まちを語る

その11 鷲田 清一(わしだ きよかず)(哲学者・せんだいメディアテーク館長)(シリーズ「まちを語る」)

その11 鷲田 清一(わしだ きよかず)(哲学者・せんだいメディアテーク館長)(シリーズ「まちを語る」)

せんだいメディアテーク(仙台市青葉区)
ゆかりの文化人やアーティストが、仙台にまつわるさまざまなエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回は、この4月にせんだいメディアテークの館長に就任した、哲学者の鷲田清一さんの登場です。鷲田さんが語る、東北、仙台、そしてメディアテークとは。
『季刊 まちりょく』vol.11掲載記事(2013年6月14日発行)※掲載情報は発行当時のものです。
せんだいメディアテークの正面入口にて。
▲せんだいメディアテークの正面入口にて。
 定禅寺通のケヤキが芽吹きはじめた4月下旬、せんだいメディアテークのオフィスに鷲田さんを訪ねた。

 鷲田さんは京都に生まれ育ち、大阪の大学で教鞭をとってきた“生粋の関西人”。仙台との関わりを聞いてみると、「僕は現象学という哲学を勉強しているんですが、現象学を日本に広めた先生方は東北大学哲学科出身の方が多いんです。その先生方の本を読んだり、論文を指導していただいたりして、だから東北大学は『現象学の総本山』だという憧れの気持ちがありました」。また、2007年、大阪大学の総長に就任した折の初仕事が東北大学への出張だったというから、仙台とは学問を通して深い縁があったのだ。
館長のデスクはメディアテークのオフィス内にある。
スタッフの働く姿や会話を間近にしながら館長の仕事をこなす。
▲館長のデスクはメディアテークのオフィス内にある。 スタッフの働く姿や会話を間近にしながら館長の仕事をこなす。
 2011年3月。東日本大震災発生の2週間後に行われた大阪大学卒業式の総長式辞のなかで、鷲田さんは、阪神淡路大震災の経験を踏まえ「いま、わたしたちができることは、見守りつづけること」と述べた。それと前後して、関西で活躍する文化人や経済人に呼びかけ、「西から東へ精一杯の力を送る」という内容のメッセージを綴り、被災した東北の市町村に宛てて発信した。そして震災から約2か月後の5月4日(水・祝)には、休館していたせんだいメディアテークの一部再開にあたり、「歩きだすために」と題された催しで講演を行った。
鉄パイプを円筒状に組んだ中空の構造によって建物全体を支えつつ、管として各階を繋ぐ役割も果たしているメディアテーク館内の「チューブ」。建物の南東角に位置し、内部に階段がある5番チューブ内にて。
▲鉄パイプを円筒状に組んだ中空の構造によって建物全体を支えつつ、管として各階を繋ぐ役割も果たしているメディアテーク館内の「チューブ」。建物の南東角に位置し、内部に階段がある5番チューブ内にて。
 そのように、鷲田さんは震災後の東北に向けて繰り返し言葉を届けてきた(※)。そこには、現場の人間と対話し、ともに思索する「臨床哲学」の実践者としての「人々に寄り添う」姿勢が示されている。

※鷲田さんが東日本大震災後に発表した文章の一部と大阪大学卒業式総長式辞は、赤坂憲雄氏との共著『東北の震災と想像力 われわれは何を負わされたのか』(講談社)に収録されています。
鷲田さんは10代の頃、寺山修司や太宰治、石川啄木など東北ゆかりの文学者の作品を愛読したという。「東北は物語の宝庫ですよね」。
▲鷲田さんは10代の頃、寺山修司や太宰治、石川啄木など東北ゆかりの文学者の作品を愛読したという。「東北は物語の宝庫ですよね」。
 東日本大震災から2年、仙台に身を置いた鷲田さんは、これからどのような歩みを進めていこうとしているのだろうか。

 「仙台でいろいろな方と話すと、出身は東北各地で、進学や仕事で仙台に来ている方が意外に多いんですよね。たとえば関西には京都・大阪・神戸と奈良という4つのおもな街があって、カルチャーも言葉もその4つの街で全然違う。だから、『みちのく』とか『東北』と言いますけど、それをどこまでひとつに語っていいのかというのも、まだわからないんです」と、「『東北』については修業中」と語る鷲田さん。しかし、館長に就任して以来、震災後のこの地でメディアテークが果たす役割や、その「場」がもつ意味を考え続けている。

メディアテーク館内を歩く。この日は土曜日。午後のひととき、来館者が思い思いの過ごし方をしている。
▲メディアテーク館内を歩く。この日は土曜日。午後のひととき、来館者が思い思いの過ごし方をしている。
 「この2年みんなが走り続けてきて、でもちょっと立ち止まって、今後どうしたらいいんだろう、何を目標にしたらいいんだろうとか、元に戻すということはどういうことなのか、と考えたりするときもあるでしょう。また、家族を亡くされたり家や仕事を失ったりした方だったら、自分の人生の初期設定(フォーマット)を書きかえるにはどうしたらいいのか、という課題が出てくる。この課題はひいては社会の初期設定を再考する作業にもつながるはずです。その際に、ふだんは接触がないような人や書物とここでたまたま出会ったり、『生きにくさ』を自分とは別の仕方で表現する現代アートに触れたりするといった〈遭遇〉が大事になる。その出会いのための場所として、ここ(メディアテーク)があるんじゃないかと思うんです」

 メディアテークのファサード(正面のガラス)が、木々の緑や光や人々が行きかう街のすがたを映している。そこでいま、鷲田さんは新たな思索と実践に取り組みはじめている。

掲載:2013年6月14日

写真/佐々木隆二

鷲田 清一 わしだ・きよかず
1949年京都市生まれ。京都大学および同大学院にて哲学・倫理学を専攻。関西大学、大阪大学教授などを経て、2007年から2011年まで大阪大学総長を務める。現在、大谷大学教授。人々と対話しながら物事を考える「臨床哲学」を提唱し実践してきた。おもな著書に『モードの迷宮』(サントリー学芸賞)、『「聴く」ことの力』(桑原武夫学芸賞)、『「待つ」ということ』、『「ぐずぐず」の理由』(読売文学賞)、『語りきれないこと 危機と傷みの哲学』、『東北の震災と想像力 われわれは何を負わされたのか』(赤坂憲雄との共著)、『<ひと>の現象学』など。2013年4月にせんだいメディアテーク館長に就任。