伝える=守る?
私は、芸能をナリワイとしています。幼い頃から故郷岩手の鹿踊り(ししおどり)に親しみ、現在も芸能、主に民俗芸能や郷土芸能といわれる分野で、仕事をしています。
民俗芸能、郷土芸能。民俗=人々の日常生活と言い換えることができますが、地域(郷土)に住む人々の日常生活に密接に関わって、その地の住民によってなされ、その地の人の祈りや願いが込められた踊りや歌のことです。(※仙台の芸能については沼田愛さんのインタビュー参照)
その地域の平和や繁栄を保つための、先人たちの発想と努力の賜物であり、それは大切に伝承され、いつしか伝統となっていきます。
「伝える」を辞書でひくと
1 言葉などで知らせる。伝達する
2 あるものを受け継いで残す。また、あるものを受け継いで次の代に授け渡す。伝授する
3 よその土地から文物などを持ってくる。もたらす
4 熱・音などが、一方から他方へ移るように仲だちをする
とあります。(『大辞泉』より)
芸能は、一般的に捉えれば2番に当てはまるでしょう。残すこと、授け渡すこと。ところが現在、その「残し、授け渡す」という伝え方の現場に異常が起きていると感じます。
私たちは、先輩や師匠、先人から授け渡されたものをそのままの形で受け取り、次に授け渡そうと努力するはずです。しかし、受け取るタイミングで、私たちは考えます。「今、これからも、必要なものなのか?」「受け取ったら無くせない、責任を背負ってしまう」「次に受け取る人が見つからなかったらどうしよう」。伝承し継承していくことが、苦しくなってきます。
「伝統」や「伝承」「芸能」といった言葉に、「変えてはならない」「保存・保護すべきもの」というイメージがいつしかこびりつき、伝承へのモチベーションや喜びを創り出せなくなっていたのだと思います。先人によって積み上げられ確立されてきた伝承を守ることは大切ですが、いま・これからの私達の生き方にとって、芸能があって“よかった”“救われた”“役立つ”など、新たな価値づけが付与されることで、伝承、継承へのモチベーションは変わるのではないでしょうか。
伝える〈よその土地から何かを持ってくる。もたらす〉
東日本大震災によって、東北の芸能の多くが継承の危機に陥りました。それでも次々と復活するその姿は、伝統や保存・保護の対象だと思われていた芸能のイメージを大きく覆しました。また、東京2020オリンピックのようなビッグイベントを契機に、日本独自の民俗芸能、郷土芸能を観光等で活用しようという動きも加速化しました。震災後10年ほどの間に、芸能を取り巻く環境は大きく変わりました。様々な分野、属性の人が、芸能の可能性に興味を持つようになったのです。震災直後から、私が理事を務めている公益社団法人全日本郷土芸能協会(東京都)や個人メール、SNS等をたどって頻繁に連絡が入り、これまで長い低迷期を彷徨っていた郷土芸能世界にバブル期がやってきたのです。マスコミやSNSで取り上げられることにより、一気に異分野の人たちが芸能に注目しはじめました。
そんなバブルに揉まれながらも、私なりに、これまで培ってきたネットワークと経験をもとに、芸能側が痛い目を見ない・利用されすぎない、しかしこの新しい出会いが次代に伝えるために必要なイノベーションを生むことを期待して、様々なマッチングを試みました。
〈よその土地から文物などを持ってくる。もたらす〉これも「伝える」の意味のひとつです。異分野との出会いや交流は、芸能団体の継承における新しい視点やモチベーション向上のきっかけとなりました。芸能団体への入会者の増加や体験ワークショップのような自主企画の開催等、これまで見られなかった動きが出始めました。
伝える〈知らせる。伝達する〉
東日本大震災後の芸能バブル期、私は映像・広告業界に身を置き、その業界と日本の消費文化を憂いていた山田雅也と出会いました。2016年には彼と二人で縦糸横糸合同会社(以下縦糸横糸)を仙台で立ち上げました。私が専門とする“縦糸”(地域に受け継がれてきた文化)と山田のような“横糸”(新たな分野・異分野)が出会うきっかけづくり、両者を適切に結び付け再解釈・新解釈を生み出すこと、その概念を具現化し地域住民が使えるよう社会実装すること、それらが地域文化の後継者の継承モチベーションの向上につながっていくことを目的として。
縦糸横糸は、「芸能」をもっと多くの様々な人に知っていただき、外部の評価や多様な視点を集めることで芸能への新しい価値づけを加速させたいと考え、記録や発信に力を入れています。芸能の情報を得る手段としては、自治体文化財部局や観光部局がいつの頃かに提供したネット情報や、十数年に一度作成される報告書、芸能ファンによる私的なネット情報がほとんどです。そのほとんどがアップデートされておらず、せっかく興味を持っても〈いつ・どこで・どうやったら出会えるのか〉にたどり着けない、諦めてしまうというループに陥っています。興味がない人、知らない人は情報がなければ関わる術がありません。興味や魅力を感じなければ、地域を訪れることもありません
「伝える」の第一の意味〈言葉などで知らせる。伝達する〉をブラッシュアップすることで、芸能側にも関わる側にも能動的な継承の方法や視点を生み出したいと思っています。
伝える〈仲だちをする〉
郷土芸能は、公演だけではなく体験や観光活用、現地での奉納見学等、ニーズが多岐にわたっています。しかし、芸能側には受入体制やノウハウがありません。謝礼等条件も定まっておらず、そもそも担い手は一般人で、日常生活に支障が出るような依頼は不可能です。芸能側が無理をしたり、負担を抱えたりしないよう仲立ちするコーディネーターが必要です。なぜそれを公開・体験してもらいたいのか、体験者や鑑賞者に何を感じてもらいたいのか、受入側の芸能や地域に還元できるものは何なのか、芸能の未来に寄り添ったコーディネート、企画を心がけたいものです。
「伝える」の〈一方から他方へ移るように仲だちをする〉という意味を、ここでは当てはめることができました。
縦糸横糸では、芸能に関わったことがない、あるいはこれから地域で関わってくれるであろう異分野や次世代を中心に、芸能の用具や衣装の造形・色から興味の入口をつくる体験ワークショップや、子ども自身が祭りを取材し模擬テレビ番組を作るなどの企画を実施してきました。
地域に伝わってきた固有の文化を守るだけではなく、現代や次代の人の発展や発想につなげたい。興味や楽しみを芸能の中に自ら見出し、将来携わりたい・関わりたいと思うきっかけを提供すること、その中から継承者、関係人口が増えていくことを常に意識しながら企画をつくっています。そしてそのベースを形作るのは、民俗、いわゆる郷土・地域の中での人々の生活・くらしで、それは私たちの生き方に直結するものでなければならず、郷土芸能が、社会生活と密接な関係にあるものと多くの方に気づいてもらう必要があると思っています。過疎・少子高齢化で、伝承地だけでの継承は困難となり、外からの関わりや新たな継承のあり方を検討する時代に突入しています。
仙台で考える、げいのうの価値と地域とコミュニティ
東日本大震災以後、特に東北の地域文化にとって、これまでにないような様々な出会いがあり新しい視点が生み出されてきました。また、コロナ禍に在宅やオンラインが推奨されたことで都会にいる必要性は薄れ、生き方の選択の幅も広がりました。仕事をリタイアしたら地方に住みたい・帰りたいという60代70代、子どもを地方で育てたいという30代40代の保護者世代の声を都会でもよく耳にするようになりました。地域での暮らしに豊かさを求めたい、可能性を見出したい人は確実に増えています。
郷土芸能や祭りは、教育、福祉、医療、環境、観光、経済…様々な人材と要素が絡み合うオールマイティな地域資源の集合体です。これらの円滑な運営が地域づくりや人材育成につながるという視点を持ちたいものです。例えば、地元企業が郷土芸能を応援することが地域に根差した人材の発掘と育成に繋がり、彼らが企業に入社し地域コミュニティが強固になっていく、という循環につながっていく可能性もあるのです。
縦糸横糸では、公益財団法人仙台市市民文化事業団「持続可能な未来へ向けた文化芸術の環境形成助成事業」の助成を受け『仙台げいのうの学校』を2期にわたり企画しています。仙台は東北一の都市で、企業・学校も多く、地方出身者や移住者が集まります。そんな市民が、時代遅れで自分とは無関係と捉えられがちな“げいのう”(民俗芸能や郷土芸能など)をテーマに思考したら、社会に対して何かしらの接着点を見出しさらにインパクトを生み出すことができるのではないか。そんな大胆な試行企画です。
私を“校長”に、千田祥子さん(「わたしのシシオドリ偏愛記」筆者)と、office ayumitoiro代表の関美織さんを“職員”として迎えてカリキュラムを作成し、2期で100名ほどの“生徒”が集まりました。芸能ファンはもちろんのこと、行政、企業、子育て世代や経済畑、大学講師や地方出身者、外国人、市内芸能団体、そして子どもたちなど、都市ならではの多様な属性が集まり様々な視点で“げいのう”に触れ、継承や関わり方への意見やアイディアを出し合っています。それぞれの立場から“げいのう”を見たときにどんな課題認識やテーマがあるか、また、自分の専門領域からみると“げいのう”に対してどんなポテンシャルや面白さを感じるか。担い手やファンではない第3の視点で“げいのう”を語ってもらう機会になりました。そして、それぞれが持つ視点や能力を“げいのう”に置き換え、「げいのう×○○」として掛け合わせ化学反応を起こそうとする能動的な動きも見え始めたのです。
例えば2023年度(2期)3限目で講師を勤めた関美織さんからは、彼女の専門である「地方×産業×新しい取り組み」という掛け算に則り、「仙台×げいのう×新しい取り組み」としてビジネス業界の思考法を学んでみました。ビジネスも“げいのう”も、誰のもので、誰のために続けてきたのか・続けていくのか、その本質を問い直す時期がきており、支店経済かつ東北からの流入人口が多い“仙台”特有の「人材」「継承」の課題がある。そこを踏まえて再考し発信することが、ひいては“仙台”という地域の持続可能性を見出すことができるのではないか、という視座を得ることができました。
こうした従来の「げいのうの常識」からはずれるかもしれないタブーにも思われるような組み合わせに挑んだことで、“げいのう”の担い手側にも少しばかりですが変化が出てきたと聞きました。
2022年度には、仙台市教育委員会と連携し一般市民向けの基礎講座や“げいのう”保存団体と直接交流できる現地訪問や体験を行いました。仙台市内の民俗芸能団体は他団体や一般市民と知り合う機会がこれまでほとんどなく、お互いを繋ぐ機会やニーズも明確ではありませんでした。“げいのう”団体は継承活動はしたいが課題が山積みで、しかし有益な情報がなく、個別に解決していくしかない状態でした。そこで、仙台げいのうの学校で他分野や他地域の話を聞いたり情報交換を行う場を設定したことで、近すぎて見えなくなっていた日ごろの活動を俯瞰してもらう機会になり、新たな「伝え方」のヒントを見出すことができたのかもしれません。
本事業参画後に新しい取り組みに着手した団体や市民が出てきて、男性中心の継承現場に女性が関われる余地が検討されはじめたり、笛を吹くことができる外野の市民が助っ人として保存団体に関われるようになった、という事例も出てきました。
また、一般公募した「生徒」=受講生として多様な属性が集まったことで、げいのうの「保存」だけでなく「発展」「活用」といった価値観を受講生間で共有することができ、“げいのう”の名の元に新たなネットワーク環境が形成されようとしています。
仙台発の“げいのう”の価値観が、“仙台”という地域の固有性や持続可能性を高め、かつ国内外の様々な継承現場の課題解決の一助になれるかも――。そんな期待と静かな興奮が心に押し寄せてきています。