インタビュー

コロナ禍の劇場で演劇事業を行うこと

後編|―いわき芸術文化交流館アリオスの経験から―

即興パフォーマンス集団6-dim+(ロクディム)限定1組×6回転で贈る採算度外視スペシャル公演『Your Theater ~あなたのための貸し切り劇場~』(撮影:白圡亮次)

コロナ禍の経過を教えてください。

演劇事業を中心に、私が知っている範囲で時系列にそってお話します。

2020年2月頃、新型コロナウイルス感染症については、ニュースの中の世界で、まだ県内での危機感は薄かったです。2月初旬に「劇団ごきげんよう」(※)の学校公演が普通に実施できました。ところが、2月末になって、高校生を対象とした創造事業「いわきアリオス演劇部」の公演の稽古をしている最中に、3月2日から全国の小中学校、高校、特別支援学校が一斉に臨時休校になるというニュースを知り、そこから急激に慌ただしくなりました。

3月の1週目に「いわきアリオス演劇部」の公演を予定していたのですが、臨時休校になり、前例がなくどのように判断したらよいか大変迷いました。今なら、即中止という判断なのでしょうけど、当時はその判断すらして良いのかどうか、十分な情報がなく判断に苦慮しました。

もちろん、当時も中止という選択肢もありました。参加者が小中学生であれば、義務教育なので中止は致し方ないと思います。しかし、この年の参加対象者は高校生で、高校は義務教育ではありませんし、高校生たち自らの意思で参加している活動です。そこでまず、参加している高校生たちの気持ちを聞くことにしました。そして、参加者の学校にも連絡して相談しました。結論として、みんなやりたいという意見でした。

そこで、みんなで話し合って、とにかく無観客で上演だけはしようということになりました。参加者は未成年なので、保護者の同意も必要です。こちらで同意書を作って、今後のスケジュールや稽古の方法を共有しつつ、保護者の方のご意見をいただきました。その時点で数名の参加者は辞退されましたが、ほとんどの参加者の保護者・学校に署名してもらって、なんとか上演の了承を得ることができました。

※「劇団ごきげんよう」
2015年、リージョナル・シアター2015「わたしの人生の物語、つづく。」にて結成。
いわきで暮らす10代から70代のメンバーが活動を続けている。いわきの様々な地域に、「ごきげんよう」と挨拶しながら訪れて、そこに住む方のお話を聞き、演劇を通じて地域と人に潜む人生の物語を届けている。演出は宮崎県の「劇団こふく劇場」代表の永山智行さん。

いわきアリオス演劇部『思い出したり忘れたりのオムニバス』(撮影:吉田和誠)

 

ところが、上演の前日の夕方に稽古を終え解散した直後、市内で最初の感染者が出たとニュースで知りました。それまで市内に感染者がいなかったというのが、上演を決断する上での決め手のひとつでもありました。高校生たちが頑張ってここまで作り上げてきていましたので、本番まであと1日という時に上演を諦めるのかとまた判断に悩みました。最終的に、高校生たちのご家庭が30軒ほどありましたが、それぞれに電話をかけて説明しました。LINEグループで事前に電話することは連絡していましたが、夜遅くまで保護者の方々も電話がかかってくるのを待っていてくださいました。保護者の方々からは「やらせてください」とおっしゃっていただき、無観客での上演にこぎつけることができ、そのダイジェスト版の動画もウェブ上で公開することができました。

【#おうちでアリオス】いわきアリオス演劇部「思い出したり忘れたりのオムニバス」ダイジェスト

その後はいかがでしたか?

ところが、これはコロナ禍での戦いのほんのプロローグでしかありませんでした。2020年4月に緊急事態宣言が発令され、アリオスも休館になりました。休館中だからといってスタッフも休んでいたわけではありません。この状況がいつまで続くかが分からない中、予定していた事業をどうするのか話し合いを重ね、各担当者がこの状況の中でできることを考えることになりました。

3月に公演を終えた「いわきアリオス演劇部」では、3年生だった子たちが高校を卒業し、仙台や東京に巣立っていったのですが、5月に「新生活は大丈夫?」と連絡を取ってみたら、緊急事態宣言が発令されて、初めての一人暮らしに加えて、帰省もできない、友達もできない、外出もできないという状況に置かれていることがわかりました。そこで、この子たちと集まることはできないけれど、一緒に何かできないかと考えました。

その時、「いわきアリオス演劇部」で講師を頼んでいた劇団「ロロ」主宰の三浦直之さんと相談して、オンラインでできる演劇を作ろうということになり、5月から試行錯誤しながら活動し始めました。稽古はZoomを活用し、その様子も公開することで、保護者の方にも自分の子どもたちの元気な様子がわかるようにしました。いろいろ初めての試みがあり、舞台美術家の杉山至さんにご協力いただき、オンラインでの舞台美術講座を開催したり、画面上での演劇の見せ方を摸索したりもしました。そして、6月に本番をYouTubeでライブ配信しました。現在、アーカイブ動画はYouTube上に公開しています。これが、2020年度の演劇事業のはじまりでした。

【#おうちでアリオス】ロロ×いわきアリオス共同企画 オンライン演劇部「家で劇場を考える」<オンステージ>月チーム上演

その他の事業はどうなりましたか?

2020年度事業としてラインアップしていた鑑賞事業は、ほぼ中止になってしまいました。東京からアーティストを招聘する演劇や音楽の事業は、東京で作品制作、稽古・練習ができない状況ですから、地方でも公演できなくなったのです。中止にするにもいろいろ手続きがありますので、その作業に忙殺されました。

俳優や演奏家、スタッフはアリオスでの上演、演奏を目指して何か月もかけて、作品制作や稽古・練習・準備をしてきています。アリオスでの公演がなくなったとしても、その人の稽古の時間は労働時間でもあるわけで、その労働への対価を誰が保障するのか。これは、いわきだけでなく全国の文化芸術関係者が直面した問題だと思います。

今回のような非常時に、どのように対応するかを決めるのは難しく、それぞれのアーティストの事情を聞いて、内部で1件1件協議し、市と調整することになりました。

代替事業としては何か行われましたか?

代替事業としては、「おうちでアリオス」と銘打って、市民のみなさまがご自宅でも文化芸術に触れられるよう、動画配信(※)に力を入れました。

それから、「即興パフォーマンス集団6-dim+」(ロクディム)と制限された状況の中で何かできないかと話を重ね、最終的に、一組のお客様限定の公演「Your Theater ~あなたのための貸し切り劇場~」を1日6回上演する試みを共同主催事業として行いました。

一組の構成は、感染を抑止するため、例えば、夫婦、友だち同士、家族など、安心だと思える組み合わせをお客さま自らの判断で決めてもらいました

※芸術文化を通したコンテンツを無料で配信する企画「おうちでアリオス」
https://iwaki-alios.jp/cd/app/?C=blog&H=stayhome

即興パフォーマンス集団6-dim+(ロクディム)限定1組×6回転で贈る採算度外視スペシャル公演『Your Theater ~あなたのための貸し切り劇場~』(撮影:白圡亮次)

ロクディム共同主宰でいわき出身のカタヨセヒロシさんと、この企画について話していた2020年秋頃は、初期と比べると感染症対策の方針もあいまいになってきて、判断が難しい時期でした。そのため、分断といいますか、動く人は動くけど、動かない人は絶対動かない時期だったと思います。そこで、何か動きたいけど動けない人たちにできることを考えていくことにしました。例えば家族に高齢者がいるとか、医療従事者とか、買い物などの日常生活にも気を遣っている方々に、安心して来ていただける企画をやりましょうということになったのです。さらに、アリオスの事業も中止続きで、利用が減っている状況でしたので、せっかくなら活用してということになり、館内ツアーをしながら、最後に劇場で観るという企画にしました。この時期しかできなかった、採算度外視で今できることを優先した企画でした。

実際に参加したお客様の中には、若い看護師の方もいらして、ご主人と二人で来てくださったのですが、コロナ禍になってから全く遊びに行っていない、趣味を楽しむ時間もなかったということで、「こういう機会があって本当にうれしかった」と言ってくださいました。

この事業は、ドキュメンタリー映像をつくって、アリオスのYouTubeチャンネルでも公開しています。

【#おうちでアリオス】即興パフォーマンス集団ロクディム  限定1組×6回転で贈る採算度外視スペシャル公演 Your Theater~あなたのための貸し切り劇場~ アーカイブ配信
【#おうちでアリオス】即興パフォーマンス集団ロクディム  限定1組×6回転で贈る採算度外視スペシャル公演 Your Theater~あなたのための貸し切り劇場~ 劇場ドキュメンタリー

貸館利用はどうでしたか?

アリオス自体は、1回目(2020年4~5月)の緊急事態宣言以外は、休館(※)しませんでした。今年(2021年)の8~9月に、いわき市にまん延防止等重点措置が適用された時期も、市内の他の公共施設は休館していましたが、アリオスは休館しませんでした。

これはアリオスが主催事業だけでなく、貸館事業も行っていることと関係しています。この時期は市民の方々に借りていただいていて、既に施設利用の予約が多く入っていました。イベントを実施するか中止するかの判断は、あくまでもイベントの主催者である利用者が行うもので、施設側の判断だけで利用をやめてもらうわけにはいきませんでした。
貸館を担当している施設管理課では、個人や団体含めすべての主催者の方々に、実際に利用するかどうか確認する必要がありました。キャンセルされる方には返金もしなければなりませんし、アリオスは施設の稼働率が高い分、その手続きが膨大にありました。
※2021年2月13日に発生した地震の影響により休館していた期間はあるが、新型コロナウイルス感染症の影響による休館は1回のみ。

働き方には変化がありましたか?

スタッフは感染リスクを減らすために2チーム体制を敷き、出勤する人と在宅勤務をする人とを交互にするなど、対策をしていました。片方のチームが在宅勤務をしているとき、もう片方のチームが館内の仕事をしたり、作業を分担したりしてやりくりしていました。テレワークが推奨されましたが、やはりすべてをそうするのは難しく、出勤しないとできないことも多かったです。

コロナ対策はどのようなことを行われていましたか?

基本的には、(公社)全国公立文化施設協会が出しているガイドラインに則して対策していました。消毒、マスク、検温など基本的なことについても、最初は慣れませんでしたが、今はルーティンでできるようになりました。公演があれば、お客さんの検温と消毒を徹底し、連絡先を必ず取得するようにしていました。出演者側に関しては、体調管理に気をつけてもらいつつ、東京や県外から来る場合は、事前にPCR検査をしていただくなどの協力を要請していました。

例えば、「いわきアリオス演劇部」などの市民の方々が参加する事業の場合、市民の方々と現場につくアリオスのスタッフが抗原検査を受けてもらうことを徹底するようにしています。本当は全員にPCR検査を受けてもらいたいところですが、いわきでは東京などのように駅前などで検査を受けられる状況にはないので、抗原検査キットを大量に購入し、関係者に送付して、検査を受けてもらうことにしました。

今年(2021年)の11月中旬に久しぶりに大規模な演劇公演を実施したのですが、そのときはカンパニー側との協議の上で、全員がPCR検査を受けることにしました。アルバイトも含めてスタッフは50人~60人でしたが、すべての人に検査キットを送り、使い方を説明し、回収し、結果を通知することが通常の業務に加えて発生しました。

2021年度は、鑑賞事業が開催できるようになり、週末の土日に事業が連続し、平日もアウトリーチ事業などがあると、アリオスのスタッフは毎日のように抗原検査やPCR検査を受けるような時期もあり、心が休まらない状態でした。

撮影:白圡亮次

今後の事業の見通しはいかがでしょうか?

いわきで文化芸術に携わっている方々が、この2年でかなり疲弊してしまったのではないかと感じています。公共劇場として、どうやって支援ができるのか、今どういったことが求められているか、そういうことを強く意識して、来年度、再来年度の事業を組み立ていきたいと思っています。

そして、この2年間はこれまでの地域や人のつながりを分断するには十分な時間だったし、分断されてしまったものをもう一度つなぎ直すことが必要だと思っています。いわきの土地の背景や歴史は、この土地に暮らすみなさんの身体の中にあります。それを文化芸術やアーティストの力を使ってつなぎ合わせて、途絶えさせないようにするため、地域のつなぎ役として働きたいと思っています。この役割を地域の中に仕事として落とし込むことができれば、アートや文化と関係ないと思っている人たちも、巻き込むきっかけになるような気がしています。

それから、この2年間、ちゃんと舞台で演劇を観たり、音楽を聴いたりできていないので、みんなが観たい・聴きたいと思っている公演・コンサートを開催したいです。この2年間、文化芸術に触れる機会がなかった人たちをもう一度劇場に呼び戻すことは大切だし、そのための事業を考えたいと思っています。

掲載:2024年3月7日

取材:2021年12月

聞き手・構成:菅野 幸子(アーツ・プランナー/リサーチャー)

 
このインタビューは、文化施設運営や事業のあり方や考え方、コロナ禍における影響や対応方法などについて、東北の文化施設・団体にお話を伺いました。
※記事内容(施設の事業や考え方、コロナ対策含む)や個人の肩書等は、インタビュー当時のものです。

萩原 宏紀 はぎはら・ひろき
演劇制作者、いわき芸術文化交流館アリオス 企画制作課 演劇・ダンス事業グループ チーフ。
大阪市生まれ。福島県郡山市在住。大学在学中に劇団を立ち上げるなど演劇活動を行った後、2009年、座・高円寺の劇場創造アカデミーに第1期生として入所。2012年より、いわき芸術文化交流館アリオスに勤務し、主に演劇事業を担当。また、2020年より「アトリエ ブリコラージュ福島」(福島市)の運営にも携わる。震災後の舞台芸術に焦点を当てる仙台舞台芸術フォーラム(主催:仙台市・公益財団法人仙台市市民文化事業団)のアドバイサリーボードも務める。