事業名:建築文化をつくる「Local architecture festival(仮)」実施に向けたプレリサーチ 団体名:Local Places 活動期間:2024年6月24日から2025年3月16日まで 参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13281/ |
0.はじめに
『建築を 「見る・知る・学ぶ」スタディツアー【宮城県知事公館】』では、間もなく民間へ長期貸し出しとなる宮城県知事公館(以下、知事公館)にて、東北工業大学教授の大沼正寛氏と伝統建築研究所代表取締役の高橋直子氏がレクチャラーとなってツアーを引導しました。ツアーを企画したLocal Placesは、仙台を拠点とする建築家・デザイナー・学識研究者・都市/まちづくりに関心を持つひとたちが集まって設立した任意団体です。
本レビューでは、知事公館でのスタディツアーの様子を紹介するとともに、Local Placesのこれまでの取り組みや今後の展望に触れ、建築を媒介とした文化コミュニティの可能性について考えてみたいと思います。

1. 宮城県知事公館でのスタディツアー
3月1日の土曜日に開催されたスタディツアー。当日は3月上旬と思えない陽気に恵まれ、絶好のツアー日和となりました。30名を超える申し込みがあったツアーは、最初に大沼氏と高橋氏によるショートレクチャー、次に知事公館を門・庭・建築の順に見学、最後は参加者全員でディスカッションという3部構成となっていました。
大沼氏によるレクチャーは、17世紀の近世に遡り、河岸段丘を形成した広瀬川崖上の複雑な地形にあって眺望の良い庭園から見える風景とともに、青い半切妻屋根の洋館と数寄屋風書院造の和館がいく人もの住まい手や利用者を迎えてきた経緯を、時代背景も含めて詳細にお話しいただきました。
当の建築に居ながら大沼氏のレクチャーを聞いていると、タイムトラベルのツアーでさまざまな時代の知事公館へ訪れたかのような想像が広がっていきました。同時に、敷地全体の上手と下手、表と裏の見方や、軍人のための邸宅では各部屋の階層が厳密に決まっていたこと、建築だけでなく庭の意匠にも和洋折衷が見られることなど、仙台の近世の邸宅を見るための基礎知識もインプットされていきました。

次に、大正時代に仙台城から移築したとされる知事公館の門にクローズアップして高橋氏のレクチャーが始まりました。江戸時代の絵図についての解説や、門の由来に関する高橋氏の考察が紹介され、そのまま皆で外へ出て実際に門を見ながら、仙台城の他の門と異なる点やどのような経緯で知事公館の門が移築・改修されたのか、様々な角度から検証していきました。その後、南側の庭園へ移動し、建物内の見学に移りました。
参加者の中には伝統建築や歴史に詳しい人もおり、あちこちで他の参加者からの質問に大沼氏や高橋氏とともに答える/考える姿が見られました。他にも、植物や石など様々な事物に興味がある所謂マニアのような方、建築の実務者、歴史文化ファン、たまたま新聞でイベントを知ったご婦人、大学生、そしていつも散歩で通りかかる知事公館が気になっていた小学生の親子連れなど、参加者の年齢や属性には非常に幅がありました。中にはプロ顔負けのアングルで写真を撮る小学生もおり、大人も子どももそれぞれの興味・関心に応じてツアーを楽しんでいました。
「庭に張りだしている大きな根っこは何の木か」、「なぜ暖炉の上に鏡があるのか」、ツアー中に発せられた質問に、大沼氏も高橋氏も参加者と一緒になって考えている姿が印象的でした。大沼氏曰く、明治以降、急速に取り入れられた西洋式の邸宅はつじつまが合わない部分も散見されるそうで、専門家でさえ明確な根拠を見つけられないことが多々あるそうです。大沼氏や高橋氏が悩む姿を目の当たりにしながら、その場にいる人みんなでさまざまなことを類推したり語り合ったりする時間は、個人で見学するときには得られない貴重な交流体験でした。

一連の見学でうっすらと汗ばんできた頃、レクチャーを受けた洋室へ戻り、主催者から提供されたコーヒーと甘味でくつろぎながら、最後のディスカッションに移りました。対面のディスカッションですが、ツアーの冒頭で紹介されたオープンチャットも使いながら質問や感想を受け、議論を展開していきました。知事公館の民間への長期貸出を受けて、今後の利用形態についても様々な意見や要望が寄せられました。知事公館は主に貴人の邸宅として使われていましたが、ある時期には校舎や児童会館だったことがあります。見学の最後に訪れた洋室には、児童会館設立にあたって開催された児童文化者会議や児童問題講座、子どもたちの当時の様子を収めた写真が展示されていました。そんな事もあってか、民間の運営となっても一部の利用者に占有されるのではなく、児童会館だった頃のように大人にも子どもにも常に開かれていることを望む声が多く上がっていました。

2. Local Places のこれまで
Local Placesは、代表の菅原麻衣子氏を中心にプロジェクトに応じてその都度、参加可能なメンバーが関わり運営しています。知事公館のスタディツアー当日も、普段は大学で教鞭を取っている友渕貴之氏がコーヒー配膳、佃悠氏が受付、畠山雄豪氏が写真撮影、青葉山公園・仙臺緑彩館で副所長を務める豊嶋純一氏が小学生のお子さんとともに設営を担い、肩書を超え建築を愛するメンバーが会の運営をサポートしていました。
最初の活動では、2021年度のコロナ禍にはじまった「持続可能な未来へ向けた文化芸術環境形成助成事業」の助成を受けて、『SENDAI/MIYAGI The Architecture Map – 仙台/宮城建築マップ-』を制作。仙台を中心とした宮城県内の建築を紹介した書籍で、県内のミュージアムショップやコミュニティライブラリーで販売されています。現在、部数もあと僅かとなり増刷を計画している状況です。
2023年度は「建築文化をつくるひと」と題し、県内の現代建築を建築家自身の解説とともに見て回る建築ツアーを催し、年度末にはTURN ANOTHER ROUND-2で一連の活動報告展を行いました。2024年度は今回のスタディツアー以外に、「建築文化をとどける人」と題して台湾と京都での建築文化を発信する取り組みを紹介しています。
実は、2022年度は助成が採択されず、事業としては一旦お休みの期間となっていました。その間も、メンバーはこれからやっていきたいことを話し合っていたそうです。こうした対話の中で、見学会とレクチャーイベントを合わせたような建築ツアーや、オープンチャットを使った双方向のコミュニケーションを取り入れるアイディアが具体化していきました。メンバーそれぞれの切れ目のない建築文化への想いが、今の活動につながっていると言えます。書籍を制作した時は、仙台の現代建築や震災後にできた建築を紹介したいという思いがあったそうですが、書籍出版後の活動で、さまざまなアーカイブやコラムが収集されており、今回スタディツアーを行った歴史的建築や出版後にできた/これからできる建築も取り上げていきたいということで、今後の展望も広がってきています。

3. 建築文化を媒介とした、仙台ならではのリアルな体験と交流を目指して
これまで、書籍の制作や建築ツアー、展覧会などを行ってきたLocal Placesですが、今後もこのような活動を展開し、建築関係者だけでなく市民や子どもも建築について語り合える機会をつくっていきたいそうです。
佃氏によると、欧州では建築フェスが盛んで、元はロンドンのオープンハウス・フェスティバルにあるとも言われているそうです。2024年のオープンハウス・フェスティバルでは、ロンドン全域の中世から現代の公共施設や個人邸宅など様々な建築が公開され、ツアーも催されました。筆者自身、2000年代にパリやロッテルダムでこのような建築週間に遭遇し、貴重な建築を無料で見学、時にはツアーガイドの解説を聴く幸運に恵まれました。フェスが開催されている数週間、建築関係者のみならず、一般市民や子どもの姿も見られ、広く建築を鑑賞したり建築について議論したりする素地が育まれていることを感じました。
日本でも近年こうした建築フェスが活発化しており、大阪市では、「生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪」などで子どもたちが建築に触れたり、市民が新たな建築の掘り起こしを行ったりする取り組みを進めています(※1)。友渕氏によると、関西では、「京都モダン建築祭」(※2)や「神戸モダン建築祭」(※3)も開催されており盛り上がりを見せている、とのことでした。2024年5月には、「東京建築祭」(※4)が開催され、2025年の開催に向けクラウドファンディングがスタートしています。地方では、「ひろしまたてものがたりフェスタ」(※5)があります。
首都圏や関西圏は、歴史的な建築から現代建築まで建築資源が豊富です。対して仙台は建築資源が少なく、書籍を制作する時も宮城県に範囲を広げたり、庭や風景までジャンルも広げたりして掲載する建築を集める工夫が必要だったそうです。こうした状況をむしろ肯定的に捉え、他の地域にない仙台ならではの建築ツアー/建築フェスを開催できないか、Local Placesでは様々な企画を実装する中で模索しています。
Local Placesのメンバーとの対話で見えてきたのは、お祭りやコンサートのように大勢の人が詰めかける熱気を帯びたフェスティバルというより、まちのあちこちで建築について語り合う人が見られるような風景です。建築を幅広く捉え、さまざまな興味や知識から成るゆるやかなつながりを見出しながら、仙台特有の建築文化を育む小さなコミュニティの集合体 ― 仙台と建築への「愛」が滲み出す菅原氏とメンバーの語り口から、そんなイメージが見えてきました。
(※1)大阪市は、2013年から「生きた建築ミュージアム事業」を立ち上げ、期間限定で「生きた建築」となり得る物件を対象に、改修やライトアップなどの補助事業を行った。
(※2)「京都モダン建築祭」は、2024年で3回目となる。参加費は建築の維持修繕に使われている。2024年度は、令和6年度文化庁文化芸術振興費補助金(地域文化財総合活用推進事業)の補助と京都市「Arts Aid KYOTO」補助事業を受け実施。
(※3)「神戸モダン建築祭」は、2024年で2回目となる。クラウドファンディングによる寄付や企業による協賛により実施している。
(※4)「東京建築祭」は、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京の芸術文化魅力創出助成により実施されている。
(※5)2013年にはじまった「ひろしまたてものがたり」は、広島県土木建築局営繕課が事務局となり、魅力ある建築物創造事業の一環として展開されている。
写真(撮影:畠山雄豪)は全てLocal Places提供