昔からぼんやりと自分の店を持つということに憧れていました。こんなに早くそうなるとは思っていなかったけれど、僕は今、VONという喫茶店をやっています。
自分が今まで経験してきたことや好きなこと、形のあるもの、目に見えない空気感のようなもの、そういったものを自分の中で消化して、どこかの誰かにとって少しでも出会えてよかったと思ってもらえるような場所にしていきたいなと思っています。
ジャズが好きで店でもよくかけているのですが、ロックとエレクトロニックミュージックに傾倒していた10代の頃の僕は、ジャズのことを小難しい年寄り向けの音楽だと思っていました。
感覚の変化というのは、時間とともにだんだんとそうなっていくこともあれば、唐突にきっかけが訪れることもあります。
知らず知らずのうちに自分の中に組み上がっていた不動の機械の欠けていたいくつもの歯車が、どこからともなくかちりかちりとはまって動き出すような。僕にとってジャズという音楽は、そういうものでした。
2018年、東京ではたらいていた僕はFloating Points(フローティング・ポインツ)をよく聴いていました。都会の風がよく似合う洗練された音楽をつくるアーティストですが、セレクターとしてのセンスも素晴らしく、彼がミックスの中でかけていたサックスプレイヤー、Pharoah Sanders(ファラオ・サンダース)の「Love Is Everywhere(ラヴ・イズ・エヴリウェア)」を聴いたときのことをよく覚えています。初めて聴いた瞬間、この曲が持つエネルギーやグルーヴに今まで自分が経験してきた音楽との不思議なつながりを感じたのです。それから僕は熱心にジャズを聴くようになりました。
考えてみれば、ジャズに熱をあげる用意は十分できていたのだと思います。高校生の頃からSquarepusher(スクエアプッシャー)が好きだったし、2017年に一番聴いたアルバムはThundercat(サンダーキャット)の『Drunk(ドゥランク)』でした。Floating Points(フローティング・ポインツ)の音楽にも、僕はジャズを感じます。
そうして僕は徐々にモダンジャズ以降のアナログ盤を集めるようになり、それらを聴くために、半世紀以上前につくられたユニットでスピーカーまで作ってしまいました。そうまでしたくなるのは、たぶん今まで聞いてきたどの音楽よりも、レコーディングの空気感、一度限りの即興演奏でプレイヤーたちが醸し出す熱気をよりリアルに感じたいと思うからなのでしょう。今の僕にとって、ジャズは最高に熱くてクールな音楽になりました。
そんな特別な体験をさせてくれたFloating Points(フローティング・ポインツ)とPharoah Sanders(ファラオ・サンダース)がコラボレートした『Promises(プロミス)』を紹介させてください。ここ数年で買った新譜の中で最も美しいと感じたこの作品がファラオにとっての遺作となってしまったことも、僕にとっては不思議ななにかを感じさせるのです。