インタビュー

深遠なる音の旅

後編|佐藤那美×秩父英里 対談

(写真左)秩父英里:作曲家・ピアニスト、(写真右)佐藤那美:サウンドアーティスト

コロナウィルスが世界中で猛威を振るう中、海外に拠点を考えていた仙台発の二人のミュージシャンも舵を切らざるを得なくなりました。
本来、それぞれの拠点で活動しているはずだった、サウンドアーティストの佐藤那美さんと作曲家・ピアニストの秩父英里さんが仙台で対談。
後編は、二人の曲作り、「音」そのものに対して感じていることなどを話してもらいました。

≪音を採取すること≫

前編で伺った「SENDAI JAZZ GUILD」の曲作りで、サウンドデザイナーの菅原 宏之さんと仙台の街の音を録音するフィールドレコーディングをされた話がありました。これまでにフィールドレコーディングはされたことがありましたか?

秩父:
私はあまりしたことが無かったんですが、バークリー音楽大学だと結構やっている人がいました。例えば、雷がめちゃくちゃすごい夜があって、次の日には「昨日あれ録った?」って会話が交わされたり(笑)。そんな訳で興味はあったので、仙台にフィールドレコーディングをされている菅原さんという方がいると聞いて、「SENDAI JAZZ GUILD」では色々教えて頂きながら録音しましたね。

自然の音を録る時、マイクをどこに据えるかで録れる音が変わってくる、と菅原さんから伺ったことがあります。

秩父:
今こうしていても(耳に手を当てる角度を変えながら)、音の大きさも含めて聞こえ方が変わりますよね。この音の感じがいいなっていうのを見つけて録っていくイメージでしたね。

那美さんはご自身の楽曲にたくさんの環境音を入れています。音は自分で録音しに行かれるんですか?

佐藤:
はい、自分でマイク持って行っています。

「今回はこんな音が録りたい」と思って行く場所を探すイメージ?

佐藤:
いえ、違います。録れた音から曲を組み立てていきますね。

秩父:
録れた音から発展させていく、私もありました。

佐藤:
どちらのケースもありますね。依頼を受けた場合の曲作りではある程度イメージの音を求めて録りに行くんですが、録れる音に対して期待しすぎないようにしていますね。

≪figure outの極意≫

佐藤:
英語圏の人と音楽を作ると、よく、「figure out」って言いますよね。これだっていう日本語の訳が思い浮かばないけれど……。

秩父:
「やって見つけてみ?」みたいな感じですかね。

佐藤:
そうそう、「ちょっとやりながら考えよう」かな。とりあえず手を動かす。とりあえずレコーダーを回して録ってみる。

それはベルリンなどに行って体験したことでしょうか。

佐藤:
そうですね。それまでは「よし今日はこれをやるぞ!」ってやり方ばかりやっていて、頭の中にある音楽を、どうやってアウトプットするかっていうことをずっと考えていたんですよ。でも、とりあえずやるっていうのが衝撃でした。秩父さんはどうやって音楽を作っていくんですか?

秩父:
どうだろう、イメージを膨らませていく感じ、かな。例えば、Suicaのカードに描かれているキャラクターのペンギン。「足が上がっている」とか、「片手が上がっている」とか、そのもののイメージを挙げていって、じゃあこんなフレーズかな?って作っていくことが多いですね。

佐藤:
へ〜!面白い!

≪ジャズへのイメージ≫

佐藤:
私はジャズに詳しくないのですが、クラシックは権威と理論の世界。ジャズもどちらかというとそういう音楽のイメージがあります。

秩父:
ジャズでも、スウィングは1920年代頃のダンスミュージック。今でいうEDMというか(笑)。日本の感覚でいうと、当時の踊れるポップスのような時期もありましたね。

佐藤:
というと、若者の感性で作られてきた音楽?当時のパリピたちが楽しんでいたような(笑)。

例えが面白いですね!

秩父:
今は少し年配の方の音楽のイメージがあるかもしれませんが、よくよく考えたらチャーリー・パーカー(1920〜50年代のアメリカのアルトサックス奏者、作編曲家。スウィングジャズから、モダンジャズ(ビバップ)の基礎を築いた立役者)も全盛期はすごく若いですしね。

秩父英里さん

マイルス・デイヴィス(1926年- 1991年、アメリカのジャズトランペット奏者)は電子音を多用する前衛的な音楽もやっていますね。

佐藤:
へ〜!そういうのもあるんだ!

那美さんの権威と理論の話でいうと、ジャズはアドリブがありますね。そこで理論は必要になってくる。理論を解っていないと、ずっとコードからアウトしているアバンギャルドな演奏になっちゃうかも(笑)。一方で、理論だけでやっていると、フレーズやメロディーのネタ切れが起きてくる気がして。いろんな音楽を聴いて、そこから得る引き出しが必要かと思います。

秩父:
クラシックルーツの音大卒のミュージシャンは、理論的な音楽を作る傾向があるように思うし、アバンギャルドな演奏をするミュージシャンでも、いろんな奏法やコード感のバリエーションを持っていますね。私は日本のジャズ教育ってあまりわからないのですが、音楽理論を身につけて行く過程でどこを通るかはそれぞれで、最終的にはあんまり関係ないのかなと思います。
出したい理想の音があったとして、理論が役に立つこともあると思う一方で、理論に縛られてしまって、「こういう風に演奏しなければいけない」と思い込んでしまうのは勿体ないんじゃないかなと思います。

≪ドレミファソラシド、で割り切れない音楽≫

那美さんが学んだ音楽のルーツは?

佐藤:
私は、大学卒業後に京都の教育大学の音楽学部に研究生として入ったんですが、1年で挫折しました。座学がどうしても不向きで、これは無理だと思ってすぐやめたんです。1年だけでしたが、その研究室では民族音楽学を研究していて、民族音楽にどんなものがあるかを勉強するのはすごく楽しかったですね。

民族音楽学ではどんなことを?

佐藤:
今、世界中でスタンダードとなっている「ドレミファソラシド」の音階は、ヨーロッパで生まれた音階。J-POPもEDMも西洋音楽の基盤を用いられて作られている。ドレミファソラシドは、私たちが一番聞きやすくて、音を構築しやすいパッケージだけれど、ドレミファソラシド以外の音楽が、世界のいろいろなところにある、という話がとても面白かったですね。例えば、今年一番売れたアリアナ・グランデの曲を、外の世界と全く接触のない少数民族の人たちに聞いてもらったとして、彼らがその曲を良いと思ってくれるのかは別の話なんですね。

秩父:
ドレミファソラシドに響きの美はあるけれど、それが全部じゃないっていうことですね。

佐藤:
そう。例えば沖縄の音階って、琉球音階って言われたりしますよね。西洋のドレミファソラシドのパッケージに当てはめて考えると琉球音階になるんですが、沖縄では、あれがドレミファソラシドなんです。すべてを西洋音楽に当てはめて考えようとするのは傲慢だぞ、みたいな。

佐藤那美さん

お琴とかもそうですよね。西洋音階に当てはめられない。インドの音楽も独特の音の積み方ですね。

秩父:
インドの音楽は微分音で、まさにドレミファソラシドに当てはめられませんね。知り合いにインド人の歌手がいますが、「一体どうやって歌い分けているの?」って、聞きなれないと変な感じがします。

佐藤:
その方は、自分の音楽にインドのルーツを取り入れながら作っているんですか?

秩父:
どうなんでしょう。でも、インドの音楽を聴いて育っているはずだから身に染み込んでいるでしょうね。

≪新しい音楽を学ぶ≫

バークリー音楽大学はジャズ科のイメージが強いですが、秩父さんの話を聞いていると、ジャンルの括りがないように思えますね。

秩父:
私も行くまでの印象はそうでした。実際は、ポップスや映画音楽、EDMをやっている人も多いですし、最近では、「パソコン」をメインの楽器として専攻も出来るようで、本当に幅広い音楽の総合大学っていう感じでしたね。作曲だけでも電子系、クラシック、サウンドデザイン、商業など、5つ以上の専攻があったりして、私はやっていなかったけど、フォーリーの授業もありましたね。

「フォーリー」って何ですか?

秩父:
映画の効果音の作り方です。例えば、鳥がはばたく音を、実際に鳥の羽音ではなく、ばさばさと紙の音を立てて作ったりすることです。

面白そう!よりそれっぽい音にしたりできるってことですね?

秩父:
そうですね。

佐藤:
ナショナルジオグラフィックの映像とかを観ていると、絶対無いはずの音を当てているはずなのに、私たちは何の違和感もなくそれを観ている、ということも結構ありますよね。大学時代、フォーリーの先生が来たことがあって、「今までで一番困った音作りはなんですか?」と聞いたら、ジャングルをアリが歩く音を作るお題だったそうで、2週間位考え抜いて使ったのが、小豆って言っていました(笑)。

小豆、音を作る素材の王道のイメージがあります(笑)。

佐藤:
秩父さん、ゲーム音楽も専攻されていますよね?どんなことを勉強していたんですか?

秩父:
ゲーム音楽の仕組みや発想の仕方を扱うことが多かったです。例えば、ゲームの中で、主人公が川を渡って向こうの島に行くとします。川の手前で流れている音楽と、川の向こう側に行った時の音楽の2曲があって、2曲をクロスフェードさせて川の向こうに移るのか、川の手前の音楽に別のレイヤーを足すのか、みたいなことを、ソフトを使いながら学んだり。

実際に日本のゲーム「エグリプト」(卵を培養して、育てるゲーム)の音楽を作られていますね。電子音すぎない印象が秩父さんらしいと感じました。

EGGRYPTO Official Trailer

秩父:
ありがとうございます。実は、この中にもフィールドレコーディングで録った音を少しだけ使っているんです。ゲームの中で、ガチャを回すほんの一瞬だけ流れます(笑)。

佐藤:
早速ゲームのアカウント作りました!効果音も秩父さんが作ったの?かわいい音!

≪惹かれる音、苦手な音≫

好きな音、苦手な音ってありますか?
私事で恐縮ですが、小さい頃、中東系の音階が苦手だったんです。実は当時定期的に見ていた夢があって、中東風の市場で犬に追いかけられて、最後は砂に埋もれて行くっていう夢。今は全く見なくなりましたが、もし前世があるとしたら何か関係があるのかな?と思っていて。そんな訳で、映画『アラジン』で流れているアラビア音階みたいなものが、どうも生理的に不穏な気持ちになってしまっていました。今は克服しました!(笑)。お二人が生理的な嫌な音、理屈抜きに惹かれる音ってどんなものなのかな?と興味があります。

佐藤:
その話でいくと、5〜6年前に占いに行った時に、「前世が岩だ」と言われて。北欧のケルト文化の中で信仰され、祈りの対象となっていた岩だったそうなんです。千年くらい人々に祈られて、人間楽しそうだなと思って人間世界に来た(笑)。そう考えると今、楽になることがいっぱいあって。
失礼な話なんですが、私はクラシック音楽を聴くと眠くなってしまうんです。圧倒的なわからなさがある。アラビア音階じゃないけど、う〜んて思うことが結構あって、しっくりこない。自分も一応ピアノをやっていたけれど、譜面が読めなくて、耳で覚えて音を追いかけていくみたいなことをやっていたから、クラシックの基礎みたいなことが全然叩き込まれていないんですね。17〜8歳でアンビエントミュージックに触れた時に、「これだ!」って雷に打たれたみたいな感覚があって。シンセサイザーのふわふわっていう揺らぎ音とか大好きです。

秩父:
サウンドとしての音、ですよね。サウンドデザインされた音。

佐藤:
ケルト信仰の岩の話をしましたが、ケルト音楽も大好き。ケルト音楽に使われる昔のアイリッシュハープの音って日本の和の音階と似ているんです。西洋なのに西洋っぽさがあまり感じられない。

秩父:
島国だからかな?

佐藤:
そう、人間によって研鑽されてきた大陸感がない。ケルト音楽は踊るための音楽で、3連符のテクノみたいなリフを繰り返していく感じが好き。だから私はテクノミュージックがとても好きなんです。

那美さんの音楽も、フレーズを繰り返すものが多いですよね。

佐藤:
そうですね。例えば、アナログのシンセサイザーのシークエンサー(自動演奏が可能な機器)も大好きで、16個のキーの中にいかに何回聞いても美しい組み合わせを作っていくか。聴いている人たちが自分の内に入って行ってくれるかを意識していますね。

確かに、那美さんの音楽は、テンションを上げて行くよりは内省的な感じですね。

佐藤:
そこにフィールドレコーディングの音を入れることで、自分の記憶と世界を繋ぐように、外の世界との接点が生まれる。

『ARAHAMA callings』では、子どもたちの「右左右!」という掛け声が入っています。(https://satonami.bandcamp.com/album/arahama-callings

佐藤:
はい、スイカ割りしている時の掛け声ですね。
あの曲は、絶対に海外のレーベルからリリースしようと思っていたんです。海外の人からしたら日本語も音。私たちがスワヒリ語を聞いてもただの音としてしか認識しないのと一緒。だから、人の声が入っていても良いかなって。

音としてしか捉えらえないからこそ、それがグルーブ感になっています。

佐藤:
日本語って響きが丸いですよね。角がないのでアンビエント向きて、音として聴いていて気持ちが良いだろうなって。

ディズニー映画『アナと雪の女王』のテーマ曲『Let It Go』の日本語バージョンが世界中で美しいと評されているのも、日本語の美しさゆえかもしれませんね。

秩父:
全部に母音がついていますからね。

秩父さんは音に対する好み、苦手ありますか?

秩父:
私はたぶん前世がないから(笑)、苦手な音はあまりないですね。
好きな音、そうですね、例えば、パソコンでキーボードを叩きながら作業している時の音が好きですね。特に、制作作業中とかにパソコンのマイクがその音を拾ってイヤフォンのインプットから響いてくるタッチ音が好きですね。大学にいた時、先生が授業で解説ビデオを作ってくれた時があって、そこにキーボードのタイプする音が入ってしまっていたんですが、それが聴き心地良くて。ボストンで好きなことに気づいた音です。

音一つとっても本当に奥が深いですね。人それぞれに好みがあるし、その時々の環境や心情によっても感じ方が変化する。今日のお話を受けて、お二人の作る音楽を聴く時に、より深く味わうことが出来そうです。ありがとうございました!

掲載:2021年3月23日

取材:2020年10月

企画・取材・構成 奥口文結(FOLK GLOCALWORKS)、濱田直樹(株式会社KUNK)

このインタビューは、「多様なメディアを活用した文化芸術創造支援事業」の助成事業実施者に文化芸術活動や新型コロナウイルス感染症の影響等について伺ったものです。

当日は、身体的距離確保やマスク着用などの新型コロナウイルス感染症対策を行いながら、取材を行いました。写真撮影時には、マスクを外して撮影している場合があります。

Nami Sato / 佐藤那美
1990年生まれ。サウンドアーティスト。宮城県仙台市荒浜にて育つ。活動拠点を仙台に置き、フィールドレコーディング、アナログシンセサイザー、アンビエント、ストリングスなどのサウンドを取り入れた楽曲を制作している。東日本大震災をきっかけに音楽制作を本格的にはじめる。2013年、震災で失われた故郷の再構築を試みたアルバム “ARAHAMA callings” を配信リリース。2015年3月11日から毎年、母校である震災遺構荒浜小学校での「HOPE FOR project」にて會田茂一、恒岡章(Hi-STANDARD)、HUNGER(GAGLE)らとライブセッションを継続している。2018年 “Red Bull Music Academy 2018 Berlin” に日本代表として選出。2019年、ロンドンを拠点とするレーベルTHE AMBIENT ZONEよりEP “OUR MAP HERE” をリリース、BBC等多くの海外メディアに取り上げられる。2021年3月31日、最新フルアルバム “World Sketch Monologue” をリリース予定。


Eri Chichibu / 秩父英里
仙台市出身。作曲家・ピアニスト。仙台二高・東北大学教育学部 卒業。同大学院に進学するも入学当日に休学届けを出し、紆余曲折を経て、2016年9月バークリー音楽大学へ入学。Jazz Composition およびFilm Scoring の2つを主専攻、Video Game Scoring を副専攻し、2019年12月首席で卒業。世界観を大切に作られた楽曲は、絵画にも例えられ、海外で数々の賞を受賞するなど国際的にも評価されている。(2020, 2019 ASCAP Foundation Herb Alpert Young Jazz Composer Award、2020 Owen Prizeなど) 2020年7月には、仙台を小旅行するというコンセプトでジャズアンサンブルと環境音を掛け合わせた新しい形の組曲「Sound Map ←2020→ Sendai」を発表、また、2020年全日本大学女子駅伝中継テーマ曲「Beyond the Moment」(日本テレビ系列)の制作やNFBT 学会への参加など活動の幅を広げている。自身のプロジェクトのほか、ゲーム・映像作品等のメディアやプロゲーマー等個人への楽曲提供も行っており、アートや心理学など他領域とのコラボも注目される気鋭の音楽家。