連載・コラム

事業レビュー|主催コンサート事業「おはなしクラシック どなたでもコンサート」の開催

レビュワー:杉山幸代 (公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場 事業推進担当係長)

2024年度に新たにスタートした助成事業「文化芸術を地域に生かす創造支援事業」。観光、まちづくり、福祉、教育等の他分野との連携により社会課題と向き合う公益性の高い文化芸術活動や、市民に優れた文化芸術の鑑賞機会を提供する事業を支援しています。
本コラムでは、「文化芸術と社会の連携推進事業」として採択された12の事業の活動の様子や、その成果・課題等を、各分野の専門家によるレビュー形式で紹介します。

事業名:主催コンサート事業「おはなしクラシック どなたでもコンサート」の開催
団体名:La boite a jouets-音楽の、おもちゃ箱-
活動期間:2024年9月5日から2025年1月20日まで
参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13488/



 本レビューは、2024年12月15日に開催された「La boite a jouets ラ・ボワット・ア・ジュウエ -音楽の、おもちゃ箱-」(以下、音楽のおもちゃ箱)による「おはなしクラシック4 どなたでもコンサート『サーカスとピエロの魔法』」に基づく。

課題意識と公演概要

 音楽のおもちゃ箱は、仙台市を拠点に音楽を通じて子どもから大人まで楽しめるコンサートやイベントを企画実施する音楽専門団体だ。リトミックや絵本の歌い聴かせ、親子向けコンサートなど、参加者のニーズに応じたプログラムを提供している。これまで音楽のおもちゃ箱は語りと音楽をメインに様々な場所で取り組んできたが、2023年度からは多様性・公平性・包摂性(Diversity, Equity and Inclusion、以下、DE&I)に配慮し、誰もが参加し、楽しめるイベントのモデル開発にも取り組んでいる。

 2024年12月の「おはなしクラシック4 どなたでもコンサート『サーカスとピエロの魔法』」は、仙台市の宮城野区文化センターで開催され、音楽と朗読、大道芸を取り入れた意欲的なプログラムだった。前半はプロコフィエフ作曲の『ピーターと狼』のナレーション付き演奏、後半はカバレフスキー作曲の組曲『道化師』をお話とピアノ、大道芸やマイムを取り混ぜたパフォーマンス作品として上演した。

課題意識に対する具体的な取組み

 DE&Iに対応した具体的取組みとして、音楽のおもちゃ箱では企画段階からユニバーサルデザインを意識し、仙台市による障害理解サポーター養成研修を受講したり、外国人対応を学ぶ講座を開催するなど、当事者の視点を事業に反映できるように心がけてきた。また、印刷・配布物は「やさしい日本語」を意識して作成した。

 公演当日の会場設計も様々な工夫がなされていた。例えば、ホワイエにプレイスペースを設けたり、自閉症や発達障害の方がパーソナルスペースを確保できるように室内テントを設置した。地元NPOと連携したセンサリールームでは、公演映像をライブ放送し、聴覚過敏の方も安心して楽しめる環境が整えられていた。

 公演内容も、クラシック音楽コンサート特有の「音」による非言語の聴覚情報中心の構成ではなく、語りやスライド(イラスト)、パフォーマンスなど視覚情報も多く取り入れられた。また、大道芸やマイムのパフォーマーは、市内の子育て支援団体として活動している団体を起用した。公演時間は65分程度(休憩なし)だった。当日は2回公演共にたいへん盛況だった。これまでの音楽のおもちゃ箱の主要ターゲットが子育て世代であるからか、未就学児以下の親子連れが半数以上だった。この様子から、音楽のおもちゃ箱の活動が仙台市内で認知されており、親子向けコンサートへのニーズが高いことが伝わってきた。

モデル開発にむけた課題とヒント

 全体を通じて、企画者も出演者もDE&Iに真摯に向き合い、丁寧な準備と試行錯誤が大きく実った公演だったように思う。ここからは、筆者も同じく音楽公演の企画構成・制作を行う立場として、誰にも開かれたコンサートモデル開発の視点から課題とヒントを考えてみたい。

  1. どういう音楽体験を届けたいのか、何を観客の心に残したいのか
     「開かれたコンサート」をつくることは、一般的なコンサートに何をプラス(あるいは引き算)し、何を変えるのか、コンセプトや方針が重要になる。その点で、音楽のおもちゃ箱にはDE&Iやユニバーサルデザインという明確さがあり、とてもわかりやすく体現されていた。次にコンサートの企画・構成で悩ましい問題は、芸術的到達点の設定、つまり音楽体験のデザインだ。特に音楽と他の要素を混ぜる場合は、バランスの置き方が肝心である。今回の公演では、音楽だけを聴かせる部分はあえてつくらず、終始、MCや朗読が入っていた。後半40分は視覚的にも空間的にも、音楽を聴くことよりも、パフォーマンスを見ることやストーリーを追いかけることが主役になっているような印象をうけた。もし「音楽コンサート」としての印象や観客体験を深めていくならば、舞台配置や構成の緩急、音響バランスを工夫することで可能になるかもしれない。


  2. 鑑賞サポート
     今回の音楽のおもちゃ箱の会場設計や情報保障への配慮、事前研修の受講などは、とても充実していたと思う。だからこそ、次回はぜひ鑑賞サポートにも取り組んでいただきたいと強く思った。機材手配にコストがかかる場合もあるが、民間NPOや企業で安価にレンタルできる鑑賞サポート機器もある。また、近年、文化施設には、ヒアリングループ* が常設されている施設も多い。他にも、主催者の負担は増えるが、開始前に実際に楽器に触れたり話がきける事前説明会やタッチツアー、音を振動で感じてもらうためのツールとして風船を配ることもできる。当日配布プログラムをPDFデータで配布したり、文字だけのPDFで用意すれば、視覚障害の方向けの情報保障ツールにもなる。手話通訳の手配が難しくても、無料の自動音声認識アプリを活用することもできる。少しの工夫でよりアクセシブルな公演にすることができるので、無理なく始められることから、ぜひトライしていただきたい。

    *ヒアリングループ(磁器ループ):聴覚に障害のある方の聴こえをサポートする設備。
    磁界を発生させるループアンテナというコードを用い、必要な場所を囲むことで音声磁場をつくることで、周りの騒音・雑音に邪魔されずに目的の音声を聴きやすくする。


  3. プログラム・構成上の工夫
     障害や特性に関わらず、コンサートを楽しんでいただくためには、お客様の多様性を想定したプログラム、言いかえれば配慮のある「構成」が必要になる。MCや朗読に、視覚障害のある方のために出演者の視覚的特徴や楽器ひとつひとつの音色を紹介する部分を加えても良いだろう。未就学児や発達障害の方は、60分間集中力を維持することは難しいかもしれないが、プログラムの中程で来場者が参加できるインタラクティブな要素(リズム、特徴的な曲想、メロディなど)を身体活動として取り入れると効果的だ。この部分がそれぞれの音楽の楽しみ方・主体的な関わり方を担保し、あたかも自分も演奏しているかのような時間になると、終盤への聴衆の集中力スイッチとなるだろう。

まとめ:試験的取組みを持続可能な活動にするために

 音楽のおもちゃ箱によるDE&I対応コンサートモデル開発の試みは、これからの仙台市、宮城県をはじめ全国の多くの音楽団体にとっても意味のある取組みになるだろう。この試みを持続可能な活動に発展させるためには、プログラムや実施手法のブラッシュアップも重要だが、音楽のおもちゃ箱団体自身の安定的な運営、すなわちビジネスモデルの構築も不可欠だ。初期段階では公的助成の活用も効果的だが、地域の文化施設や関連団体との事業連携など中長期的な仕組みができれば、より多くの人に音楽を届けられるだろう。同時に、音楽のおもちゃ箱の知見や経験を、他の音楽家や実践団体と共有する機会も積極的に検討いただきたい。DE&I対応コンサートモデルが各地に広がれば、仙台市や宮城県全体の芸術文化による社会課題の解決・緩和にむけた機運醸成が期待できるだろう。

 一方で、公的助成でこのような活動を支援する意義は、すべての人々が平等に文化・芸術にアクセスできる機会を提供し、社会包摂を促進することにある。経済的・物理的な障壁を乗り越え、支援が必要な人々も参加できる環境を作ることで、市民活動にも多様性が反映され、ひいては誰もが自分らしく暮らせる社会の実現の実現につながるだろう。その意味において、仙台市市民文化事業団の取組みはこれからの仙台を形作る大きな役割を担っている。

 近年、様々な法整備や社会の変化に伴い、誰もが芸術文化に親しめる取組みや文化施設等における合理的配慮の推進が進んでいる。例えば、情報保障の観点から公演そのものに手話通訳や字幕、音声ガイドなど鑑賞サポートを取り入れたり、鑑賞ルールそのものを緩和したり、照明や音量に配慮したリラックス・パフォーマンスが各地で展開されている。また、施設設備のバリアフリー化や防災計画の見直しなどに取り組む団体も少なくない。しかし、多くの実施者や団体は限られた人員や予算のなかで、試行錯誤しながら推進している状況だ。小さな1歩でもまずは初めてみること、トライ&エラーをしながら続けていくことが、3年後、5年後には「変化」となり、やがて10年後には「成長」となることを身をもって体験してきた。だからこそ、もしこのレビューを読みながら悩んでいる方や団体がいらっしゃるならば、どんな小さなことでも良いので続けられそうなことから、勇気をもって始めてみていただきたいと思う(熱いエールを込めて)。

掲載:2025年6月27日

杉山 幸代 すぎやま ゆきよ
公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場 事業推進担当係長
専門はアートマネジメント、学習環境デザイン。音楽大学卒業後、文化庁在外研修制度にて渡英。2009年より古楽から現代までのコンサートや教育・育成事業等の企画制作、TEDxTokyo等運営に携わる。19年より東京文化会館にて社会共生事業や「コンビビアル・プロジェクト」を立上げ、東京文化会館リラックス・パフォーマンスなどを牽引。21~22年、アジア人初の RESEO欧州オペラ・音楽・ダンス教育普及担当者ネットワーク運営委員。23年より東京芸術劇場にて次世代向け事業を担当。