まちを語る

その19 とよたかずひこ(絵本作家)

その19 とよたかずひこ(絵本作家)

宮町~西公園~仙台二高周辺(仙台市青葉区)
仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその場所にまつわるさまざまなエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回は、「ワニのバルボンさん」「ももんちゃん」など、ほのぼのしたキャラクターとお話が人気の絵本作家、とよたかずひこさんが自転車で登場! さあ、少年時代の思い出をたどる小さな旅のはじまり、はじまり~。
『季刊 まちりょく』vol.19掲載記事(2015年6月15日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

宮町

毎日自転車で通学していた高校時代(右)と同じポーズを決めるとよたさん。
▲毎日自転車で通学していた高校時代(右)と同じポーズを決めるとよたさん。
 4月下旬の日曜日。最初に向かったのは、とよたさんが高校卒業までを過ごした青葉区宮町。自宅があったあたりで、とよたさんが1枚の写真を取り出した。そこに写っていたのは、自転車にまたがった仙台二高生の頃のとよたさん。今回は、この頃と同じように通学路をたどってみたいとのことで、自転車に乗っていざ出発!
 天気は快晴、絶好のサイクリング日和。春風を受け、ペダルも軽やかに宮町から定禅寺通へ向かう。その途中、「このあたりに『錦映画館』っていう映画館があって、5、6歳の頃、母親によく連れて行かれたんだよ」と、とよたさんが立ち止まった。「あるとき、上映途中で入場したら母親がすぐスクリーンに釘付けになっちゃって。暗いから席がわからなくて、他人の膝の上に座っちゃったんだよ(笑)。子ども心に非常に恥ずかしかったね」と笑うとよたさん。映画が一大娯楽だった時代の、なんとも微笑ましいエピソードである。
生まれ育った宮町にて。「近所に、とうもろこしを焼いて売っている店があったんだよ。冬はどうしてたのかわからないんだけど(笑)」。その記憶もベースになった新刊の絵本『とうもろこしくんがね‥』(童心社)を手に。
▲生まれ育った宮町にて。「近所に、とうもろこしを焼いて売っている店があったんだよ。冬はどうしてたのかわからないんだけど(笑)」。その記憶もベースになった新刊の絵本『とうもろこしくんがね‥』(童心社)を手に。
 さて、高校生になったとよた少年は、雨の日も雪の日も、二高までの道を自転車で通っていた。「朝の連続テレビ小説を見終わってから自転車すっ飛ばしてね。それで間に合ってた」というから、市電を追い抜くほどのスピードである(上部に掲載の、とよたさんによるイラスト参照)。そのためか、定禅寺通では「当時、ここがどんな様子だったか覚えていない。風景はあんまり見ていなかったんだね」。ケヤキ並木を颯爽と走り抜け、西公園を目指す。

西公園

かつて天文台があったあたりで、小学生時代の「天文クラブノート」を見返すとよたさん。緻密な絵と丁寧な文字が記されている。絵本作家の才能はこの頃すでに芽生えていたようだ。
▲かつて天文台があったあたりで、小学生時代の「天文クラブノート」を見返すとよたさん。緻密な絵と丁寧な文字が記されている。絵本作家の才能はこの頃すでに芽生えていたようだ。
 西公園にはかつて仙台市天文台が設置され、多くの市民に親しまれた。小学校で天文クラブに入っていたとよた少年も、よく訪れていたそうだ。思い出を聞いてみると、「6年生のとき、夜空の観察会か何かに参加しようと思って夜遅くにうろうろしてたら、おまわりさんに補導されてさあ」との発言が飛び出した。当時とよたさんの家には電話がなく、お隣さんに交番からの連絡が行ったのだという。苦い経験をしたとよた少年には悪いが、今の時代からしてみると、おおらかだった昭和の仙台を思い起こさせる話でもある。

仙台二高

母校・仙台二高の前で。当時の二高のプールは進駐軍の払い下げで、大きくて立派だった。そのプールでおぼれかけた少年こそ、とよたかずひこ君であった。
▲母校・仙台二高の前で。当時の二高のプールは進駐軍の払い下げで、大きくて立派だった。そのプールでおぼれかけた少年こそ、とよたかずひこ君であった。
 西公園を後に、仲の瀬橋を越え、とよたさんの母校・仙台二高へ。とよたさんが在学した昭和30年代後半、二高には当時珍しかった全館スチーム暖房が完備され、「そこにみんな弁当を置いてあっためるんだよ」。桜の季節になると近所の幼稚園児がやって来て校庭でお花見をしていたこと、進駐軍払い下げの50mプールでおぼれそうになったこと、図書館には教職員の中で唯一の若い女性(司書さん)がいたこと・・・・・・さまざまな記憶が語られる。
合気道の稽古をしていた広瀬川の河原(澱橋付近)。部員一同、裸足で川を渡り、中州で撮影した写真も残っている。
▲合気道の稽古をしていた広瀬川の河原(澱橋付近)。部員一同、裸足で川を渡り、中州で撮影した写真も残っている。
 とよたさんは高校時代、合気道部で文武両道の3年間を過ごした。「高校の道場は柔道部と兼用だったから、道場がふさがっているときはみんな裸足で澱(よどみ)橋を渡って、広瀬川の河原で稽古していた」のだという。その場所に足を延ばしてみると、そこには木々のやわらかな芽吹きと水の流れ、これぞ仙台の春という風景があった。「ここだったね。空気は昔と変わらないな」ととよたさん。しばしの後、「こんなに川音がいいんだねえ。高校生のときは何も感じていなかったんだな」。およそ半世紀を経ての発見である。

 ふだん何気なく眺めているまちの風景だが、思い出を聞きながらたどってみると、そこにはたくさんの物語が隠されていることに気づく。それらの物語の、なんと生き生きとしていることだろう。豊かな気持ちになりながら、再び自転車のペダルを漕いで帰路についた。

掲載:2015年6月15日

写真/佐々⽊隆⼆

とよたかずひこ
1947年仙台市生まれ。仙台第二高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。フリーのイラストレーターを経て、絵本作家となる。1997年、『でんしゃにのって』(アリス館)で厚生省中央児童福祉審議会児童文化財特別推薦を受ける。2001年、『どんどこももんちゃん』(童心社)で第7回日本絵本賞を受賞。現在、小学1年生の国語教科書(東京書籍『あたらしいこくご』)に「あめですよ」が掲載されている。作品に「しろくまパパとあそぼう」シリーズ(岩崎書店)、「うららちゃんののりものえほん」シリーズ、「ワニのバルボン」シリーズ(アリス館)、「ももんちゃんあそぼう」シリーズ、「おいしいともだち」シリーズ(童心社)、「ぽかぽかおふろ」シリーズ(ひさかたチャイルド)ほか多数。みやぎ絆大使、晩翠わかば賞・晩翠あおば賞選考委員などを務める。東京都在住。