| 事業名:せんだい建築文化DAYS2025 団体名:Local Places 活動期間:2025年6月21日から2026年3月15日まで |

◾️地域助成に採択された取り組みの評価、そのまえに…
(公財)仙台市市民文化事業団の「文化芸術を地域に生かす創造支援事業」に採択された事業のレビューをする役割を担うことになり、改めて、①アートや建築文化の役割とは何か、②公的に助成する事業とはどうあるべきで私たちはそれをどう支えられるのか、という二点について考えなくてはならない。
◾️原発被災地域の「アート」
福島第一原子力発電所の事故後、強制避難の指示区域になった福島県南相馬市小高区の塚原という行政区に通っていた。太平洋沿いで津波の被害も厳しかったため、低地部には災害危険区域が指定され、塚原行政区のかつての中心地であった公会堂の周辺一帯もそこに含まれた。
帰還した住民の多くは、津波で被災した公会堂の修理を最初の手掛かりとして、公費解体が進み空き地ばかりとなっていた低地部に集まれる場所を作ろうとした。
住民らは、公会堂に集まり続け、話し合いの機会が継続的に持たれた。塚原行政区が変わってしまったことをこのままにしてはおけない、何かもう少しできることがあるのではないか、どう対応できるのだろうか。そういう問いが住民にはあったのだと思う。その会合で、60歳代の住民がふと「アートの力を借りるしかねぇ」とおっしゃった。
アートという言葉が使われたことに、私はとても驚いた。各地で行われているアートイベント的なものに、辟易していたからだ。芸術家やアーティストと名乗って、それぞれが思うアートに取り組むことに全く異存はない。しかし、住民の暮らしと関係なくアートが地域おこしの道具として使われたり、アートイベントと称して税金を原資とする補助金が注ぎ込まれる理由に納得がいかなかったりしたからだ。
塚原の皆さんは、塚原のこれまでの歴史を、8枚の大きな絵に綴ることにした。原図を芸術家の方に起こしていただき、こども達が通わなくなった小学校の空き教室を借りて、雨水に強くて外に晒しても大丈夫な布にペンキで8枚の絵を描いた。これらは塚原で、ひいては小高で、何らかの行事をやるときに飾ることになった。
津波、原発事故、災害危険区域、さらには人口減少や高齢化という未曾有の状況に直面して、ふるさとの激変にどう向き合えるか。そのようなギリギリの状況において頼りにしたのが、アートだった。
◾️原発被災地域の建築文化
同じく福島県南相馬市小高区の川房行政区では、公会堂の維持をどうするかという議論があった。5年以上に及ぶ避難指示の建物にもたらした影響は、放射能汚染、獣害、経年劣化など凄まじかった。川房は、小高区の中では最南の山側に位置し、汚染が厳しいため、帰還世帯が最少の行政区の一つだった。公費解体によって多くの家屋がなくなり、畑の風景すら仮置き場の白い衝立に変わってしまっていた。
帰還者が限られる状況において、公会堂の維持を諦めようという選択肢もあった。帰還している住民にとっては集まる場がなくなっており、喫緊の課題だった。帰還していない住民の中にも、たまに戻った際にトイレすらない状況だった。
年に一度の行政区の総会が開催された。その場で、公会堂を維持するのか、しないのか、が議論された。様々な意見が発言された後、挙手によって意向を確定することになった。緊張の一瞬だった。驚いたことに、全員が、公会堂を維持することに手を挙げた。
そこで、コアメンバーが中心になってどのように公会堂を再建していくか、議論が始まった。鍵をあけなくてもトイレは使えるようにしたらどうか、いや知らない人が勝手に使って汚していったときの清掃を帰還者だけで対応するのは大変だ、といった具体的な使い方の議論もなされた。建築家の内藤廣氏に現場を見ていただいた。小さな石造の建物を残すことも考えられるのではないかという発想が提示された。風景が激変している中で、ようやく残っている建物だった。そこで、新築する案と、現在の公会堂を残す案を作成いただいた。住民の議論の結果、残す案が選ばれた。
南に面する母屋とそれを守る北側の屋敷森を核として、いくつかの小屋も敷地内には合理的に配置されている。それらが、道沿いに大らかに並び、その前には広々とした畑が広がっている。これが、集まって暮らすことは可能であることを示唆する、川房の風景だ。公会堂の建物は、こうした風景の基層を、原発事故の後に繋いでいく拠り所なのだ。
◾️「文化芸術を地域に生かす創造支援事業(地域助成)」に採択された取り組みについて
原発被災地域において、私が触れたアートと建築文化に関係する経験を長々と書いてきた。私自身の文化芸術についての考え方が、大きく変わったからだ。人の考え方を変えてしまうこと自体が文化芸術の力だ。また、その力は、それまでの風景をこれまでとは違ったものとして捉え直すことを可能にする。
本助成事業に掲げられている「地域」という言葉を使えば、「地域」と住民/市民の関係を変えてくれる可能性がある。とりわけ困難な局面において、文化芸術には他には代え難い公共的な意義がある。しかし、社会の側の必要に応じるという特定の役割を文化芸術に期待することは、極めて危険であり、さらには、文化芸術の可能性を削いでしまう。こうした点に、文化芸術を公的に助成する事業の困難さがある。
先日、Local Placesさんの「せんだい建築文化DAYS 2025」の一日目に参加した。「仙台市市民活動サポートセンター(以下、「サポセン」)」の建物そのもののガイドツアー(講師:髙橋響氏)と、場所をターンアラウンドに移動したうえでの「オロポ」という作品の上映とトークイベント(映像作家:福原悠介氏)だ。
ガイドツアーの方は、サポセンに集合して、建築物の見方についての基礎的レクチャーや、設計を担当した建築家の原広司氏についての解説を聞いて、建物の中を歩き回った。全部で10名ほどのツアーとなった。レクチャーの最後には、設計図面を囲んでディティールを鑑賞した。青焼き(※)図面は、かつて働き出した頃のことも思い出されて、懐かしい気分になった。若い人にはとても新鮮だったようで、今ではもうこんな図面は描けないなーとの感想も聞かれた。一方、上映とトークイベントについては、冒頭に企画者からの意図についてのレクチャーがあり、その後、映像を全員で鑑賞し、それから映像終了後には映像作家ご自身の登壇となった。限られたスペースの中で、また外の寒さも厳しい中で、ターンアラウンドのスペースの中では、作品そのものや映像の作り方に対して質問が出された。それら一つひとつ丁寧に言葉を吟味しながら応答する映像作家さんの姿が印象的だった。
※「青焼き」…トレーシングペーパーに作図した図面を複写機によって複製したもの。

率直に言えば不満はいくつもある。周知が足りなかったのか、市民の参加が限定的で、参加者の多くは主催者に関係する大学生だった。また、ガイドツアーでは、建物にまつわる、役に立たない知識を山ほど浴びるほど聞きたかった(私自身が大学に勤務しているため、大学関係者には特に厳しくて申し訳ありません)。
もちろん面白いこともいっぱいあった。サポセンの建物に惹かれたことが勤務する契機になったという職員さんにお会いできた。映像制作とまちづくりは、当然だが全く異なる。しかし、まちをどう捉えるか、どう認識するかという点では類似する部分もあると感じた。特に、今回の上映作品における、一人の視点を大事にしようとする作り手の態度は、まちづくりにおいても大切なものだと思う。まちづくりにおいては、自分の視点と同じぐらい他の人の視点も大事である。対立し得る多様な視点を、どうやったら適切に配慮できるのか。こうした極めて困難な、いや無理とも思われる、まちづくりという行為に自分が関わることの意味について自問自答せざるを得なかった。
本助成事業に立ち返れば「地域」という言葉が掲げられている点に着目したい。「地域」という実態はアプリオリに存在するわけではない。何らかの領域性を、たとえば自分に関わりのある範囲を、「地域」として認識しているという前提があると思われる。仙台という大都市において一人ひとりの市民にとっての「地域」とは、どのような形で成立しているのだろうか。そのような「地域」に文化芸術が生かされるとはどのようなことを意味しているのだろうか。「地域」の穏やかな暮らしから自ずと生まれてきたような取り組みや、かけがえのない暮らしを守るための切実な思いをもった取り組みが、本助成事業を通じて育っていくことを期待したい。本助成事業の意義をさらに深められるかどうかは、市民事業を支えている仙台市民の一人ひとりに託されている。


