その12 宮田 慶子(みやた けいこ)(演出家)

その12 宮田 慶子(みやた けいこ)(演出家)

せんだい演劇工房10–BOX、宮城野区文化センター、日立システムズホール仙台(青年文化センター)(仙台市)
ゆかりの文化人やアーティストが、仙台にまつわるさまざまなエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回ご登場いただくのは、演出家の宮田慶子さん。ゆかりの劇場をめぐりながら、仙台で手がけた芝居づくりの思い出や、演劇への思いを語っていただきました。
『季刊まちりょく』vol.12掲載記事(2013年9月13日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

写真/佐々木隆二

日立システムズホール仙台(青年文化センター)にて
▲日立システムズホール仙台(青年文化センター)にて
 演劇が盛んで「劇都(げきと)」とも言われる仙台。その仙台の演劇界には、かつて「宮田さんの季節」があった。劇都仙台事業(※1)の演劇プロデュース公演(※2)を、宮田さんの演出でつくり上げた数年間だ。そこで鍛えられた俳優・スタッフたちは、仙台のいまの演劇を支え、後進を育てるまでになっている。その後も「仙台劇のまち戯曲賞」(※3)の審査をはじめ、劇都仙台に向けてアドバイスやエールを送り続ける宮田さんは、仙台の演劇を語る上で欠かすことのできない存在だ。

※1 劇都仙台事業=仙台市と仙台市市民文化事業団が展開する演劇振興事業。
※2 演劇プロデュース公演=制作者が企画し、出演者やスタッフを集め上演する演劇公演。
※3 仙台劇のまち戯曲賞=2001(平成13)年度に仙台市が設立した戯曲賞。最終候補作のリーディング、大賞受賞作品の舞台化など、これまでにない戯曲賞として話題を集めた。2007(平成19)年度まで実施。
せんだい演劇工房10-BOXにて。「今、若い劇作家は家に籠ってひたすら好きに書いていたいという人が多い。でもそれだと良い作品が世に出ず、演出家も仕事ができない。戯曲賞の意義のひとつは良い戯曲を現場に“さらしていく”機能だと思います。仙台の戯曲賞では大賞の受賞と上演をセットにしましたよね。仙台から巣立った劇作家が今や演劇界で大活躍しているのは、その試みが実を結んでいるということだと思います」
▲せんだい演劇工房10-BOXにて。「今、若い劇作家は家に籠ってひたすら好きに書いていたいという人が多い。でもそれだと良い作品が世に出ず、演出家も仕事ができない。戯曲賞の意義のひとつは良い戯曲を現場に“さらしていく”機能だと思います。仙台の戯曲賞では大賞の受賞と上演をセットにしましたよね。仙台から巣立った劇作家が今や演劇界で大活躍しているのは、その試みが実を結んでいるということだと思います」
 東京に生まれ育ち、東京の劇団に所属する宮田さんが仙台の芝居の演出を最初に手がけたのは1996年。「最初は地域の演劇をどうこうという思いはそれほどなくて、おもしろそうだという直感でスタートしたんです(笑)。ただ実はその前に京都に滞在して仕事をさせていただいた経験があり、“滞在型”でものをつくるってとても豊かなことだと思ったので、仙台でもそんなかたちでとお話ししたら、皆さんがものすごく意欲的で!」

 それから数年にわたって、宮田さんは愛車で仙台入りし、毎回1か月半ほどのあいだウィークリーマンションと劇場を往復して仙台の演劇人とともに舞台をつくりあげていった。「仙台は本当に居心地が良かったです。昼は芝居の稽古をして、夜は仙台のいろんな劇団の公演を観て、知り合いもどんどん増えていって楽しかった(笑)」
10-BOXにある資料室の扉や壁には、ここを訪れた演劇人たちのサインがびっしりと記されている。宮田さんのサインも(写真右)。
▲10-BOXにある資料室の扉や壁には、ここを訪れた演劇人たちのサインがびっしりと記されている。宮田さんのサインも(写真右)。
 その後2001年に創設された「仙台劇のまち戯曲賞」では、せんだい演劇工房10-BOX(テンボックス)で公開審査が行われ、宮田さんは審査員のひとりとして10-BOXをたびたび訪れた。10-BOXは全国でも珍しい演劇の練習施設であり、運営面も演劇人たちが関わるなど独自のシステムを採用している。

 「『仙台は10-BOXがあるからいいよね』ってみんな(=全国の演劇人)が言うんですよ。とにかくここが素晴らしいのは“たたき場”(※4)があること。そして、自分たちの手でつくった空間だという空気があっていい。演劇が日常に密着しているってこういうことなんだなと感じます」と宮田さん。「何をつくってもいいよと受けとめてくれる安心感があるから、ここに来るとほっとするし、演劇をする環境がこれだけ整っているのはすごい」と宮田さんは語る。

※4 たたき場=舞台で使用する大道具や小道具などを製作する作業場のこと。

 だが一方で「いま、仙台を含め全国的に演劇って残念ながらいっときのピークを過ぎている」とも。「そんななかで演劇の魅力を広めていくには、今の若い人たちがおもしろいと思う表現形態と演劇とを結びつけたり、それも一方通行の発信ではなくて、いろんな人やものを巻き込んだりして“耕しなおす”ことをしないと。その意味では、仙台って新しいものが生まれる土壌があると思う。東京は新しいものに対しての許容がなく、伸びないものは切られていく街。それに対して仙台は、おもしろいものはちょっとお尻を押してあげることができる街なんじゃないかと思っています」
日立システムズホール仙台(青年文化センター)は、10-BOXが開館する前、1996年からほぼ毎年演出のために通った劇場。「このあたりでみんなといろんな打ち合わせをしました」と宮田さん。
▲日立システムズホール仙台(青年文化センター)は、10-BOXが開館する前、1996年からほぼ毎年演出のために通った劇場。「このあたりでみんなといろんな打ち合わせをしました」と宮田さん。
 その仙台での宮田さんの新たな仕事は、今年12月に再演されるオペラ「遠い帆」(※5)の総監督だ。「とにかく作品そのものが素晴らしいし、個人的にも大好きな題材。あの震災後、仙台の音楽界と演劇界の方々が力を傾けてつくる大きな舞台の応援団長(笑)として、私はみんなに“がんばれ!”って言う係だと思っています」

※5 オペラ「遠い帆」=江戸時代、慶長遣欧使節として海を渡った仙台藩士・支倉常長をテーマにしたオペラ(三善晃作曲・高橋睦郎脚本)。初演は1999年。2013年12月7日(土)・8日(日)に再演予定。
宮城野区文化センターにて。今年1月、同センターの開館記念公演として宮田さんが芸術監督を務めた舞台「音のいない世界で」が上演された。若い世代や子どもたちに型にはまらない演劇を届けたいという狙いを秘めた作品で、「この劇場にぴったりだったと思います」と宮田さんは語る。右は同センターの齋藤館長。
▲宮城野区文化センターにて。今年1月、同センターの開館記念公演として宮田さんが芸術監督を務めた舞台「音のいない世界で」が上演された。若い世代や子どもたちに型にはまらない演劇を届けたいという狙いを秘めた作品で、「この劇場にぴったりだったと思います」と宮田さんは語る。右は同センターの齋藤館長。
 この冬、ふたたび仙台の劇場に「宮田さんの季節」がやって来る。
宮田 慶子 みやた けいこ
1957年東京都生まれ。学習院大学中退後、青年座研究所を経て1980年劇団青年座(文芸部)に入団。多岐にわたる作品を演出し、芸術選奨文部大臣新人賞、読売演劇大賞最優秀演出家賞など多くの賞を受賞。2010年9月、新国立劇場演劇芸術監督に就任。現在では年間6~10本ほどの演出を手がけ、日本を代表する演出家のひとりとして活躍。仙台では、演劇プロデュース公演を10年間で6作品演出。仙台劇のまち戯曲賞の4回の選考にも関わった。