レビュー・レコメンド

スタジオジブリ作品『耳をすませば』

――「故郷って何かわからない」

かんの さゆり(写真家)

 『耳をすませば』の主人公、月島雫は多摩ニュータウンに暮らす図書館と本が好きな中学生です。物語の冒頭、「故郷って何かわからない」とつぶやきます。このセリフを聞いた時、私と同じ気持ちだ!と思いました。

 雫は、同級生から頼まれ『カントリーロード』の訳詞を試みます。『カントリーロード』(英題はTake Me Home, Country Roads)は、ジョン・デンバーによる故郷への郷愁がテーマになった歌です。雫はこの曲で歌われている故郷への深い愛着を感じて戸惑い、「故郷って何かわからない」という自分の気持ちに気がつきます。今暮らしている場所は遠く離れたら恋しく焦がれるような「故郷」なのだろうか?『カントリーロード』で歌われている「故郷」と自分にとっての故郷の間に精神的な距離を感じているようでした。

 故郷、ホームタウン、地元、郷土。自分が生まれ育った場所への愛着のことを「郷土愛」と呼びますが、私も長年、この愛着のことをよくわからないと思いながら暮らしてきました。どうして自分はこんな風になったのか?と理由を探り続けています。試しに自分が暮らしたことのある地名を列挙してみます。宮城県本吉郡南三陸町、宮城県気仙沼市、宮城県仙台市青葉区、宮城県仙台市泉区、山形県山形市、東京都練馬区、東京都杉並区、北海道札幌市…。「東日本や北日本の中に限定されているけど、住む場所がけっこう変わっているな。でも、もっと転居している人も世の中には沢山いるだろう。そういう人は故郷という言葉にどんなイメージを持つのだろう…?」と、疑問が疑問を呼んでしまいます。

 私は写真家を名乗り、写真を撮って展覧会を催したりしています。都市部でのスナップ撮影に熱中していた頃もありました。小型のカメラを片手に、見たことのないもの、目をひく光景、決定的な瞬間などを追いかけ、20代の頃は東北よりも東京近郊へ関心が向かうことが多かったです。

 東日本大震災が起こる少し前、東京から地元である仙台へと住まいを移しました。その後しばらく、どうやって写真を撮ったらいいのか全くわからなくなりました。戦後の高度成長期に現れた「郊外」的なロードサイドが広がる場所で生活しながら、「こんな場所に写真に撮るべきものなんて何も無い」と絶望に近い感情を持ちました。しかし、どういうわけでしょう。私は今現在、熱心に自分が暮らす東北で写真を撮り続けています。震災で撮影スタイルが変わったのか…?とも思いましたが、自分では違うように感じています。

 あるとき、自分にとって唯一「ホーム」と呼べそうな場所である幼い頃に暮らした団地が、解体され跡形も無くなったことを幼馴染から聞き、見に行きました。4棟の懐かしい団地は姿を消して、10軒の新しい小さな家に変わっていました。いつでも撮影できると思っていたので、写真はほとんど手元にありません。こんな風にして私の思い出深い「ホーム」は永遠に消え去りました。

 2011年の大きな揺れの後、いろんな力で日常のかたちが変わってしまうのを目撃しました。ずっとあると思っていたものが、一瞬で無くなったりする。自分の暮らしている何の変哲もないありふれた場所ですら、例外ではないかもしれない。もしかすると、そういう気持ちが、自分の暮らす場所の撮影へと駆り立てているのかもしれません。

 故郷が何かわからなくても、たとえ愛着が持てなくても、その形が変わってしまった時にはきっと悲しくなり、手元にその場所の写真があれば懐かしく見返す。そんな場所はすべて「故郷」と呼んでいい。『耳をすませば』は私にとってそう思わせてくれる映画です。

掲載:2024年3月14日

【レビュー・レコメンドとは】
仙台に暮らし、活動するさまざまな方に、「人生の一番/最近の一番」を教えていただく企画です。

かんの さゆり
写真家。宮城県仙台市在住。東北芸術工科大学情報デザイン学科映像コース(現 映像学科)卒。2000年代初頭の大学在学中からデジタルカメラを使用し作品制作を行う。近作では自身の暮らす土地の暫定的で仮設的な風景の撮影を続けている。主な展覧会に「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO 2022 The Everyday-魚が水について学ぶ方法-」(東京、2022年)、「2020年若手アーティスト支援プログラムVoyage 風景の練習 Practing Landscape」塩竈市杉村惇美術館(宮城、2021年)、「写真の使用法 新たな批評性へ向けて」東京工芸大学中野キャンパス3号館ギャラリー(東京、2015年)など。2001年からWEBサイト「白い密集」に写真を継続的にアップしている。