開館20周年を迎えたせんだいメディアテークで、ある琵琶の演奏家が自宅で録音した『平家物語』全200曲のうち192曲のデジタル化が完成しました。平曲とは何か、何故このようなことが行われたのかとあわせて今回はその世界の一端を、また後半では修復という点から文化芸術を支える市内のさまざまな修復工房をご紹介します。
「平曲」をご存じですか?
平曲とは
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり…」誰しもが一度は聞いたことのあるこの文句から始まる『平家物語』。12世紀に起こった源平合戦を題材に、13世紀ころに成立したものと考えられています。これを琵琶で節をつけながら語ったものが「平曲」です。
「平家にあらずんば人にあらず」。そのような発言が出るほどに権力を手中に入れた平家一門の盛衰を中心に、様々な人間模様を描き出した日本最古の軍記物語は、文字だけでなく盲目の琵琶法師たちによって脈々と語り継がれてきました。江戸時代までは幕府の保護のもと、儀式の場などでも唄われてきましたが、明治維新後はその保護がなくなり盲僧たちによって組まれていた当道座も解体。平曲を唄うことのできる伝承者は急速に数を減らしていきます。
平曲には教本・楽譜となる「譜本」というものがありますが、口伝が基本の世界では、その唄われ方はどうしても少しずつ変化していくもの。
今回の甲午氏の平曲デジタル化は、現在に伝わる平曲の源流の形を知るうえで大変貴重なものです。
館山甲午 たてやま こうご
1894年生まれ。青森県弘前市出身。少年時代より、江戸時代から続く前田流の継承者であり平曲の調査研究に尽力した父・館山漸之進より平曲を学ぶ。昭和中期には平曲200曲すべてを語ることが出来る唯一の平曲師として知られ、国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」、県の「無形文化財」に指定される。宮城女子師範学校や仙台一中(現仙台一高)等では音楽教師として教鞭を執った。
1989年に仙台市にて逝去。後進の育成に積極的で、弟子に舘山宣昭、山内とも子、故後藤光樹など。現在に伝わる平曲の源流となっている。
公開と貸し出しに至った経緯
館山甲午氏は生前、10年ほどの年月をかけて、自宅で多くの平曲をカセットテープに吹き込みました。
これを仙台市に寄付、テープは視聴覚教材センターにて保管されることとなります。センターではまず、音源が損なわれることのないよう録音されていたものすべてのデジタル化(CD化)を行いました。
しかし平成12年9月末に視聴覚センターが閉館。機能や資料は、後継となるせんだいメディアテークへ移管されましたが、引っ越しや職員の異動により、この平曲資料はたくさんの資料の中に埋もれてしまいます。
平成28年、市民の方より問合せを受け、改めて資料の存在が確認されました。市民にひろくこの存在を知ってもらおうと、メディアテークでは資料の再整理を開始。混然となっていた音源を、それぞれ何を語ったものなのか、どのような順番に整理すべきなのか調査すると同時に、ノイズの除去や、欠けていた部分を補修する音の修復を約5年かけて行ってきました。
平曲は全てあわせると200曲にも及びます。たくさんの音源を確認していくと、このうち、全曲通して録音されていたものは約160曲分、途中までのものだったのが30曲分あることがわかりました。
甲午氏の弟子の一人である山内とも子先生の力を借りて、曲の判別や内容の文字起し、また欠けている部分を含む別の録音の調査などを行い、専門家のみならず広く物語として親しめるよう準備を進めてきました。状態の良い部分を一曲につなぎ合わせたものもありますが、実際には一部を省略して唄うこともあるということで、欠けたままの状態で貸し出しをすることになったものもあります。
こうして最終的に貸し出し可能になったものは192曲。令和2年12月より、これらすべてがせんだいメディアテーク・映像音響ライブラリーの一角に並んでいます。
また、音源を修復する際には、後からどの部分をどのように編集したのか分かるように資料を残しています。鑑賞するためだけではなく、後世の調査・研究でも元の状態を支障なく確認できるよう、さまざまな活用を見据えた注意を払い、作業が行われています。
初めての人におすすめの曲
平家の壮大な話にふさわしく、全200曲、時間にして約100時間。
昔の言葉遣いそのままで全体的にゆったりした語りぶりは、最初はお経のように感じるかもしれません。
慣れるまでは、どこかで聞いたことのある場面から触れてみるのがおすすめです。
有名なシーンをピックアップしました。どこかで聞いたあのシーン・あの人物が平曲の世界への道しるべとなるでしょう。
祇園精舎 | 通番:001 平家物語の導入となる一曲。 諸行無常を解きながら過去の偉人たち、そして平家の物語へ聴客を誘います。 |
入道逝去 | 通番:089 平家を率い、政界の頂上に登りつめた清盛の壮絶な最期。 かけた水がお湯になるほどの高熱を出した清盛は、源頼朝の首を墓に捧げるよう言い残してこの世を去ります。 |
敦盛最期 | 通番:143 織田信長が好んで舞ったという幸若舞「敦盛」の基となった2人の邂逅。 まだ年若い平敦盛と、その年ごろの息子を持つ熊谷直実の葛藤を描きます。 |
那須与一 | 通番:167 弓の名手、那須与一が平氏の舟に掲げられた扇を見事打ち落とします。 |
壇ノ浦 | 通番:171 遂に平氏に終止符が打たれる最後の合戦。 「耳なし芳一」が平家の亡霊たちの涙を誘ったあの曲です。 |
今回のデジタル化・音源の貸し出しにあわせて、年表や内容の要約、主要な登場人物、奏法のリストなども記載された「鑑賞のてびき」の制作も進んでいます。
館山甲午氏はそれぞれの曲の前や中で、各曲のタイトルや「撥名」と呼ばれる、奏法・曲調の指示を入れて語っています。少し慣れてきたらお弟子さんになったつもりで、その奏法にも注目してみましょう。
「口説」 | 詞なり、下音に語る。一句の體にして地形なり。 クワラリン レン トン ツン トン ドン ジャン |
「素聲」 | 詞なり。素読みするように語る。節なく京の自然の詞にて語るが因なり。 ツル ル ツン ヅン |
「中音」 | 幽玄の體にて美麗に清艶を語る。 クワラリン テン クワラリン テン レン クワラリン テン ツン ドン … |
「拾」 | 玉の盤に落る如く語る。強壮活発に演じる。 クワラリン レン クワラリン レン クワラリン クワラリン シャシャン シャン… |
モリタ管楽器サービス
クラリネットやサックスなどの木管楽器、トランペットやホルンなどの金管楽器。そしてティンパニなど、吹奏楽で扱われるような管楽器と打楽器一通りの修理を一手に担うモリタ管楽器サービス。扉を開けて一歩中に入ると、様々な楽器の修理に懸命に取り組む従業員の皆さんの姿が目に入ります。
創業者である森田さんは、元々は楽器の営業に携わっていました。目の前で行われる修復の作業に魅せられ、この道へ。手先の器用さ、そして営業時代に培われた縁に支えられ、修復の専門工房として店を開いて今日に至ります。
ひとくちに木管楽器と言っても、例えば金属でできているサックスと木材で出来ているクラリネットでは修理のアプローチが異なります。他方、本体が同じ金属で出来ているとはいえ、こまかなキイやレバーの数々がネジで留めてあるサックスと、大小さまざまな管のくみあわせで作られている金管楽器では、やはり修復の方法は全く異なってきます。
小学校のクラブ活動からプロの演奏家まで、さまざまな場面で使用されている楽器たち。どんな修理が必要か見極め、専用の治具を駆使して作業にあたります。当初から修理用として販売されている治具もありますが、中には地元の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらった道具もあるそうです。
はじめの頃は一人ですべての楽器の修復を行ってきた森田さん。マルチな技術者も必要だけれど、1つの分野に特化したほうがより高度な技を身に着けることが出来ると考え、少しずつスタッフを増やし今では修理を担う従業員は森田さんを入れて4名。それぞれ、サックス、クラリネット、金管楽器全般と、担当している楽器の修理に特化したエキスパートです。それ以外の楽器は森田さんがカバーしつつ、これまで養い磨いてきた技術を後輩に伝えています。
「これから育つ技術者には、新たなる考えで新しい道を確立してもらえれば」。よどみない手つきで作業が進む皆さんをにこやかに眺める森田さん。これからも仙台の楽器修理を担う、頼もしさがにじみます。
モリタ管楽器サービス
〒980-0811
宮城県仙台市青葉区一番町1丁目8-34 佐松ビル
営業時間:9:30~19:00
日曜日、祝日、第二土曜日定休
電話:022-211-9356
http://morikan87.com/
弦楽器工房Watanabe
“家具のまち”本町のレンガが敷かれた街並みを歩いていると、大きなガラス窓の中にたくさんのヴァイオリンが掛かっているお店が目に入ります。弦楽器工房Watanabeでは、ヴァイオリンやビオラ、チェロ等弦楽器の販売だけでなく各種調整・修理も行っています。
木で出来ている弦楽器は、湿度や温度といった環境の影響を大きく受けるそう。湿度が低い冬、湿度が高い夏と、一年を通して木の変化が楽器に現れます。弦楽器の修理・調整とは、そうしたものを元に戻すだけでなく、木の変化自体にあわせて他のパーツを調整していくことにあります。そして、その楽器ならではの音が出せるように補助するのが修理職人の腕と感性の見せ所。弦を支える駒は弦自体の張りの力で、その駒を楽器の内側から支える魂柱は板と板とで挟み込むことによって、それぞれ接着剤も釘もなく自立しています。細かく削り、一本一本異なる曲面にちょうどしっかりフィットするようにしないと崩れてしまう絶妙なバランス。楽器内部にある魂柱であれば、小さな穴から何度ものぞき込み、状態を確かめながら進めていきます。
店主の渡部さんが何より大切にしているのは、楽器の使用者が出したい音を出せるようにすること。響きをつくりだすのは、楽器それ自体や弓だけではなく、弦の素材や弓毛に塗る松脂など、多くの要素が関わってきます。楽器の持ち主とじっくり相談し、イメージの音に向かって調整していきます。
完成した楽器を渡すときには必ず試奏をお願いするそう。どんなに良くできたと思っても、お客さんが満足してはじめて出来上がりとなります。
楽器が列をなして並ぶさまは壮観です。
松脂は品質によっても音色が違ってくるのだそう。
身長の変化にあわせたサイズアップや、奏者の技術の向上にあわせた楽器のランクアップの希望にも応じるのだとか。鳴りや音色があと一歩理想と異なるときは別な楽器との出会いの時期かもしれません。奏者それぞれの“理想の音”が、今日も大きな窓の内側で鳴り響きます。
弦楽器工房Watanabe
〒980-0014
宮城県仙台市青葉区本町2丁目6-30
営業時間:10:00~19:00
木曜定休
電話:022-797-0745
http://www.gen-watanabe.com/
般若堂
住宅街の中、一見普通のお宅のように見える「般若堂」。実は掛け軸など、書や絵画の表装の修復も手掛ける表具店で、これまで各自治体の文化財などの修復を数多く手掛けてきました。創業は昭和11年、現在は二代目となる小林嵩さんと、小林倫明さん、安達清さんの3名で作業にあたります。
表装の基本である「裏打ち」。和紙を本紙の裏に張り合わせ、補強していくこの表装の肝ともいえる作業には、正麩糊という古来より使われてきた糊を使用します。この接着力がもつのはだいたい100年。このことから、表具師は常に100年先を見据えて仕事をするのだそうです。翻って現代、つまり令和の今、修復の必要が生じているものには大正時代に一度修復されているものもでてきます。「大正の頃は良い職人がたくさんいたんだろうね」と小林さん。作業を進める中で、先人の腕の良さに感嘆することもあるのだとか。
表装の組み合わせは持ち主と話し合って柄を決めるのが一般的ですが、多種多様な素材や柄がある中、何をどう組み合わせていくかは非常に幅に富んでおり、提案側の知識やアイデアも求められます。(なんと屏風に描かれた絵を表具として使用することもあるそう!)主役である本紙に描かれたものを如何に魅せるか。伝統的で静的な印象のある表装ですが、ダイナミックでクリエイティブな世界でもあります。
壁や棚にみっしり詰まった箱には数々の軸物が収納されていました。修復のためにお預かりしているものかと思いきや、ご自分で集められたものがほとんどとのこと。練習を兼ねて修復するために、さまざまな作品を集めているのだそうです。また、修復に使用する資材として集めてきた和綴じ本の中にも興味深い文書があったりするなど、次々に素敵な作品や歴史的な資料が出てくる様は、まるで魔法の宝箱のよう。
正麩糊の主成分は小麦粉から抽出したでんぷんであるため、どうしてもカビが発生するリスクは常につきまといます。「カビが生えないようにするには、あまり裏打ちはしない方が良い」。従来の表装に拘らず、小林さんは木の枠を使った額装も手掛けます。床の間が住宅からなくなっていくなかで、表具を取り巻く環境は大きくかわってきている現代。表装もこのままではいけないと、先人達の例から大いに学びつつ、令和ならではの設えの試行錯誤が続きます。
般若堂
〒983-0011
宮城県仙台市宮城野区栄4丁目22-4
営業時間:9:00~18:00
土曜日、日曜日、祝日定休
電話:022-259-3003