配信の場合、特に高齢の方などで、スマートフォンはあるけれどもパソコンは持っていない方も多く、毎回参加してくださる地元や県外のファンの方々の一部にも、視聴を断念された方がいらっしゃいました。

それから、山形で顔を合わせてみんなで直接映画について話をする場がある、ということの大切さを改めて感じました。例えば、過去には来県したインターナショナル・コンペティション部門の監督とアジア千波万波部門の監督が出会い、意気投合して新しい創造的なプロジェクトが生まれる、ということもありました。今回のオンライン開催では、SpatialChatというメタバース的なプラットフォームを使って「オンライン香味庵クラブ」を行ったのですが、システムが簡便で、世界中どこからでも入ることができる気やすさが好評だった一方、日本と海外の時差もあり、参加できない監督もいました。

オンライン映画祭 「オンライン香味庵クラブ」の様子
提供:認定NPO法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭

逆に、オンライン開催で得た手ごたえや発見はありましたか?

従来より上映本数は減りましたが、全国各地から参加してくださった視聴者数は、のべ約9千人(一般、プレス含む)となりました。ワークショップやシンポジウムなどのイベントは、ライブで観ていただいた方と、後でアーカイブ動画を観ていただいた方がいました。それらの参加者数・視聴者数は、のべ約1万2千人でした。過去の会場開催時とは数え方が全く違うので単純比較はできませんが、のべのトータル参加者数としては、これまでの映画祭とほぼ同数程度となり、数字としても成果が見えたので良かったと思っています。

オンライン映画祭では、学生を対象としたプログラムを立て、Zoomを使った鑑賞ワークショップを行いました。その前身となる試みが、2020年11月に実施した「10代のための映画便」という配信企画です。過去の映画祭受賞作品から4本を選び、オンライン上で無料で観ることができるようにし、それらを授業等を通して観ていただけるよう県内外の教育機関に案内を出しました。いくつかの大学の学生たちが参加し、感想等を送ってくれたのですが、それらを読んだその作品の監督が感激しメッセージを送ってきたので、それをさらに学生の皆様に伝える、という双方向のやり取りが生まれました。教育事業の観点においてもその良さを活かせる分野ではないかと思いますので、今後、機会があれば引き続きこのような配信企画を立てたいと考えています。

今後の見通しについて、教えてください。

次回の映画祭(2023年)は、例年通り会場での開催を目指しています。やはり、山形の町で、大きなスクリーンで観客の皆様と一緒に映画を楽しむことが、映画祭の根幹だと思っています。

一方で、オンラインの活用も引き続き試みたいと思っています。オンラインでの開催によって、遠方の方で山形になかなか来ることができないお客様にも楽しんでいただけましたし、特に若い世代対象の鑑賞ワークショップのようなイベントでは、オンライン上での参加によって、対面より少し参加の敷居が低くなったのではないかと推測しています。

次回2023年秋の状況がまだどうなるか予測がつきませんが、今回の経験で得たオンライン配信のノウハウを一部で活用しつつ、本来の会場開催の楽しさと意義を追求し、より良い映画祭をつくっていきたいと思います。

掲載:2023年1月20日

取材:2022年1月

聞き手・構成:菅野 幸子(アーツ・プランナー/リサーチャー)

このインタビューは、文化施設運営や事業のあり方や考え方、コロナ禍における影響や対応方法などについて、東北の文化施設・団体にお話を伺いました。

※記事内容(施設の事業や考え方、コロナ対策含む)や個人の肩書等は、インタビュー当時のものです。

畑 あゆみ はた あゆみ
認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭 事務局長
記録映画史を研究していた大学院時代の2001年から、ボランティアとして山形国際ドキュメンタリー映画祭に関わる。2011年に職員として、映画祭の運営母体である認定NPO法人山形国際ドキュメンタリー映画祭山形事務局に勤務し、インターナショナル・コンペティション部門などを担当。2014年には「311ドキュメンタリーフィルム・アーカイブ」を立ち上げた。2020年に事務局長に就任。次回、山形国際ドキュメンタリー映画祭2023は、2023年10月5日から12日に開催予定。