事業名:事業レビュー|ろう者とのパフォーミングアーツ活動活性化事業 団体名:さぐる・おどる企画 活動期間:2024年6月24日から2025年3月16日まで 参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13167/ |

心地よい身体と場所のためのコミュニケーション
ろう者・聴覚障がい者が参加できる
ダンスワークショップの場づくり
さぐる・おどる企画による「ろう者とのパフォーミングアーツ活動活性化事業」は、ろう者・聴覚障がい者が楽しんで参加できる文化芸術活動の幅を広げるとともに、コミュニケーションやアクセシビリティへの社会的な関心をダンスを通じて促す取り組みです。ダンスワークショップの開催のみならず、ろう者である映画監督作品の上映会の開催や、アウトリーチ活動によって手話サークルや支援学校に出向いてダンスワークショップを行うなど、ろう者・聴覚障がい者と聴者とがそれぞれに理解を深めたりコミュニケーションを行なう場づくりが行われていました。
さぐる・おどる企画代表の渋谷裕子さんは、ダンサーとしてこれまでにもさまざまなダンスワークショップを開催していましたが、ろう者・聴覚障がい者の参加がほとんどなかったことに課題意識をもったそうです。なぜろう者・聴覚障がい者の参加が極めて限られたものになるのかといえば、その背景には、ダンスは音楽に合わせて動くものであり、高度な身体能力を要する、というイメージがまだ根強くある、ということがあります。そこで渋谷さんは、コミュニケーションとしてのダンスを実際に体験してもらえる場づくりや、そうしたワークショップの情報発信を試行錯誤してきたと言います。

ファシリテーターは参加者の大多数ではなく
全員を見なければならない
私が参加したワークショップは、手話サークルへのアウトリーチと、手話通訳付きダンスワークショップ「さぐるからだ、みるわたし」の2024年度最後の回でした。
手話サークルでは、ダンスは初めてという方がほとんどでみなさん緊張している様子でした。渋谷さんが初めに話してくれたのは、このワークショップでは音楽を使わないこと、人とのコミュニケーションを遊びながら楽しむのが目的であるということについてです。実際にワークでは、触れ合って体温を感じたりしながら、徐々に身体も心も解れてきて、参加者同士で遊びながら動いているとオリジナルのダンスが生まれていました。参加者からは、「若い人はスマホばかり見ている。最近は人と直接触れ合うことが少なくて寂しいと思っていた。心が温かくなった気がした」という感想がありました。参加していたろう者のお子さんが最初は人見知りしていたのですが、中盤からは元気に走り回ったり、参加者とハイタッチするようになったことが印象的でした。
そして、「さぐるからだ、みるわたし」の最終回では、1年間のアウトリーチや上映会で知り合った参加者が増え、定員を超える参加がありました。新しい場所に出向いて場を開いてきた結果がここにあり、この活動についてのニーズを感じました。この会では、ろう者も聴者も様々な年齢や特性の方が集まっており、ほとんどの参加者が初対面だったのですが、手話通訳の方が手話で自分の名前の伝え方を教えてくれて、それを手掛かりに場の空気が和んでいたように感じます。
それに加えて、ワークショップでの雰囲気が出来上がっていく際に重要な役割を果たしていると感じたのは、渋谷さんが話すときの「表情」や「間(ま)」でした。渋谷さんはとてもゆっくりと、穏やかな口調で参加者のみなさんに声をかけていたのが印象的でした。手話をほとんど知らない私も、参加者として渋谷さんの語り方を聞きながらとても安心しました。また、渋谷さんをはじめ参加者のみなさんのあいだでは、手話通訳の方が移動している時間や、手話通訳の方の通訳の時間が終わるまで待つということが共有され、習慣化していました。ファシリテーターの方の話し方や振る舞いというものが、場にこれほどダイレクトにかかわってくるということに、あらためて気づかせてもらったように感じます。
実際に渋谷さんにお訊きしてみると、ワークショップを始めてから経験を積み上げるなかで、このようなかたちが定着していったそうです。「私自身が立ち止まってから話し始めたり、手話通訳の方が話し終わるまでしっかり見届けてから次の動きをするようにしないと、誰かがおいてけぼりになってしまうんですね。ワークショップを始めた最初の頃は、ぐんぐん進めてしまって、誰かに対しては説明がうまく伝わっていない、ということがよくありました。だから、『みんなに伝わったかな?よし』と一人ひとりを確認していく。その場を進行していくとき、大多数の参加者のリズムを見てしまいがちなんですが、ファシリテーターは参加するすべての人のことをしっかり見ないといけないんだなと。こうした手話のある現場にかかわれたことによって、私自身がだいぶ人を待つことができるようになりました」と渋谷さんは話してくれました。
互いの違いを尊重しながら
ダンスという共通言語をつくっていく
ダンスワークショップでは、渋谷さんのほかに手話通訳者やサポートダンサーを常に配置して進めてきたそうですが、そうしたチームで取り組みを続けてきていることもいい財産なのではと感じます。「ワークショップはルール通りではなくて、いつもちょっと違うことが起こってくれたらいいなって思うんですね。チームであれば、サポートダンサーの方にダンスはお任せして、私はファシリテーションに集中することもできる。参加者の方々のあいだで何かいつもと違うことが始まると、みんなの雰囲気が緩むんです。私も『違う』って好きなことなので、本心から『いいね!』って思いますね」と渋谷さんが話してくれましたが、人と違うことやいつも違う動きを受け止めてくれる振る舞いは、一緒にプロジェクトをつくっていくメンバーや参加者を尊重する態度としても伝わっていくように感じます。
私自身もダンスワークショップを企画したり参加したりしていますが、ダンスは始まってしまうとそれほど言葉自体は重要ではなくて、その場でコミュニケーションをとりながら伝え合う行為そのものが大切になると思います。そのときに経験することは、日常生活やケアの現場で人の思いを汲んだり想像したりする場面でそのまま生かされるものだと思います。こうしたろう者の方々と手話通訳者とダンサーとともにどうすればよい場をつくれるかと思考し、実際に運営していくことは、ダンスに限らず様々な場づくりで役立つことだと感じます。その場所に様々な特性をもつ方が混ざり合っているということにより、言葉や手話を起点として、ダンスという新しい共通言語をみんなでつくっていく時間になっていたのではないでしょうか。ワークショップに参加されたろうの方が、感想のなかで「言葉じゃなくても会話できたからうれしかったです」とおっしゃっていたことは、とても心に残りました。
あらゆる人と場をつくることで
織り込まれていく「合理的配慮」
そんなふうに参加者が主体的に動き始めるうえで、場のあり方というのはあらためて重要だという気づきがありました。互いを想像したり思いやることによる雰囲気もそうですし、「あちらへ行くために物理的にこの段差だと通れないから、こんなふうに変更してみよう」だとか、一緒に目標を達成するために「合理的配慮」が自然に織り込まれていくのが、チームで場づくりをすることが重要だと思います。そうした試みが全国各地で広がっていけば、イベントのチラシで「手話通訳あり」「車椅子可」などとあえて記載せずとも、あらゆる人たちに同時に場をひらくことができるようになるのではないか。そんなふうに感じながら、私自身も障がいのある人もない人も一緒になって集える場づくりに取り組んでいます。
心地よい場所をつくるためには、小さな細やかな配慮を積み上げていくこと、それに尽きるのではないでしょうか。その大切さを、本事業でも見せてもらったように思いました。
