まちを語る

その51 佐藤 厚志(小説家)

その51 佐藤 厚志(小説家)

小田原一丁目・榴岡公園(五輪)・丸善 仙台アエル店(中央一丁目)
仙台ゆかりの文化人が、その地にまつわるエピソードを紹介するシリーズ「まちを語る」。今回は仙台市在住の小説家・佐藤厚志さんをお迎えし、小説の舞台となった場所や思い出深いエピソードをたどります。
 2023年1月に小説『荒地の家族』で第168回芥川賞を受賞した佐藤厚志さん。2024年7月30日には受賞後第一作の『常盤団地の魔人』が発行となり、今回佐藤さんと訪れた「丸善 仙台アエル店」でも新刊書コーナーに大きく展開されていた。「僕の本が目立つところに並んじゃうと、なんだか申し訳ない感じがしますね。他にもおもしろい本がいっぱいあるし、もっと流行っている本を上に置いたほうがいいんじゃないかと」。佐藤さんがそう心配してしまうのは、この書店が“元職場”でもあるから。2023年10月末までは書店員として働きながら小説を書いていたが、現在は執筆活動に専念している。「書店の仕事で楽しみだったのは、いち早く新刊を手に取れたことかな。お客さんからも『あの本はありますか』と聞かれるので、その日に出た本はザッと確認するようにしていました」。売り場に設置するPOPを書くこともあったが、「手書きが苦手なので、よっぽどオススメの本じゃないと」と佐藤さん。「町田 康さんの『告白』は、けっこう熱心にPOPを書きましたけどね」と振り返る。
共に働いていた石原店長は、佐藤さんの芥川賞決定をライブ配信で見守った一人。「東京の選考会場から生中継があったので、アエル内の喫茶店で地元メディアの皆さんと一緒に発表を待ちました。芥川賞が決まった瞬間、歓声が沸き上がりましたね」と石原さん。
▲共に働いていた石原店長は、佐藤さんの芥川賞決定をライブ配信で見守った一人。「東京の選考会場から生中継があったので、アエル内の喫茶店で地元メディアの皆さんと一緒に発表を待ちました。芥川賞が決まった瞬間、歓声が沸き上がりましたね」と石原さん。
 佐藤さんの作品の中には、書店員を主人公にした小説も存在する。それが2021年に第34回三島由紀夫賞候補となった『象の皮膚』。主人公の勤務先は「善文堂仙台シエロ店」と、その名も「丸善 仙台アエル店」に類似する。物語に出てくる書店の店長は「石綿」さんだ。「アエル店の石原店長がモデルというわけではないですが、人や場所の名前を借りることはよくあります」と佐藤さん。書店員の経験を小説に生かしたように、自身の記憶や思い出を膨らませて筆を執ることも多いという。アエルから徒歩15分ほどの「小田原一丁目」にも、作品につながった思い出がある。
仙台駅の東側と西側を結ぶ宮城野橋を渡って、中央一丁目のアエルから小田原一丁目まで歩くことに。この宮城野橋も小説『象の皮膚』に登場する。
▲仙台駅の東側と西側を結ぶ宮城野橋を渡って、中央一丁目のアエルから小田原一丁目まで歩くことに。この宮城野橋も小説『象の皮膚』に登場する。
 仙台駅東口エリアから北へ歩を進めると、国道45号線沿いに広がっているのが「小田原一丁目」。佐藤さんが高校生の頃、登校前に新聞配達を行っていた地域だ。「喜代乃湯(きよのゆ)という銭湯が今もあるんですけど、そのあたりから新聞を配り始めて、現在の宮交観光サービス付近にあった自動販売機で缶コーヒーを買ってフィニッシュ。それがいつもの流れでしたね」。
 この新聞配達の実体験をもとにした小説が、2020年に第3回仙台短編文学賞大賞を受賞した『境界の円居』である。物語の舞台は気仙沼だが、主人公は新聞配達のアルバイトに励む高校生。小説の中で主人公に缶コーヒーを買ってくれる高齢の新聞配達員も、佐藤さんが実際に仕事を教えてもらった男性がモデルだという。「朝5時前から新聞を配り始めるので、冬は真っ暗なんですよ。暗闇から何がやってくるかわからないし、怖そうな人がうろついていることもあるので、びくびくしながら配達していました。急に猫が飛び出して来て『ひゃーっ』となったり、マンションの階段で酔っ払った人が寝ていてびっくりしたりすることはよくあったので、そういう経験も小説に書いています」。
佐藤さんが新聞配達をしていたのは、25年前のこと。「当時の仙台は、けっこう雪が降ったんですよね。雪の日も雨の日も、自転車の前と後ろのカゴに新聞を積んで配達したんです。新聞の重さでハンドルがグラグラして、転んだこともありました」。
▲佐藤さんが新聞配達をしていたのは、25年前のこと。「当時の仙台は、けっこう雪が降ったんですよね。雪の日も雨の日も、自転車の前と後ろのカゴに新聞を積んで配達したんです。新聞の重さでハンドルがグラグラして、転んだこともありました」。
 小田原一丁目から南東方向へ15分ほど歩けば、佐藤さんが幼少期からたびたび訪れている「榴岡公園」にたどり着く。園内の噴水が見えてくると、「小さい頃に水遊びしたことを思い出します」と懐かしむ佐藤さん。「水の中に足をチャポチャポ入れて遊ぶのが楽しかったんですよ。幼稚園の頃には父の転勤で岩手に移ったので、もっと小さい年齢だったのでしょうね。汽車の遊具も好きでしたが、今もあるのかな」。噴水の南側にある遊具エリアに行ってみると、汽車の遊具は見つからなかったが、年季の入った遊具が連なる中に一画だけ色鮮やかな遊具が並んでいた。「もしかしたら、このあたりにあったのかもしれませんね」。新旧入り混じる場所で想像をめぐらせながら、また次の思い出をたどって公園を歩き続ける。
噴水を目にした瞬間、「今日は水が出ていて良かった」と佐藤さん。日や時間によって、噴水が止まっていることもあるそうだ。
▲噴水を目にした瞬間、「今日は水が出ていて良かった」と佐藤さん。日や時間によって、噴水が止まっていることもあるそうだ。
 中学生の時に秋田から仙台へ戻ってきた佐藤さんは、榴岡公園から徒歩2分の距離にある仙台市立宮城野中学校に転入。「この公園の斜向かいです」と、佐藤さんは中学校が建つ北東を指差す。「僕が通っていたのは、校舎を建て替える前。学校のグラウンドが狭かったので、体育の授業や部活動で榴岡公園の陸上トラックや芝生広場も使っていました」。
 中学を卒業してからも、榴岡公園は佐藤さんにとって身近な場所だった。友達の家へ遊びに行く時に公園を通り抜けることがあったし、大学時代には地元の仲間とお花見もした。そして、小説『象の皮膚』の重要なシーンにも榴岡公園の情景は描かれた。「主人公が全力疾走できるところはどこかと考えた時に、ここだなと。小説に書こうと思ってから、改めて公園内を散策しました」。小さい頃の思い出が宿る噴水や陸上トラックは、物語のエンディングを彩る大切な場所にもなった。
小説に書かれた「子供5人が並んで滑れる滑り台」も実在。佐藤さんは「5人も座れるかな」と笑いながら滑り台に目を向ける。読者にとっては、物語の世界を体感できる“聖地巡礼”も楽しみだ。
▲小説に書かれた「子供5人が並んで滑れる滑り台」も実在。佐藤さんは「5人も座れるかな」と笑いながら滑り台に目を向ける。読者にとっては、物語の世界を体感できる“聖地巡礼”も楽しみだ。
 のどかな榴岡公園の外側へ一歩踏み出すと、ビルやマンションが建ち並ぶ都市風景が広がる。「仙台は都会でもあり、ローカルでもあるのがいいですよね」と語る佐藤さん。都市機能と自然環境が調和する仙台だからこそ、市街地の活気や雑踏に身を置くこともできるし、郊外の豊かな自然の中で静かに佇むこともできる。「良い意味で大きな特徴やカラーがないから、物語に合わせて形を変えられるんです。小説に書きやすいまちなのかもしれませんね。仙台在住の作家も昔より増えている気がするので、本を手に取れる場所や読者も増えていけばいいなと思っています」。

掲載:2024年10月18日

取材:2024年8月

取材・原稿/野原 巳香 写真/寺尾 佳修

佐藤 厚志 さとう・あつし
仙台市生まれ。宮城県仙台東高等学校英語科、東北学院大学文学部英文学科卒業。2010年秋から2023年10月まで書店に勤務しながら小説を書き、以降は執筆活動に専念する。2017年『蛇沼』で第49回新潮新人賞受賞、2020年『境界の円居』で第3回仙台短編文学賞大賞受賞、2021年『象の皮膚』が第34回三島由紀夫賞候補に。2023年には『荒地の家族』で第168回芥川龍之介賞に輝く。2024年7月に最新作『常盤団地の魔人』を上梓。