まちを語る

その39 前野 久美子(book cafe 火星の庭)

その39 前野 久美子(book cafe 火星の庭)

サンモール一番町~仙台朝市~AER展望台~仙台高速バスセンター
 仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその地にまつわるエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回はブックカフェを営みながら、様々な面から仙台の街と本との距離を近づけてきた前野久美子(まえのくみこ)さんにとっておきの場所をご案内いただきました。
『季刊 まちりょく』vol.40掲載記事(2020年9月20日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

サンモール一番町

 前日の大雨で取材が危ぶまれたが、集合時間に空を見上げるとその影はすっかり消えていた。                             
 「私、晴れ女なんです」と、軽やかな足取りで現れた前野さん。2009年から2015年までBook! Book! Sendai*が主催した本のイベント「Sendai Book Market」では、毎年6月開催という梅雨真っ只中の日程であったにも関わらず、雨が降ったのはたったの1回。それも小雨で、7年を通して天候に恵まれた。
*Book! Book! Sendai 「街を歩いて本と出会う」ことをテーマに、2008年より前野さんと詩人の武田こうじさんが主宰する市民活動団体。
 仙台は昔、出版都市だったという。藩政時代から出版社が立ち並び、戦後も多い時には一番町だけでも8軒の書店が林立していた。だがそれも21世紀に入ると急速に姿を消していく。前野さんがBook! Book! Sendaiを立ち上げたのも、地元の本屋が無くなっていく危機感、何かアクションしないと、という想いがあったから。どうやったら人が本を手に取ってくれるのか、同じく本の仕事をしている仲間たちに声をかけて頭をひねった。
金港堂の藤原社長と。金港堂が現在の位置に移転した当時の地図を復元したものを眺める。
一箱古本市のあとも交流は続いている。
▲金港堂の藤原社長と。金港堂が現在の位置に移転した当時の地図を復元したものを眺める。 一箱古本市のあとも交流は続いている。
 サンモール一番町を会場に本のイベントを行うというアイデアはすんなりと実現したわけではなかった。前例が無く、開催の許可を得るにも苦労した。しかしサンモール一番町商店街の理事長でもある地元書店・金港堂の藤原直社長の後押しもあり、なんとか開催にこぎつけ、いざ蓋をあけてみると予想を遥かに超えた人々が集まった。イベントの目玉企画のひとつ、「一箱古本市」*には毎回50人もの「店主」が集まり、商店街の端から端までを各々が持ち寄った本で繋いだ。
*一箱古本市 Book! Book! Sendaiの活動のひとつとして2009年から2015年までサンモール一番町で開催された。段ボール一箱分の古本を持ち寄り、各自「屋号」と値段をつけ販売をした。
 サンモール一番町の半ばにある壱弐参(いろは)横丁は前野さんの「好きすぎる」場所のひとつ。幾度とない再開発の波にのまれそうになりながらも、今日までその姿を残している「奇跡」の場所だ。横丁のなかに並ぶ店には変化もあるが、常に人が出入りし横丁としての存在を保っている。
前野さんは小道に入った先にたたずむ小さなお店も見逃さない。道中、おすすめのお店やメニューの話が次々と出てくる。
▲前野さんは小道に入った先にたたずむ小さなお店も見逃さない。道中、おすすめのお店やメニューの話が次々と出てくる。
 仙台はスクラップアンドビルドの街である。日ごと年ごとに様変わりしていく風景を惜しみつつも、前野さんはそれこそが仙台を都市として成り立たせている要因のひとつだと考えている。「変化していくのが都市だから」。仙台七夕以上の人出とも評されるほどにまで成長したイベントを、7年目にして終わりとしたのも、そうした想いが根底にあった。「一旦やめて、新しいものをと思ったんですよね」。

仙台朝市

前野さんが「仙台朝市の希望」と呼ぶパン屋「マルモ」。どんなパンがあるのかはその日、その時間によるため、ショーウィンドーもあるが最終的にはお店の人に尋ねなければならない。「会話せざるをえないんです」と二人は笑う。
▲前野さんが「仙台朝市の希望」と呼ぶパン屋「マルモ」。どんなパンがあるのかはその日、その時間によるため、ショーウィンドーもあるが最終的にはお店の人に尋ねなければならない。「会話せざるをえないんです」と二人は笑う。
 もともとは北仙台の調理学校を卒業し、調理師として働いていた経歴を持つ前野さん。次に訪れた仙台朝市は、料理人としても商売人としても思いのこもる場所だ。得られるのは新鮮な食材だけではない。例えば店を続けることにめげそうになるとき、前野さんは賑わう市場からエネルギーをもらう。「こういうの(売り込みの声)を聞いているだけでも良いんですよ。癒し。元気に働いている人を見るのが好き」。駅前の近代的なビルを背景に、ぎっしりと詰まった戦後から続く路面店。ともすれば対立するような2つの世界は、しっかりと1つの景色の中に共存している。前野さんは、このような景色を見ることが出来るもう一つの場所へも案内してくれた。

AER展望台

新幹線を見つけ、蛇みたい!と声を上げる前野さん。 特に変化の大きい東側の風景を眺める。
▲新幹線を見つけ、蛇みたい!と声を上げる前野さん。 特に変化の大きい東側の風景を眺める。
 様々な施設が入る複合ビルAERの最上階では、145.5mの高さから仙台の東西を見渡すことが出来る展望スペースがある。前野さんは遠方からのお客さんを連れてよくここを訪れるという。「目線を変えてみるっていうのが、好きなんですよね」。足元に広がる街の景色から少しずつ視線を上げていくと、泉ヶ岳に青葉山、太白山、そして海が視界に入る。「ほんとにちょっとの場所にきゅっとひしめいているでしょう、この街って。すごいなと思います」。

仙台高速バスセンター

建て替え前の仙台高速バスセンター。
(提供:宮城交通株式会社)
▲建て替え前の仙台高速バスセンター。 (提供:宮城交通株式会社)
 地上に戻って最後に向かったのは宮城交通の仙台高速バスセンター。2009年にリニューアルした大きなガラス張りの建物には、明るく開放的な雰囲気が漂う。前野さんがよく利用していたころは今とは大きく異なる空気の流れる建物だった。でも、そんなところも良かったと前野さんは笑顔で当時を振り返る。「こういう、発着する場所って固定された場所よりも流動的。こじつけかもしれないけど、本を読むというのは自分が今いるところから別なところにいく一種の体験なので、本を開くっていう行為が、駅やバスセンターとリンクするような気がしているんです」。「街自体の流動性がとても大きくて、絶えず変わっていくのが仙台の特徴だと思います。積み重なる長い歴史や文化を大切にしつつ、都市生活を担うために変わらざるを得ないところ、どちらも肯定していきたくて。私はもうお店を構えちゃっているので、どうやって自分と店が、そうした仙台という街と関係していけるかなということをよく考えますね」。より良い風景を目指して柔軟に変わりつつも、それをも飲み込んだ連続性をつくり上げていく難しさ。前野さんは今日もあちこちへの「旅」を通じて、その道を探っている。

掲載:2020年9月20日

写真/佐々⽊隆⼆

前野 久美子 まえの・くみこ
1969年福島県生まれ。調理師、出版社・書店勤務等を経て、2000年に古書店と喫茶が融合した「book cafe火星の庭」を開店。店内でライブや美術作品の展示を行うなど街の交差点的な役割も果たしている。「Book! Book! Sendai」の立ち上げメンバー(2008年~)としても活動。

book cafe 火星の庭
〒980-0014 宮城県仙台市青葉区本町1−14−30
022-716-5335