まちを語る

その16 津田 裕也(つだ ゆうや)(ピアニスト )

その16 津田 裕也(つだ ゆうや)(ピアニスト )

賀茂(かも)神社、長命館(ちょうめいだて)公園
ゆかりの文化人やアーティストが、仙台にまつわるエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回は、仙台市出身のピアニスト・津田裕也さんにご登場いただきます。津田さんが子どもの頃から親しんでいる一帯を歩きながら、さまざまなお話をうかがいました。
『季刊 まちりょく』vol.16掲載記事(2014年9月12日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

賀茂神社

ベルリンでは練習や演奏会の準備のほか、さまざまな音楽家の演奏会を聴きに行ったり、オペラを観たりと、「向こうでしかできないことをやっている感じです」と話す。
▲ベルリンでは練習や演奏会の準備のほか、さまざまな音楽家の演奏会を聴きに行ったり、オペラを観たりと、「向こうでしかできないことをやっている感じです」と話す。
 2007年に開催された第3回仙台国際音楽コンクールピアノ部門で優勝し、現在ドイツを拠点に活躍中の津田裕也さん。7月上旬、日本各地での演奏会のため一時帰国中のところをまち歩きにお誘いした。

 散策は、仙台市泉区にある賀茂神社からスタート。江戸時代の元禄年間に塩竈から遷座された歴史のあるお宮である。

 幼稚園に通っていた頃から住んでいるこの地域は、まさに津田さんの地元。賀茂神社も、「家族で初日の出を仙台港のほうに見に行って、その後はかならずここに初詣に来ていました」というお正月、また「どんと祭」など、折にふれて訪れていたなじみの場所だ。
「学校の廊下で鬼ごっこをしていて、ドアの縁に頭をぶつけて血が出て大騒ぎになりました」というエピソードも。ピアノのほかに水泳も習っていて、今でも時間があればプールに通っているという。
▲「学校の廊下で鬼ごっこをしていて、ドアの縁に頭をぶつけて血が出て大騒ぎになりました」というエピソードも。ピアノのほかに水泳も習っていて、今でも時間があればプールに通っているという。
 現在も、ドイツから帰国して仙台の実家に滞在する際には、ここによく散歩に来るのだという。「緑が多くて、手ぶらで歩いていると気持ちがいいんですよ」との言葉どおり、目も心も洗われるような緑が広がる。
津田さんの背後にあるのは、宮城県の天然記念物に指定されている賀茂神社のイロハモミジ。樹齢200年以上と推定される。秋には真っ赤に色づき、人々の目を楽しませる。
▲津田さんの背後にあるのは、宮城県の天然記念物に指定されている賀茂神社のイロハモミジ。樹齢200年以上と推定される。秋には真っ赤に色づき、人々の目を楽しませる。
 津田さんによれば、この周辺に新しい道路ができたり、商業施設が開店したりしてまちの様子は変わってきたとのこと。しかし、凛とした雰囲気の境内は時間が止まったかのよう。参道の木立からはセミの声が聞こえてきて、梅雨がまだ明けきらないとはいえ「日本の夏」がここにある、という印象をおぼえる。

長命館公園

中学校からは仙台の中心部に通学した。最寄りの地下鉄の駅までは自転車で、「坂が多いので、トレーニングになりました」と振り返る。
▲中学校からは仙台の中心部に通学した。最寄りの地下鉄の駅までは自転車で、「坂が多いので、トレーニングになりました」と振り返る。
 賀茂神社から東へ少し行ったところに、津田さんのもうひとつの思い出の場所「長命館公園」がある。中世にこの地を治めていた領主の館が建っていた場所で、こんもりとした丘一帯が公園として整備されている。地元では「風の子公園」という名前で親しまれており、津田さんは子どもの頃によくここで遊んだそうだ。

 津田さんの案内で北側の入口から公園に入り、森に分け入るようにして階段を上っていく。ウグイスの鳴き声が心地よい。展望台に登ってみると、生長した樹木が視界を遮り、「以前はもっと見晴らしが良かったんですけど」と津田さんも驚いた様子。
長命館公園にて。梅や桜の名所として知られ、春にはお花見の人々でにぎわう。このときはレッドクローバー(ムラサキツメクサ)の野原となっていた。
▲長命館公園にて。梅や桜の名所として知られ、春にはお花見の人々でにぎわう。このときはレッドクローバー(ムラサキツメクサ)の野原となっていた。
 そこでしばらく休憩を取りながら、現在暮らしているベルリンの話題になった。津田さん曰く、「首都の割にはごみごみしていない街」で、「そういう意味では、仙台と似ているところがあるかもしれませんね」。郊外に湖が多くあって、街なかの川から舟で湖に行くことができるとか、冬はものすごく寒く、そのぶん人々は短い夏を楽しむとか、最近ドイツでも日本食が人気がある・・・・・・などなど。

 そんなドイツに住んで7年になるが、「やはり仙台に帰ってくるとほっとします」と話す。心から安らげる場所である故郷への思いから、東日本大震災の後、津田さんは音楽家仲間たちと国内外でチャリティ・コンサートを開いている。「どれだけ役に立っているかはわかりませんが、気持ちだけは仙台に向けて・・・・・・。本当に気持ちだけなんですけど」
昨年の「せんくら」の様子。地元のファンが大勢訪れ、ピアノの音色に耳を傾けた。10月3日~5日に開催される今年は、ヴァイオリンやチェロとの共演など4公演に出演予定。
▲昨年の「せんくら」の様子。地元のファンが大勢訪れ、ピアノの音色に耳を傾けた。10月3日~5日に開催される今年は、ヴァイオリンやチェロとの共演など4公演に出演予定。
 10月には「仙台クラシックフェスティバル(せんくら)2014」に出演する。「『せんくら』もそうですし、仙台では定期的に聴いていただく機会があるのですごく嬉しいです。そのたびに、成長していかなければいけないなと思います」

 その言葉は、この日訪ねた場所の清々しい風景にぴったりだという感じがした。これからも、津田さんの音楽が仙台に届けられるのを楽しみに待ちたい。

掲載:2014年9月12日

写真/佐々⽊隆⼆

津田 裕也 つだ・ゆうや
1982年仙台市生まれ。東京藝術大学、同大学院修士課程を経て、ベルリン芸術大学を卒業、ドイツ国家演奏家資格を取得。2007年、第3回仙台国際音楽コンクールにて優勝、および聴衆賞、駐日フランス大使賞を受賞。仙台市より「賛辞の楯」を、宮城県より芸術選奨新人賞を授与される。2011年、ミュンヘン国際コンクール特別賞受賞。現在、ドイツを拠点にしながら、国内外のオーケストラとの共演、ソロリサイタル、室内楽活動の各分野で活躍中。毎年秋に開催される「仙台クラシックフェスティバル」など、地元仙台での演奏会にも数多く出演している。