約束の日はあいにくの雨。このシリーズ23回目にして、はじめて雨天のまち歩きとなった。待ち合わせ場所の宮城県美術館に向かうと、レインコートに長靴姿の齋さんが現れた。「『美術館探検ホンモノ』というのがあるんです。今日は雨ですけど、それをやりましょう」。「探検」・・・・・・なんてワクワクする言葉!(でもちょっぴり怖いかも?)齋隊長を先頭に、さっそく探検のスタートだ。
齋さんは、宮城県美術館の開館当初から、教育普及担当として来館者の質問や相談に答えたり、小・中学生の鑑賞学習に対応するなどの仕事をしてきた。数年前に定年退職した後も、週に3日は美術館に出勤している。
「美術館探検」は、幼稚園児から10歳ぐらいの子どもたちを対象に齋さんがおこなってきた、「注意深く、丁寧に、よく見る」練習のプログラムだ。作品を真っ先に鑑賞するのではない。美術館の廊下にある扉を開けて中を見たり、換気口をのぞくことから始まる。真っ暗な換気口に空気が吸い込まれていく様子に、「空気ってこんなに吸い込んだらなくならないの?」と齋さん。そこから、空気は地上何メートルまで存在するのか、その距離は地図に置き換えたら自分の家からどこまでか、といったことを話し、考えていく。「ふだん知っていることを具体的なイメージに変えて、『うわっ!』と思えるというのが美術の仕事なんです」と齋さんは言う。そんなふうに館内や庭を歩き、何気ないものを丁寧に見ることで、探求心や好奇心を全開にして、びっくりする練習を重ねていく。
「今やってきたようなことは、美術館じゃなくてふつうのところでもできる。それで、ある幼稚園の子たちが卒園のときにやってみたのが『美術館探検ホンモノ』なんです」。そこでいよいよ「美術館探検ホンモノ」の外回りに飛び出す。
二高の前を通り、川内中ノ瀬町の為朝(ためとも)神社を経て、広瀬川河畔の中ノ瀬運動広場へ。この雨が恨めしいかぎりだが、装備万全の齋隊長はぬかるみもへっちゃら。ずんずんと歩みを進める。そのうち平らな道は消え、藪になり、木をかき分け・・・・・・。すると、沢が出現した。こんなところに沢とは。江戸時代の絵図にも描かれている「千貫沢(せんがんざわ)」だ。沢を渡ると今度は崖。齋さんは傘をたたんで背負い、まるで忍者のようによじ登っていく。隊長に遅れるな、と一行も続く。何だ、これは! 仙台の街なかにこんなワイルドな場所があったなんて。まさに探検だ! おとながそう思うぐらいだから、子どもにとってはものすごいアドベンチャーであろうことは容易に想像できる。
やがて大橋を渡り広瀬川のほとりに出た。ちょうど川越しに青葉山がのぞめるあたりで、「伊達政宗の騎馬像が見えますか?」と齋さんが指さす。「え、どこどこ?」「あ、見えた!」とワイワイ。本来は、さらに広瀬川沿いを探検した後、幼稚園まで歩いて帰るのが「美術館探検ホンモノ」の全行程だが、この日の探検は花壇の銭形不動尊までで終了。
藪を抜け、沢を渡り、崖を越えた後に、ああ仙台だ、という眺めに出合う。その新鮮な驚き。まちの中にはびっくりの種がたくさん落ちているんだな。それってアートじゃないか!?と気づいたら、「うわっ!」と心が躍った。
掲載:2016年6月15日
- 齋 正弘 さい・まさひろ
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宮城県美術館教育普及担当学芸員。造形作家。
1951年、岩沼市生まれ。宮城教育大学卒業後、アメリカ・ニューヨークのブルックリン美術館附属美術学校に3年半学ぶ。1979年、開館前の宮城県美術館(1981年開館)に教育普及担当学芸員として就職。以後、子どもたちを対象にした「美術館探検」や美術相談などに携わるとともに、公立美術館における教育普及に関する研究を行う。教育普及部長を務め、定年退職後も引き続き美術館に勤務。また、造形作家として鉄を素材とした彫刻作品も手掛け、個展・グループ展も多数開催している。2002年、宮城県芸術選奨受賞。著書に『おとうさんのひとりごと』(2002年、ブックカフェ火星の庭)、『大きな羊のみつけかた「使える」美術の話』(2011年、メディアデザイン)がある。