連載・コラム

1.戦後から1970年代の地域誌を掘る

宮城の雑誌クロニクル

川元 茂(株式会社プレスアート 地域メディア局長)

提供:仙台文学館

それは仙台文学館からはじまった

 2015年11月21日から翌年1月24日にかけて仙台文学館で行われた企画展「人と街をつなぐ――みやぎで生まれた本・雑誌」は、地域の出版文化を俯瞰してとらえた画期的な展示だった。戦後から平成にかけて約70年にわたって創刊された地域誌を年表とともに時系列に並べた姿は圧巻で、この地でどんな雑誌が作られ、消えていったのか、改めて光を当ててくれた。年表に記された数は実に80以上あり、文芸誌、オピニオン誌、タウン誌、音楽誌、カルチャー誌、ファッション誌、グラビア誌など種々さまざま。名前だけ聞いたことがある伝説的な雑誌も、昔買っていた雑誌も、ライバルだった雑誌もそこには載っていた。これらの地域誌は、街の変化と市民の声をいまに伝える貴重な資料であり、文化遺産になり得ると実感させられた。仙台のみならず、気仙沼、石巻、古川、白石、塩竈などの地方都市でも多くの雑誌が創刊され、地域情報発信の一翼を担っていたし、インターネットがない時代に、雑誌は街の今を伝える存在であり、コミュニケーションの場だった。
 実際に企画展を訪れた人々は、表紙を眺めながら思い出話に浸り、古い雑誌を見ては会話に花を咲かせていた。雑誌や書店の思い出を寄せるコーナーもあった。「タウン誌創世記~70~80年代、仙台雑誌事情」「地域と本屋さん 仙台本屋さん興亡史」「証言:『東北文学』の時代」といったトークイベントも行われ、作り手だけに留まらず、書店や図書館を含めた〝地域の本にまつわる人々の足跡〟が感じられた。今回この原稿を書くに至ったのも、この企画展がはじまりであり、苦労して年表を作り上げ、創刊号を集めた学芸員の渡部直子さんの仕事に敬意を表したい。渡部さんの後を受け、これからは編集者の視点で、仙台・宮城の出版史を掘り下げていくつもりだ。計3回にわたり連載する予定なので、しばしお付き合いいただきたい。

提供:仙台文学館


創刊の言葉から成り立ちを知る

 宮城の雑誌を語るにあたり、まずは『東北文学』からはじめたい。戦後間もない1946年1月に河北新報社から創刊された『東北文学』は、太宰治や草野心平ら、東北出身作家や多くの疎開作家が寄稿した総合文芸誌で、東北の地から戦後の「文芸復興」を志した。他県の文学事情についての鼎談なども掲載され、東北出身の新人作家の発掘も行った。創刊第2号に記された「東京以外の地方で、水準を落とさず、読者にも筆者にも感激をもたれ得る文学誌の刊行といふ、まったく新開拓のボーリングをすすめる試ろみに対して、野火の燃えひろがるやうな希望を感じてゐる(原文ママ)」(宮崎泰二郎「編輯室(筆者注:へんしゅうしつ)から」より)という言葉が、東北から文学を発信することへの強い意志を伝える。私がこの『東北文学』を知ったのは2010年頃、仙台短編文学賞を創設するにあたり、地域の文学史を調べていた時だ。東北から文学を発信するという先人たちの熱意に大いに勇気づけられたものだ。不二出版から全8巻+別冊1冊で復刻されている。

仙台文学館所蔵

 宮城の地域誌のなかで次に興味深いと思ったのが『カレンダー仙台』(1955年1月創刊/新生活社/100円/64頁)の存在である。判型はB5判で、政党、役所、商店街、百貨店、映画、学校、祭り、初詣の臨時列車などの情報が客観的かつ網羅的に整理されていて、情報量が多く、完成度が高い雑誌であると感じた。創刊の言葉に「会と催し、行事と案内を専門的に集めて整理し市民全般に紙面を開放する方式として生まれたのがカレンダー仙台です。仙台は東北の中心都市です。こゝに住みこゝで活躍される市民の皆様が徒らに消極的で古い殻の中に入つていては進歩も発展も望めません」とあった。市民から情報を集めて本を編むスタイルはタウン誌の原型とも言えるが、残念ながら2号までしか宮城県図書館に保存されておらず、どの程度続いたかは不明だ。ただ、街の情報がこの時期にこのような形で一冊にまとめられていることに驚かされた。映画情報などはいまの雑誌とほとんど変わらないし、巻末には160以上の屋台情報が載っていて、屋号、営業場所、氏名、住所がエリアごとに記されていた。空襲の爪痕が残る仙台の街で道々に軒を連ねる屋台の姿が目に浮かぶようだ。その後、宮城では雑誌創刊の空白期が20年ほど続いた(調べられていないだけで他にもあるかもしれません。情報をお持ちの方はぜひお知らせください)。

宮城県図書館所蔵

1970年代中盤、タウン誌創刊ラッシュ

 1970年代、全国的なタウン誌創刊ブームを迎える。1951年に大阪で生まれた食の雑誌『あまカラ』からはじまる地域に密着した情報を伝えるタウン誌の波は、『銀座百点』(1955年創刊)、『神戸っ子』(1961年創刊)、『新宿プレイアップ』(1969年創刊)、『京都フリータウン』(1970年創刊)などを経て、情報誌『ぴあ』(1972年創刊)を生み、そのムーブメントは全国に広がった。そんななか、仙台にはじめて生まれたのが『ぐりーん・ぐりーん』(1974年5月創刊/みちのく春秋社/200円/72頁)である。サブタイトルは“杜の都の月刊誌”。創刊号には「島崎藤村の仙台時代」「三上寛」「東北の女」などの記事があり、コラムや小説、文芸時評、街角スナップなど総合的な雑誌であったことが分かる。編集後記には「月刊ぐりーん・ぐりーんの発刊企画がなされたのは去年の十月です。発行者の渡辺から話が持ち込まれました。仙台には雑誌らしい雑誌がない。東北第一の文化都市なんて言ったって、名ばかりではないか……と」という嘆きの言葉があり、当時の仙台の出版事情が垣間見える。ちなみに2号目の特集テーマは「初恋」。宮城県図書館には3号までしか所蔵されておらず、短命であったと推測される。

宮城県図書館所蔵

 タウン誌発刊の動きは県内にも広がった。『銀座百点』のコンセプトと体裁(B6横)を踏襲して相次いで発行されたのが気仙沼の『月刊寒つばき』(1974年9月創刊/さんりくジャーナル社/100円/64頁)と石巻の『月刊ひたかみ』(1974年10月創刊/不二プロモーション/100円/64頁)だ。『月刊寒つばき』のサブタイトルは“地域のコミュニケート誌”。6月に試刊号として『月刊けせんぬまガイド・ガイド・ガイド』を発行し、月刊誌の誌名募集を行った上で創刊された。目次を覗くと、巻頭特集は「まつり」で、「市長室閑話」「ハルピン回想」「経塚と経筒」「俘虜国家と族長国家」などの随筆に加え、雑誌の賛助会員店の紹介などで構成されていた。その後、姉妹誌『グラフ寒つばき』を発行するなど、誌名を変えながら、気仙沼地域の文化を長きにわたって伝え続けた。

宮城県図書館所蔵

 ほぼ同時期に発行された石巻のタウン誌『月刊ひたかみ』の創刊の言葉には、「その町の文化水準は、図書館と喫茶店へ入ってみれば、おおよその見当がつくといわれているが、昨年、まずは中都市相応と見える石巻市図書館の新館舎ができた。<中略>本誌の発刊で、わがまち石巻が、一段と都会らしくなった感じがする」と書かれており、地域誌の存在が都市の文化度をはかるひとつの指標であったことが分かる。「人口六万五千人の気仙沼市でさえ立派な月刊誌<寒つばき>が刊行され続けているのである」とライバル心を露わにしているのも興味深い。創刊号の特集は「ふるさとを歩く」。「永厳寺のキリシタン墓」「牡鹿三十三霊場」「啄木と萩浜」など歴史にまつわる随筆が多い。のちに『月刊ひたかみ』は『ZERO』と合体し、『ZERO×ひたかみ』としてその後も発行を続け、2011年発行号までその存在が確認されている。

宮城県図書館所蔵

 その後、仙台では『せんだいタウン情報』(1975年3月創刊/プレスアート/100円/64頁)が創刊される。『せんだいタウン情報 S-style』に誌名を変更しながら、この春創刊47年を迎え、来春には700号を記録する宮城県内では現存する最古の地域誌だ。創刊号の編集後記には「数々のタウン誌が企画され、出版されては消えてゆき、タウン誌とはすぐ廃刊されるもの、というイメージが固定されてしまった仙台です。私たちはまずは長続きするタウン誌を育てよう、趣味的な読み物記事ではなく、仙台で生活を営む私たちに密着した情報を定着させようと念じ発足しました」とあった。これまで書いてきたような仙台に雑誌がなかなか根付かない状況を裏付ける記述があったが、創刊編集長の願いどおり、いまも『せんだいタウン情報』が続いているのは、“趣味的な読み物記事ではなく、私たちに密着した情報”というキーワードが今も脈々と受け継がれているからではないかと思っている。
 その後、タウン誌は興隆期を迎え、1977年の調査では、全国に300以上のタウン誌が存在し、人口10万人以上の都市には必ずタウン誌があると言われていたほどだ(出典:『タウン誌の論理』/岩田薫著/ゼロブックス)。仙台でも1977~78年に創刊ラッシュがあり、1977年に『月刊仙台ほでなす手帳』(1977年7月第2号発行/ぷらんにんぐるうむ たんぽぽ/200円)、1978年に『けやきの街』(1978年4月創刊/けやきの街出版局/150円/64頁)、『月刊エミネント』(1978年6月創刊/東文社/350円)、『街の灯り』(1978年7月創刊/街の灯り編集室)、『Easy on』(1978年8月創刊/イージーオン/250円/48頁)、『月刊YES or NO』(1978年9月創刊/3S企画)と相次いで雑誌が創刊された。仙台に雑誌文化が花開いた瞬間だった。
 次回はより深く1970年代に誕生したタウン誌たちにフォーカスしたい。

提供:プレスアート

みやぎの雑誌 創刊年 年表(提供=仙台文学館)

1946(昭和21)年1月『東北文学』
1月『週刊河北』※月刊河北 改題
2月『東北少国民』
11月『自由公論』
1947(昭和22)年1月『東北小国民』※東北少国民 改題
9月『東北人』
1948(昭和23)年3月『旬刊トピック』
7月『ペン』
10月『月刊東北商工会』
10月『AOBA』※東北小国民 改題
1949(昭和24)年1月『New Tohoku』
1950(昭和25)年4月『文化人』※塩釜で発行
1954(昭和29)年1月『文芸風土』
1955(昭和30)年1月『大仙台』
1月『カレンダー仙台』
7月『家庭と電気』
1958(昭和33)年6月『北苑』
1974(昭和49)年5月『ぐりーん・ぐりーん』
6月『伊達模様』
9月『月刊寒つばき』※気仙沼で発行
10月『月刊ひたかみ』※石巻で発行
1975(昭和50)年3月『せんだいタウン情報』
1977(昭和52)年7月『月刊仙台ほでなす手帳』※創刊年は前年?
1978(昭和53)年1月『グラフ寒つばき』※月刊寒つばきの姉妹誌 気仙沼で発行
4月『けやきの街』
6月『月刊エミネント』
7月『街の灯り』
8月『Easy on』
9月『月刊YES or NO』
1979(昭和54)年7月『倶楽部みやぎ』

掲載:2022年8月10日

川元 茂 かわもと・しげる
株式会社プレスアート 地域メディア局長。1967年生まれ。海外旅行情報誌『AB・ROAD』編集部で、世界20カ国を取材。仙台に戻り、株式会社プレスアート入社。『ファッション&ピープルマガジン COLOR』『せんだいタウン情報 S-style』『大人のためのプレミアムマガジン Kappo 仙台闊歩』編集長を経て、現職。2006年からDatefmで8年間「Radio Kappo」のパーソナリティ。仙台短編文学賞実行委員会事務局長。タウン情報全国ネットワーク理事。