連載・コラム

コンクールのその先へ
第7回仙台国際音楽コンクール最高位受賞者の歩み

『季刊 まちりょく』特集記事アーカイブ

『季刊 まちりょく』vol.38掲載記事(2020年3月20日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

2019年5月25日(土)から6月30日(日)に開催された第7回仙台国際音楽コンクールで、467名の応募者の頂点に立った2人の若き演奏家、チェ・ヒョンロクとシャノン・リー。6月に日本で初めてのリサイタルを控えた2つの才能を追いました。

仙台国際音楽コンクールは、仙台市が2001年に創設し、3年毎に行うコンクールです。才能ある若い音楽家を輩出することにより、世界の音楽文化の振興および国際的文化交流の推進に寄与することを目的としています。協奏曲を課題曲の中心に据えるという特色を持ち、公正で信頼性の高い運営とともに、市民の温かいホスピタリティに支えられたコンクールです。

第7回仙台国際音楽コンクール 受賞までの道のり

 ピアノ部門、ヴァイオリン部門ともに、協奏曲を課題の中心に据えていることに加え、レパートリーの幅広さも求められる過酷さでも知られるこのコンクールを勝ち抜き、2人が見事最高位を得ました。

予選

ピアノ部門は、指定された作曲家を含むリサイタルプログラムを自ら構成して演奏、ヴァイオリン部門は、無伴奏曲と協奏曲(指揮者なし)を課題の中から1曲ずつ選んで演奏しました。

セミファイナル

セミファイナルから指揮者が入り、オーケストラと共演。ヴァイオリン部門では、今回初めて「コンサートマスター」を務めるという課題も課せられました。

ファイナル

各部門とも、協奏曲2曲を演奏。大勢の聴衆が見守るなか、それぞれが渾身の演奏を披露しました。

表彰式

審査委員評(『第7回仙台国際音楽コンクール報告書』より)

 チェ・ヒョンロクさんは、全ラウンドで安定していました。また、ファイナルでモーツァルトと自由選択の協奏曲、両方を高いレベルで演奏したことも評価のポイントだったと思います。オーケストラとの共演経験もあまりない中、信念を持ち、それをそのまま舞台で弾くことができるのは才能だと思います。

第7回ピアノ部門審査委員長 野島 稔

 (シャノン・リーさんの)セミファイナルでのバルト—クの協奏曲はとても素晴らしかったと思います。ファイナルでは、特にモーツァルト(K218)の第3楽章が素晴らしかった!あのグラツィオーソ*は本当に音楽的だと思いました。
*演奏上の表現方法を示す標語で、「優雅に、優美に」の意。

第7回ヴァイオリン部門審査委員長 堀米ゆず子

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対照的? 2つの個性を紹介

 コンクールで卓越した演奏を披露した2人ですが、素顔は親しみやすく若者らしい一面も。演奏会のために来日した2人に普段の暮らしについて聞いてみました。

チェ・ヒョンロク CHOI Hyounglok

 ザルツブルクでは、大学と学生寮を往復する音楽漬けの日々。それでも、レッスンの合間に音楽仲間とホームパーティーをしたり、気晴らしに買い物や公園に出かけたりするなど、忙しいながらも充実した生活を送っているというヒョンロク。「以前よりも人と交流することが楽しくなりました」と少しはにかんで話してくれました。

 というのも、実は、オフの日は外に出かけるよりも家でゆったり過ごすのが好きという“インドア派”。幼い頃から絵を描くのが好きで、10代の時にはなんと200ページにもおよぶコミックを描き上げたこともあるのだそうです。今ではすっかり絵を描く頻度は減りましたが、つい最近オイルクレヨンを購入したそうで、「6月の来仙時には完成した作品をお見せできるといいですね」とヒョンロク。

 新しい環境、そして心境の変化が音楽にどのような影響を与えるのか、これからがますます楽しみです。

2020年1月にはソヌ・イェゴン(第5回優勝/写真左)のプロジェクトに参加。
仙台フィル定期演奏会終演後のサイン会。

1993年韓国生まれ。5歳でピアノを始める。ソウル国立大学在学中の2013年に江南交響楽団との共演でソリストデビュー、翌年にアマルフィ海岸音楽&芸術祭「ヤングアーティストシリーズ」でヨーロッパデビュー。現在は、ザルツブルク・モーツァルテウム大学大学院にてパヴェル・ギリロフに師事している。

シャノン・リー Shannon LEE

 香港出身の父親と、カナダ出身の母親を持ち、現在はアメリカを拠点に活動するシャノンの第一印象は“オープンマインド”。コロンビア大学でコンピューター科学の学士号も取得し、外国語を学ぶのも好き(来日時には、ひらがな・カタカナもほぼマスター)だという彼女の興味関心は、いつも広く世界に開かれています。

 クリーヴランドでは、音楽仲間ではなく、あえて眼科医や女優といった多様なバックグラウンドを持つ人とルームシェアをしているそうですが、それも「互いの知識や経験をシェアできるのが楽しいし、クールだと思う」から。どんな質問にも丁寧に、かつはっきりと、人の目を見て答える誠実さと、冗談を忘れないユーモア精神を兼ね備えた彼女の周りには、常に笑顔が絶えません。これからも色々なことを吸収し、それが音楽にも反映されていくのではないか、そんな期待が膨らみます。

「公演が終わったら、今回は観光やショッピングにも行きたい!」と好奇心いっぱい。
©Ana Abrantes
2019年7月にはセミナーで子どもたちに指導。

1992年カナダ生まれ。4歳でヴァイオリンを始める。12歳の時ダラス交響楽団との共演でソリストデビュー、その2年後にはヨーロッパデビューを果たし、15歳でCDデビュー。現在は、アメリカを拠点に各地で演奏活動を展開しながら、クリーヴランド音楽院特別奨学生としてハイメ・ラレード、ジャン・スローマンに師事している。

***

 ジャンルを問わず、さまざまな音楽を聴くのが好きだという2人。好きなミュージシャンをたずねると、ヒョンロクの最近お気に入りは日本のバンド「SEKAI NO OWARI」、シャノンは英国のロックバンド「Queen」とのこと。なんだかぐっと親近感が湧きませんか?

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コンクール終了後も続く、受賞者のサポート

 コンクール終了後も入賞者のサポートを息長く続けるのも「仙台」の特色。コンクール事務局は、受賞者の活動を常にフォローし、最高位受賞者に日本国内での演奏機会を提供できるよう、全国各地のオーケストラや音楽関係者へのプロモーションを積極的に行っています。

最高位受賞者の副賞(約3年間)

●オーケストラとの共演
仙台フィルハーモニー管弦楽団をはじめ日本の代表的なオーケストラとの通算3回以上(入賞者記念ガラコンサートを含む)の共演機会を提供します。
●記念CD制作
日立システムズホール仙台 コンサートホールでのセッション録音によるCDを制作します。
●記念リサイタル出演
仙台市内などでのリサイタル出演の機会を提供します。

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「仙台」から世界に羽ばたいた音楽家

 これまでに総勢84名の受賞者を輩出してきた仙台国際音楽コンクール。受賞後に飛躍的な成長を遂げ、現在、世界各地で活躍している音楽家が多数います。

 ピアノ部門では、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール*で2013年、2017年と2回連続で「仙台」出身者が優勝(ヴァディム・ホロデンコ[第4回優勝]、ソヌ・イェゴン[第5回優勝])。ヴァイオリン部門では、第3回優勝のアリョーナ・バーエワが、ロシアの巨匠・ワレリー・ゲルギエフとの共演を果たすなどヨーロッパ各地で活躍するほか、各国一流オーケストラのコンサートマスターを務める受賞者も大勢います(スヴェトリン・ルセフ[第1回優勝]、アンドレアス・ヤンケ[第2回第4位]など)。

 国際的に活躍する音楽家のプロフィールに「Sendai」の文字を見つけると誇らしく思える、それもコンクールの醍醐味かもしれません。

*世界三大コンクール(ショパン国際ピアノコンクール、チャイコフスキー国際コンクール、エリーザベト王妃国際音楽コンクール)と並んで重要視されているアメリカのコンクール。

©Ira Polyarnaya

この音楽家に注目!
ヴァディム・ホロデンコ

 1986年ウクライナ出身。2010年仙台での優勝の後、主要な国際コンクールで立て続けに優勝を果たし、確固たる評価を得ました。次世代を担うピアニストとして、世界中の音楽ファンから期待が寄せられている、今、最も多忙な音楽家の一人。
 優勝から9年。第7回コンクールでは審査委員として仙台に戻ってきました。

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インタビュー1 チェ・ヒョンロク

「仙台での優勝のおかげで、演奏の機会が増えました」

 2020年1月、仙台フィルハーモニー管弦楽団との共演のために再来仙を果たしたチェ・ヒョンロク。リハーサルの合間に、コンクールでの優勝を経て変わったこと、変わらないこと、そして、これからのことについて、現在の心境を語ってもらいました。

聞き手・文:正木裕美(音楽ジャーナリスト)

——改めてコンクールを振り返り、当時や優勝後の気持ちをお聞かせいただけますか?

 以前にも国際コンクールに出場することはありましたが、それは自分の実力を試し、経験値を高めるためでした。でも仙台のコンクールでは、年齢的なこともありますが、演奏者として自分の演奏をもっと聴いてもらいたい、名前を知ってもらいたいという意識が強く、より集中して曲の理解を深め、準備をしてきました。ですから自身の演奏が認められて嬉しかったですし、何より優勝したことでたくさんのチャンスを得ることができ、とても感謝しています。

——優勝後、仙台フィルハーモニー管弦楽団とのベートーヴェンの協奏曲第2番をはじめ、日本フィルハーモニー交響楽団ともラフマニノフの協奏曲第3番で協演されるなど、日本でも演奏の機会がありましたね。

 はい。このほかに、韓国では仙台の第5回コンクールで優勝したソヌ・イェゴンさんのプロジェクトに参加させて頂き、とても有意義な経験になりました。今後は6月と9月に韓国でリサイタルを行い、ドイツのボーフムでも演奏予定です。また8月には韓国のソンナム・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番を弾くことが決まっています。

——気持ちの上での変化はありましたか?

 コンクール前も後も「音楽を通じて何をしなければいけないのか」「何のために演奏しているのか」を模索していますが、演奏者としてどういう色を出し、アイデンティティをどう表現すれば良いのかは、なんとなく確立できてきたように思います。

——演奏者としてのアイデンティティとは?

 ピアノで自分の技術を見せるというよりは、純粋で繊細な音を出すことを理想としています。もちろん、曲の雰囲気や性質によってさまざまな音を弾き分けなければなりませんが、音色に対する姿勢は本質的に変わらないと思います。

——そういえば、予選で演奏されたドビュッシーは色彩豊かな音色がとても印象的でした。

 ドビュッシーをはじめ、モーツァルト、ショパン、シューマン、ラヴェル、そしてべートーヴェン・・・・・・これらの音楽家は演奏しようと思うと手を差し伸べてくれるような感覚があり、自分の音楽性と合うように感じています。

——6月のリサイタルでは、今おっしゃったショパンとラヴェルを演奏されますね。

 私自身とてもエモーショナルな部分があるのですが、ショパンの作品にも悲しさや懐かしさ、寂しさなどの感情的な表現が凝縮されているように感じます。こうした感情を自分に投影しながら解釈し、演奏したいと思っています。一方、ラヴェルは一番好きな作曲家で、できれば会ってみたいと思うほどです。彼の作品は非常に完成度が高く、中でも高い完成度を表しているのが今回演奏するこの2つの作品ではないでしょうか。どうやって和音や和声を重ねていったのか、その作曲過程を知りたいですし、さらに理解を深めて豊かな色彩感を表現したいと思っています。

——今後、どのような音楽家になりたいと思っていますか?

 自分が話したいストーリーを伝えられ、音楽を通じて慰めることができるような音楽家になりたいと思っています。個性はもちろん大事ですが、マリア・ジョアン・ピリスやクリスチャン・ツィメルマンは追求する音楽の方向性に共感でき、憧れを持っています。また自分では先ほど挙げたラヴェルやショパンなどの感性がとても合うように思いますが、自分の色とは違う雰囲気を持つ作曲家の作品にも挑戦したいです。

——例えばどんな作曲家でしょう?

 リストやブラームスでしょうか。特にリストは自分の性格とは少し違うのではないかと感じています。ブラームスは演奏する機会にそれほど恵まれなかったこともありますが、曲が重厚で、自分の音とは合わないと思っていました。でも機会があればこれらの作品にも挑戦して、私なりの解釈で演奏してみたいですね。

(2020年1月23日 日立システムズホール仙台 ビデオスタジオにて)

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インタビュー2 シャノン・リー

「何よりもまた日本に戻って来られる機会を得られました」

 “あのコンクールはあなたに何をもたらしましたか?”との質問に、第7回仙台国際音楽コンクールからちょうど半年を経た2019年12月、東京交響楽団と共演するために再来日を果たしたシャノン・リーは、こう答えてくれました。

聞き手・文:松本 學(音楽評論家)

——5月のエリーザベト国際コンクールからすぐに仙台に来て、とてもご多忙だったと思います。その後はいかがですか?

 少しリラックスできました。ヴァージニアでのハイフェッツ夏季国際音楽セミナーでアーティスト・イン・レジデンスとして演奏したり、かなり久し振りに香港にある父の実家に行ったりもしました。その他では10月にハイツ室内管弦楽団とドヴォルザークのロマンスとチャイコフスキーのワルツ=スケルツォを共演しました。年末にはカーネギーホールでハイメ・ラレード先生の指揮で以前メンバーだったニューヨーク・ストリング・オーケストラとチャイコフスキーのコンチェルトを弾きます*。

*現時点ではすでに終了。その後、2020年1月には病気でキャンセルしたリーラ・ジョゼフォウィツの代役として、ヴァーモント交響楽団でチャイコフスキーのコンチェルトのソリストも務めた。

——ハイフェッツの名前が出たので伺いますが、お好きな、あるいは尊敬するヴァイオリニストはどなたでしょう?

 私の師であるデイヴィッド・ナディアン(ニューヨーク・フィル元コンサートマスター)ですね。聴くのが好きなのはジャニーヌ・ヤンセンやアマンディーヌ・ベイエなどです。個性的でありつつ、かと言って自己主張が強かったり表現過多ではなく、音楽の中にあるものをしっかりと引き出す力を持った演奏家が好きです。

——日頃演奏する際の心構えや、自分でこう演奏したいというヴィジョン、理想は?

 冷静かつ焦点の定まった演奏をすること。集中し他のことに気を紛らわされないというのが理想的です。

——オフの時間はどう過ごされているのですか?

 泳ぎに行ったり語学の勉強をしたり。ドイツ語や中国語、それに日本語も。ひらがなとカタカナが少し読めるだけですけどね(笑)。

——6月のリサイタルのプログラムは6曲もの華やかなラインナップですが、これはどのように?

 近年演奏している中で好きなものをまとめてみました。あえてバラエティ豊かに揃えてみようと、このように並べてみたんです。順番だけは先生に相談しました。

——あるインタビューで、今お好きな作曲家はシューベルトとバルトークと仰っていましたね。シューベルトのオリジナルは今度のリサイタルには入っていませんが、代わりにシューベルトの《魔王》に基づくエルンストの大奇想曲が予定されています。この超難曲をシャノンさんはデビュー・アルバム『イントロデューシング・シャノン・リー』のために2007年に録音されていました。

 そうなんです。そしてバルトークのソナタはインディアナポリスのコンクールで演奏した時の思い出の曲です。

——日本からは武満さんを選んでくださっていますね。

 カーティス時代にカヴァフィアン先生から紹介されました。先生は武満さんをよくご存知でしたし、彼女のために書かれた《遠い呼び声の彼方へ!》(1980)や《揺れる鏡の夜明け》(1983)を初演しています。2016年のカーティスの卒業リサイタルで何を弾こうか相談したところ、武満さんの作品はどう?と言われました。早速《悲歌》(1966)をはじめ、いろいろと録音を聴いてみました。カーティスの図書館にはカヴァフィアン先生のおかげか、かなり充実した武満作品のライブラリーがあるんですよ。その中で初期の《妖精の距離》(1951/89)に心惹かれ、この曲を演奏しました。ドビュッシーを想わせるような豊潤な音色があって、同時にとても空間性のある作品です。

——イザイは6曲あるソナタの中で、クリックボームに献呈した第5番を選ばれています。

 〈曙光〉と題された第1楽章がお気に入りなんです。イマジネーションがとても刺激される音楽で、弦が何本もあるかのごとくさまざまな音色が次々と出てきますし、イザイが生み出した緻密な絵画を描くような特別なテクニックがありますが、それを派手に見せびらかすのではないところも見事です。一方、第2楽章の〈田舎の踊り〉はとてもクールでドラスティックな踊りで、前の楽章の“日の出”と繋がって、そこから生まれた命が、最後に向かってとてもエキサイティングに展開していくところが大好きです。

——最後はブラームスの第2ソナタです。

 3つのソナタの中で最後に勉強したのがこの第2番でした。そして3曲の中でこれが一番好きです。温かくてフレンドリーで、そして豊か。本当に色々なものが沢山詰まっています。

——シャノンさんはクラシック音楽のどこに惹かれるのでしょうか。

 言語と似てさまざまな種類が存在し、多様性に富んでいる点が特に興味深いと感じます。言語を学ぶのと同じように、音楽を通じてさまざまな歴史や文化、人間性(ヒューマニティ)を知ることができるところが素晴らしいですよね。

(2019年12月13日 川崎市内にて)

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共演者・批評家に聞きました! 2人の魅力

 コンクールから半年。2人の若き音楽家の日本国内での活動はすでに始まっています。2019年12月、2020年1月に再来日して協奏曲を披露した二人の演奏を、専門家のみなさんはどのように聴いたのか、コメントを寄せていただきました。

チェ・ヒョンロク

仙台フィルハーモニー管弦楽団 第333回定期演奏会(2020年1月24日、25日)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品19

提供:仙台フィルハーモニー管弦楽団

指揮者
角田鋼亮さん

 ヒョンロクさんの音楽はとても自然で、すっと懐に入ってきます。リハーサルから本番までとても居心地のよい雰囲気でした。第2番は、ベートーヴェンが最初に手掛けたピアノ協奏曲ですが、深い、精神的な世界のある作品です。今回が初めての演奏だと聞きましたが、アゴーギク*も作為的ではなく自然で、頭ではなく心を開いていればこちらもすっと寄り添っていくことができる、そんな演奏でした。特に第2楽章は素敵でした。

*速度法。テンポに微妙な変化をつけて、精彩をあたえること。

 ヒョンロクさんはオーケストラの音もとてもよく聴いてくださっていて、柔らかな弦楽器の発音にあわせて音を受け渡ししてくれる、そんなつながりが感じられました。コンチェルトのソリストとしても、とても素晴らしいピアニストだと思います。

仙台フィルハーモニー管弦楽団 コンサートマスター
神谷未穂さん

 コンクールでご一緒させていただいて大ファンになったのですが、今回はまた違う面が見られる、とても楽しい共演でした。上品でおとなしい雰囲気の方ですが、繊細さや強さ、内面にはいろいろな感情をお持ちなんだということが、音楽から伝わってきました。

 演奏家として注目したのが、腕の使い方。間近で見ていると、強い音を出す時、鍵盤を叩くのではなく脱力しているんですよね。弦楽器の弓のような仕草も見られて、ヴァイオリニストとしても「参考になるな〜」と見させていただきました。

 ヒョンロクさんの魅力は、音が感情豊かであること。そうでありながら、どこか冷静に自分を分析しているところもあって、世界トップクラスになれる素質を持っていると思います。


音楽ジャーナリスト
正木裕美さん

 ベートーヴェンの協奏曲第2番で、仙台フィルハーモニー管弦楽団との再協演を果たしたチェ・ヒョンロク。チェはコンクールの時から自分の音楽を表現する術(すべ)に秀でていたが、それはただ自分の“個性”を一方的に印象付けるということではない。今回も繊細なデュナーミクや語りかけるような表現を重ねつつ、聴き手にパッセージごとの聴きどころを紐解いているかのようだった。またオーケストラと親密に対話を重ね、特に第1楽章やロンド形式の第3楽章では生き生きと躍動感に満ちた掛け合いを披露。モーツァルト的な要素を多分に持つこの曲の魅力を存分に伝えた。

 アンコールにはリストの「ラ・カンパネラ」を色彩豊かに奏でた。超絶技巧で知られるこの作品の選曲を意外に感じたが、大仰な表現を排した繊細であたたかな表現が、細かな装飾を引き立たせる秀演。6月のリサイタルでも多彩な音色と深い作品理解に裏打ちされた豊かな表現で、ショパンやラヴェルの魅力を味わわせてくれるだろう(2020年1月25日)。


シャノン・リー

ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集第152回(2019年12月14日)
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 ト短調 作品26

提供:ミューザ川崎シンフォニーホール ©青柳 聡

指揮者
秋山和慶さん

 今回初めての共演でしたが、あの若さであの完成された音、もうヴィルトゥオーゾ*になっていますね。リハーサルでは、最初の音からぴたりと気持ちが合って、お互い何をやるかが読めるので、何の打ち合わせをしなくてもその場で通して演奏することができました。こういうことって、なかなかないんですよ。

 今もそうであるように、これからもしゃばっけを出さず、純粋に音楽に向き合い、作曲家のメッセージを自分の心を通して素直に聴衆に投げかけていく、そんな音楽家であり続けてほしいですね。

*卓越した技術をもつ演奏家。

東京交響楽団 コンサートマスター
水谷 晃さん

 リーさんのヴァイオリンには、どの時代の、どのような音楽にも対応できる音色と柔軟性があります。今回の共演でも、オーケストラの音を全部感じとって、どこにも歪みがない音楽を作り上げていらっしゃいました。それはお人柄か、頭のスマートさから来るのか(笑)、それが彼女の個性のように感じます。

 コンクールの入賞者は同時代の聴衆とともにアーティストへと育っていきます。リーさんが今後の人生の歩みで心が震えるような体験を重ねられ「濃く」なっていくことが一人の聴衆として楽しみです!

音楽評論家
松本 學さん

 シャノン・リーが東京交響楽団との共演のために再来日を果たした。コンクールから僅か半年とはいえ、この期間での彼女の成長や、日本初披露となるブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番が聴けることに期待が高まったのは言うまでもない。

 結論から言えば、このブルッフの協奏曲はかなり久し振りに取り上げるとのことだったが、その分フレッシュな感性が横溢する聴き応えのある仕上がりとなった。音楽の造形は、あたかもリー自身の素直な人柄がそのまま表れたように自然かつ健康的でとても好感が持てる。音も美しく表情豊か。と同時に、両端楽章のエネルギッシュさや、第2楽章の甘美な抒情性といった音楽のキャラクターの描き分けは仙台のコンクールでも発揮したセンスのよさそのままだ。欲を言うならば、デュナーミク(強弱の差)の幅を広げ、ピッチ(特に重音)の精度を上げること、そしてより確信的な表現へと深めること・・・・・・これらが今後の課題と言えるだろう。

 指揮の秋山和慶と東響によるサポートぶりも特筆しておくべき素晴らしいものだった。6月のリサイタルも実に楽しみだ。

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第7回仙台国際音楽コンクール最高位受賞記念リサイタル

「日本初」は後にも先にもこのリサイタルだけ。若い才能が輝く瞬間を、ぜひ見届けてください。

チェ・ヒョンロク ピアノリサイタル

仙台公演
2020年6月14日(日)14:00開演(13:30開場)
日立システムズホール仙台 コンサートホール
東京公演
2020年6月18日(木)19:00開演(18:30開場)
浜離宮朝日ホール(東京都中央区築地5-3-2)

〈演奏曲目〉
ショパン:夜想曲 第14番 嬰ヘ短調 op.48-2(仙台公演のみ)
ショパン:3つのマズルカ op.59(東京公演のみ)
ラヴェル:クープランの墓
ラヴェル:高雅で感傷的なワルツ
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 op.58
※演奏順・演奏曲目は変更になる場合があります。


ショパンとラヴェル。1音1音のタッチがとても美しい、彼にぴったりのプログラムだと思います。

―角田鋼亮さん

ヒョンロクさんのピアノは、音色の美しさが際立っています。
ご自身の世界をしっかり持っておられるので、リサイタルでも彼ならではの音楽をつくられると期待しています。

―神谷未穂さん

「みなさんに共感いただけるよう、心を込めて演奏します。ぜひ聴きにいらしてください!」


シャノン・リー ヴァイオリンリサイタル

仙台公演
2020年6月21日(日)14:00開演(13:30開場)
日立システムズホール仙台 コンサートホール
東京公演
2020年6月19日(金)19:00開演(18:30開場)
浜離宮朝日ホール(東京都中央区築地5-3-2)

〈演奏曲目〉
バルトーク:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 Sz76
武満 徹:妖精の距離
エルンスト:シューベルトの「魔王」による大奇想曲 op.26
リスト(ミルシュタイン編曲):慰め 第3番 変ニ長調 S172-3
イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ト長調 op.27-5
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 op.100
※演奏順・演奏曲目は変更になる場合があります。

ピアノ:ジェシカ・オズボーン
確かな音楽性と、レパートリーの広さからシャノンが信頼を寄せるピアニスト。国際音楽コンクールでの受賞歴多数、世界各地でソリストとして演奏を重ねている。イェール大学にて音楽博士号を取得、現在はニューヨークで後進の指導にもあたっている。今回初来日。


ひねりを利かせた多彩なプログラムの中で、無伴奏作品ではリーさんの名人芸が堪能できるでしょうし、ソナタではその作品をピアニストとともにどう捉え、再現するかというところが興味深いです。バルトーク、武満ではリーさんのスマートな部分も垣間見えそうですね。

―水谷 晃さん

「このツアーのために、さまざまなタイプの作品が組み合わされたエキサイティングなプログラムを考えました。素晴らしいピアニスト、ジェシカと共に作り出す音楽をみなさんにお届けできることを楽しみにしています!」


名古屋でも開催!

宗次ホール
2020年6月16日(火)13:30開演 チェ・ヒョンロク
2020年6月17日(水)13:30開演 シャノン・リー

リサイタル前にこれでコンクールをおさらい

この1冊を読めば、コンクールの全てがわかる!
報告書

コンクールの開催データや審査結果に加え、審査委員長および最高位受賞者のインタビュー、音楽評論家による寄稿を収録。
価格:500円(税込)

特に評価の高かった演奏のライブ録音を収録
公式CD

FOCD9825

−高度なテクニックとスタミナの持続全身を楽器の一部として無駄なく使い、この曲ならではの面白さを剛柔自在に表現した−

ライナーノーツより

モーツァルト:ピアノ協奏曲 ト長調 K453
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 op.23
指揮:広上淳一 管弦楽:仙台フィルハーモニー管弦楽団

FOCD9824

−どの弦もどの音域も美しく鳴らす安定感の高さ、端正さハッタリのような押し出しをしないのが彼女の流儀−

ライナーノーツより

バルトーク:ヴァイオリン協奏曲 第2番 Sz112
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 K218
指揮:高関 健 管弦楽:仙台フィルハーモニー管弦楽団

定価:各2,640円(税込) 販売元:株式会社フォンテック

リサイタル・CD・報告書に関するお問合せ 音楽振興課 022-727-1872

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『季刊 まちりょく』は、(公財)仙台市市民文化事業団が2010~2021年に発行していた情報誌です。市民の方が自主的に企画・実施する文化イベント情報や、仙台の文化芸術に関する特集記事などを掲載してきました。『季刊 まちりょく』のバックナンバーは、財団ウェブサイトの下記URLからご覧いただけます。
https://ssbj.jp/publication/machiryoku/