インタビュー

高校生の文化芸術活動
#02 宮城野高等学校美術科

校内展の作品展示の様子

今まさに文化芸術との出合いの渦中にいる高校生たちにフォーカスを当てる「高校生の文化芸術活動」。2回目となる今回は、先進的な高校をつくるべく1995年に開校した宮城野高校へ。宮城県内でも珍しい「美術科」を設け、生涯にわたって芸術を愛好する感性豊かな心を育む教育に力を入れている学校です。表現力を磨くために力を注ぐ学校生活の中、生徒たちはどんな思いで制作に向き合っているのか。そして美術の勉学に励む中で感じた自分自身の変化や活動を紹介します。
宮城野高等学校美術科3年の管野さんと教員である佐藤 智弘先生にお話を聞きました。

校内展の作品展示の様子
デッサンの授業後の作品たち

宮城野高等学校美術科の特徴や魅力を教えてください。

佐藤先生:1995年の学校創立とともに活動をスタートさせた美術科ですが、現在は113名の生徒が美術に関する幅広い学びを深めています。授業以外に専門的な課外活動も積極的に行っており、美術大学や美術系予備校から講師をお招きするデッサン講習会や日本美術研修旅行、東京研修もあります。この充実ぶりはなかなかないと思います。

管野さん:描きたいものを描いたり表現したい方法で表現したり、時にはコンセプトを練りに練ってかたちにしたりと、たくさんの方法とパターンのアウトプットを通して、自分を多角的な視点で知ることができるところが特徴です。そして、美術科の活動のすべてが楽しいことが何よりの魅力だと思います。

美術科の活動ではどんなことを目標にしていますか?

管野さん:造形的な見方や考え方を学び、美的センスを豊かにすることです。芸術作品を鑑賞し様々な造形方法を学ぶこと、そして美術以外の教科も幅広く学ぶことで知見を広げ、普遍的な美しさをふまえた新たな価値観を提案する力を養いたいと思っています。

美術科に所属している生徒にはどんな変化や成長が見られますか?

佐藤先生:制作を通じて計画性が身に付いてきたように感じます。また学校の授業では美術館での鑑賞学習を年に数回行なっているのですが、数多くの作品を観て、触れることで多様な価値観を感じ、受け入れられるようになっていると思います。

第76回宮城県高等学校美術展(2024年) 全国高等学校総合文化祭 優秀賞・県代表作品(美術科2年)
第76回宮城県高等学校美術展(2024年) 全国高等学校総合文化祭 優秀賞・県代表作品(美術科2年)

創作活動において支えになっていることなどはありますか?

管野さん:先生からの「君の絵はいいものを持っているから大丈夫だよ」という言葉です。褒め言葉として受け取って調子に乗ることもできたのですが、私はその言葉から自信の持ち方や保ち方を教えてもらったような気がしました。勝手ながら、“教え”として受け取っています。

学外でも活動しているとのことですが、最近ではどのような作品を制作しましたか。

管野さん:私は2023年に仙台八坂神社からの依頼で大きな絵馬を制作しました。116cm×176cmの大きな画面に墨を使って龍の絵と文字を描いたのですが、自分がこう描きたいという理想を持ち続けることを大切にしました。少し頑固になってしまっていたくらいです。描くことを楽しむ気持ちや、描いて表現をするための今の原動力を見失わないようにすることも大切にしています。
神社に飾る大絵馬となるとたくさんの方々に観ていただけるので、“足を止めて観てくださる方々を楽しませるぞ!”と想像することがモチベーションになりました。小さなお子さんからお年寄りまで、いろいろな方がこの絵馬について話しているところを想像したりもしましたね。たくさん楽しんでくれるといいなと思いつつ、ひとりでニヤニヤしながら制作したことを思い出します(笑)。

仙台八坂神社に奉納された龍の大絵馬
仙台八坂神社に大絵馬を奉納する菅野さん

どういうところにこだわりましたか?

管野さん:私ひとりで龍の絵を描き切る、ということです。先生方からは間に合うか心配されましたが、どうしてもこだわりたいことでした。結局、絵馬に書く文字は後輩の柵木(ませき)さん(美術科1年)に担当してもらうことになりましたが、龍画は私ひとりで描き上げることができました。そしてもうひとつ譲れなかったのは墨で描くことです。神職の皆さんは色鮮やかな絵を望んでいるのではないかと不安になることもありましたが、描くのが龍であることと、この作品が神社に奉納されることを考えた時に水墨画しかないと感じました。水墨画にこだわったのは、葛飾北斎(※)の『富士越龍図(ふじこしのりゅうず)』という水墨画に魅了されたことで、私の中に“龍図=水墨画”というイメージがあったからです。そこから龍の水墨画を調べていくうちにお寺の天井に描かれる「天井画」という存在も知り、“寺社の龍画=水墨画”という自分なりのイメージが確立しました。それと、日本画を学ぶ者として水墨画への挑戦が当時の私の目標になっていたことも相まって水墨画という選択肢に行き着きました。

※葛飾北斎…江戸時代後期の浮世絵師。『富嶽三十六景』を代表とする大胆な構図と明るい色彩の浮世絵は、多くの芸術家たちに影響を与えた。

ご自身で思うこの絵の好きなところやポイントはありますか?

管野さん:私は自分の作品を観た方に楽しんでもらえたらいいなといつも感じているのですが、この龍画にちょっとした遊びを加えました。実は、龍の鱗の中に一枚だけ逆向きの鱗を描いたんです。いわゆる“逆鱗”ですね。本当はもっとわかりにくい表現にしたかったのですが、意外と目立ってしまって(笑)。じっくりと探すまでもなくバレてしまうのですが、私の中で龍は“逆鱗”のイメージがすぐに浮かぶくらい強い印象を受けていたので、自分なりのこだわりとして描きました。小学生の頃によく読んでいた本や図鑑で見つけた、「逆鱗は龍の体にたった一枚しか付いていない」という逆鱗の記述。「逆鱗を触られると龍にとてつもない激痛がはしり、龍が激しく怒る」と書かれていて、当時の私は「あれだけ体の大きな龍でも、小さな鱗1枚で痛みを感じて嫌に思うことがあるんだ」と、おもしろく感じたことをよく覚えています。その時の印象が自分の中に残り続けていたので、すぐに逆鱗のイメージにつながったのだと思います。

大絵馬 奉納時の様子

絵馬の制作を振り返って、どんなことが印象に残っていますか?

管野さん:龍の目に金箔と銀箔を入れたことです。初めての箔押し(※)で緊張しましたが思いのほかきれいに押すことができたのと、金箔と銀箔が光に反射する加減で作品の表情が変化していく様子は自分でも楽しめました。

※箔押し…金銀の箔で文字・図柄を表わすこと

絵馬を制作した経験から自分自身の中で変化したことはありましたか?

管野さん:高校生ではなかなかできない経験をさせていただいたので確実に自分の力が伸びたと実感しています。そのひとつが、滲ませ方や伸ばし方などの墨の使い方です。箔押しの方法もそうですね。そして今回は和紙や画用紙ではなく木に描いたことで、木が作品に出してくれる表情も知ることができ、今後の制作に活かせる技術と知識が身に付きました。自分の表現の幅を広げる力も伸びましたし、水墨画というかたちでまだ見せたことのない自分の一面をクラスメイトや先生に伝えることができたのではないかとも思っています。

作品を制作する菅野さん

管野さんには憧れている芸術家や画家、デザイナーなどはいるのでしょうか。

管野さん:伊藤若冲(※)の描く生き物の絵や、葛飾北斎の描く鬼や龍の絵にはとても惹かれます。そして感銘を受けるとともに「自分にもこんな表現ができたらな」と強い憧れを抱きます。元々浮世絵や江戸時代の肉筆画などの独特な画風に関心があったのですが、高校生の図書室で初めて若冲や北斎の画集を見ました。日本画の資料集めをしていた時に発見したのですが、ひと目で魅了されましたね。そこからインターネットでも調べるようになり、今に至るという感じです。そして憧れとは少し違うかもしれませんが、日本画家の山口晃さん(※)の作品がとても好きです。2年次からの専攻選択を悩んでいた時、担任の先生から山口さんについて教えていただいたのがきっかけで知りました。まだ個展などに行ったことはないですが、いつか絶対に行きたいです。

※伊藤若冲…江戸時代中期の画家。『動植綵絵』『釈迦三尊像』を代表作とし、斬新な発想力や豊かな色彩を活かした描写が特徴。
※山口晃…1990年代後半から活躍する日本の画家。日本の伝統的絵画の様式を用いながら古今東西の様々な事象や風俗を緻密に書き込んだ作風が特徴。立体やインスタレーションなどの手法でも表現活動を行なっている。

美術科の先輩から受け継がれていることや、これから後輩に伝えていきたいことは何かありますか?

管野さん:美術科の生徒たちはそれぞれ“自分は表現者である”という意識を持っています。個性はもちろん、オリジナルの表現方法や自己イメージ、コンセプトを大切にしているんです。そうした意識を持っているからか、美術科というひとつの集まりではあるけれどお互いに尊重し合い、一人ひとりの“個”を大切にするような雰囲気は受け継がれていると思います。これは後輩にも忘れないでいてほしいですね。

“個”を尊重する雰囲気はどのようなときに感じるのでしょう。

管野さん:普段の作品制作やデッサンをしている時、自分が作った作品の形が崩れていたり変形したりしていると、先生は、なぜそうなったのか原因を説明してくれます。決して“こうしなさい”と型にはめるような指導ではなく、まずは原因として考えられることを説明してから生徒に考えさせ、理解させ、自分なりに解決させる流れをつくってくれるんです。また、クラスメイト同士のやりとりでも感じることがあります。お互いに作品を講評し合う時に、みんな、指摘するだけでなく、良い点も挙げてくれるんです。作品を作る人に対して理解を深めようとする姿勢にも個を尊重する空気を感じます。

佐藤先生:よりよい作品を作り出そうと、互いに切磋琢磨できるライバルを生み出せる環境づくりをしていきたいと思っています。そして生徒たちには主体的に学ぼうとする姿勢を高めてほしいです。

掲載:2024年3月5日

取材:2023年12月

写真提供/宮城野高等学校美術科

宮城県宮城野高等学校美術科
1995年創立。油画や日本画、彫刻、工芸、デザイン、歴史といった美術に関する学習を行っている。専門分野ごとに分けられた専用のアトリエを有しており、2年次以降は、5つの専攻に分かれて制作に励む。「仙台市内高等学校美術展」や「宮城県高等学校美術展」、「全国高等学校総合文化祭」などへの作品出展をはじめ、外部依頼による制作活動にも積極的に取り組み、2023年には仙台八坂神社に奉納する絵馬制作や、「秋の火災予防運動」では宮城野消防署と連携したトリックアートの制作も行った。