その4 小山 実稚恵(ピアニスト)

その4 小山 実稚恵(ピアニスト)

ふるさとの面影をさがして――
仙台ゆかりの文化人が、街を歩きながらその場所にまつわるエピソードを紹介する「まちを語る」シリーズ。今回は、仙台出身で世界的に活躍するピアニスト・小山実稚恵さんが、故郷の記憶をたどりながら、仙台への思いや音楽について語ってくれました。
『季刊まちりょく』vol.4掲載記事(2011年9月15日発行)※掲載情報は発行当時のものです。

写真/佐々木隆二

青葉神社にて。深い緑に包まれた境内は森閑とした雰囲気。
石段を降りて道路に出ると、「空気がさっきより温い感じがしますね」
▲青葉神社にて。深い緑に包まれた境内は森閑とした雰囲気。 石段を降りて道路に出ると、「空気がさっきより温い感じがしますね」
 8月1日の夜、青年文化センターでは震災の影響で延期になっていた小山実稚恵さんのピアノリサイタルが開かれた。コンサートを待ちかねていたファンの万雷の拍手に包まれ、ステージと客席が一体となったような感動的な演奏会から一夜明け、七夕まつりの開催も近い仙台の街に、小山さんとともに出かけた。
 小山さんは日本専売公社(現・日本たばこ産業)に勤務していた父親の転勤に伴い、生まれてから3歳まで仙台で暮らしている。その後盛岡で中学2年の終わりまでを過ごし、東京に転居した。
「私が住んでいた頃の道路はこんな砂利や土の道だったはず」と細道を歩く。道端にはツユクサが小さな青色の花を付けていた。小山さんは思わず「懐かしい!」。 東京ではめったに見かけなくなってしまったそうだ。
▲「私が住んでいた頃の道路はこんな砂利や土の道だったはず」と細道を歩く。道端にはツユクサが小さな青色の花を付けていた。小山さんは思わず「懐かしい!」。 東京ではめったに見かけなくなってしまったそうだ。
 「仙台には3歳までしかいなかったので、記憶は断片的なんです」と小山さんは言うが、ふるさとは仙台だという思いはとても強い。今年5月から6月にかけて、東日本大震災で大きな被害を受けた岩手・宮城両県の小学校や病院で演奏会を自ら開いたのも、生まれ育った東北の地への深い愛着によるところが大きい。
 小山さんが幼少期を過ごした仙台の家は、木町通にあったという。おぼろげな記憶を頼りに住んでいた場所を探し歩いてみたが、見つけられなかったそうだ。
 「坂道があって、その坂道の途中のお菓子屋さんでキャンディを買ったとか、近くの神社によく遊びに行っていたような記憶があります」と小山さんは幼い頃の思い出を語る。
大学病院の前で。「仙台の当時の人口はどれくらいだったのかしら。道路も幅が広くなって、街の様子もだいぶ変わったんでしょうね」
▲大学病院の前で。「仙台の当時の人口はどれくらいだったのかしら。道路も幅が広くなって、街の様子もだいぶ変わったんでしょうね」
 今回こそその光景に一致する場所を見つけることができれば・・・・・・と願いながら、青葉神社から木町通のほうへ歩いてみた。歩きながら、小山さんの脳裏にはさまざまな映像が浮かんでくるようだった。
 「ちょっとした水の流れというか、川まではいかない、堀のようなものが流れていたような・・・・・・」
 「母が家の近所でお琴を習っていたんです。当時は自分でお琴を持ってお稽古に行ったんですね。きれいな布に包まれたお琴をかかえて出かける母について行ったのを覚えています」
 断片とはいえ、自然の音や色彩がぱっと眼前にたちのぼるような記憶・・・・・・。まるで音をつむぎ出すように小山さんは語るのだった。
仙台市役所の前庭にある鐘(姉妹都市リバサイド市から贈られたもの)に目を留める小山さん。「日本では除夜の鐘など節目のものだったり、ヨーロッパでは教会の祈りの時間を知らせるものだったり、鐘には人々のいろいろな思いが込められていますよね」。そんな思いから、震災後の演奏会のアンコールではリストの「ラ・カンパネラ(鐘)」を弾くことが多い。
▲仙台市役所の前庭にある鐘(姉妹都市リバサイド市から贈られたもの)に目を留める小山さん。「日本では除夜の鐘など節目のものだったり、ヨーロッパでは教会の祈りの時間を知らせるものだったり、鐘には人々のいろいろな思いが込められていますよね」。そんな思いから、震災後の演奏会のアンコールではリストの「ラ・カンパネラ(鐘)」を弾くことが多い。
 現在の地名でいう木町のあたりを通り、東北大学病院まで足を進める。街の様子は歳月とともに変化していて、思い出の中にある風景に添う場所はやはり容易には現れてはくれなかった。
 「若くして亡くなってしまった父ですが、当時のことをもっともっと聞いておけばよかったと今も思います」と残念そうに言いつつ、「父の友人や同僚だった方に聞いて、いつかは仙台でのことを調べつくしたいとも思っています」と小山さんはやわらかな笑顔を見せた。
仙台市役所1階に掲げられた、仙台国際音楽コンクールボランティアの方々による七夕飾りの前で。小山さんが被災地で開いた演奏会に来場したお客様がしたためた短冊も飾られていた。
▲仙台市役所1階に掲げられた、仙台国際音楽コンクールボランティアの方々による七夕飾りの前で。小山さんが被災地で開いた演奏会に来場したお客様がしたためた短冊も飾られていた。
 この日の散策は終わったが、小山さんが仙台を訪れる機会は今後も続く。10月には6回目を数える「仙台クラシックフェスティバル(せんくら)」に初めて出演する。今年のせんくらは音楽の力で震災からの復興を願う特別なフェスティバルとなるが、そこで小山さんが演奏するのはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
 「この曲はラフマニノフが精神的に落ち込んだ時期から脱して、自分の信念を見つけ、新しく生きる転機となった作品。冒頭の鐘の音のような和音は深く悲しげですが、徐々に高まって第3楽章の終わりは希望にあふれる。復興をうたうコンチェルト(協奏曲)としてはもうこれしかない」。そんな強い思いで決めたプログラムだ。
 音楽によって希望と勇気が満ちあふれるように——。そんな小山さんの願いはピアノの音色に乗って、ふるさと・仙台と、多くの人々に届くに違いない。
小山 実稚恵 こやま みちえ
仙台市生まれ。東京芸術大学、同大学院修了。チャイコフスキー・コンクール(1982年・第3位)、ショパン・コンクール(1985年・第4位)の2大国際コンクールに日本人として初めて入賞し、以降、日本を代表するピアニストとして活躍。2006年から12年間にわたるリサイタルシリーズ「小山実稚恵の世界」を開始し、現在も全国7都市(東京、大阪、札幌、仙台、名古屋、福岡、北九州)で進行中。演奏活動のほか、仙台国際音楽コンクールやショパン・コンクールに審査委員として参加。東日本大震災発生後、岩手・宮城両県の被災地に赴き、学校や病院でコンサートを行った。10月2日には「仙台クラシックフェスティバル2011」に出演、来年1月15日にはリサイタルシリーズ「音の旅」第12回公演が仙台市青年文化センターにて行われる。