
みなさんは向山中央公園へ行ったことがあるだろうか。向山の住宅地、小学校や高校のさらに奥にある公園。そこにはコイル状の空中トンネルや赤いジャングルジム、クレーターのような穴といったダイナミックな形状をした遊具がのびやかに配置されている。仙台に住んでいる方の中には、こどもの頃、もしくは親になってからお子さんと訪れたことのある方もいるのではないだろうか。
今回の「まちとこども」では、向山中央公園の大型遊具に焦点を当て、この遊具がつくられた経緯や歴史を掘り起こしていく。このダイナミックな公園を手がかりに、「まち」や人々の「こども」への眼差しや思いを共有することを試みようと思う。
向山に現存した昭和の「原っぱ」
数年ほど前、当時4歳のこどもと夫が毎週末、取り憑かれたように向山中央公園へ通うようになった。「溜まった家事に専念できる!」と家でホクホクしていた私も、「『こどものあそび環境』を専門とし、建築家でもある仙田満先生が設計した遊具のようだ」という建築オタクの夫の情報や、毎回興奮して公園での出来事を報告するこどもの様子、遂にはゴールデンウィークの爽やかな日差しに後押しされて、数ヶ月後にようやく訪れることとなった。
公園に着くや否や、普段は慎重で怖がりなこどもが得意気な表情で大きな遊具をゆっくりと登り、親の身長をはるかに超えるようなところまで行ってしまった。小さなこどもがスリ鉢状の大きな穴の底に向かって長い滑り台を降りていく様子は、親からすると冷や汗ものの光景だったが、こどもは怖いというよりも好奇心や冒険心の方が勝っているようで、終始楽しそうに園全体を探検していた。



遊具の名前は子どもによる命名。夫の身長は丁度180cm(3点とも2023年5月5日撮影)
初めて向山中央公園へ訪れた時、このようなおおらかな遊具がまだ現存していることに軽い驚きを覚えた。同時に、ここはまさに建築家の青木淳氏による「原っぱ」のような場所ではないか、と思った。『原っぱと遊園地』(※1)は、青森県立美術館を設計された建築家・青木淳氏によって書かれた名著である。この本では、使われ方をあらかじめ想定し、いたれりつくせりでつくりこまれているものの関わり方が限定的な「遊園地」と、使い手自らが空間を見出し自由に関わることができる「原っぱ」を比較しつつ、「原っぱ」的な建築は可能かを問いかけている。青木氏は、「ドラえもん」の漫画によく登場する土管のある「原っぱ」を例に挙げ、「原っぱ」は本当に何もない「更地」と異なり、設計者によって考案されたルールでつくられたものでありながら、使い手に「かかわり方の自由を与える」場所である、と述べている。青木氏によると、「原っぱの楽しみは、その場所での遊び方を発明する楽しみであり、そこで今日何が起きることになるのかが、あらかじめわからないことの楽しみ」なのだとしている。公園で遊ぶこどもの様子から、向山中央公園の大型遊具は、設計者自身のルールや思いによってつくられているものの、こどもに積極的な使い方や関わり方を想起させる力のある、まさに「原っぱ」であると感じた。
(※1)『原っぱと遊園地:建築にとってその場の質とは何か』青木淳著 王国社
続編に『原っぱと遊園地:見えの行き来から生まれるリアリティ』がある。代表作に青森県立美術館、ルイ・ヴィトン表参道ビル、京都市京セラ美術館など。
滲みだす、こどもへのあたたかな眼差し
数時間滞在しているうちに、私は、昭和の時代につくられたと思しき古い花壇や、研修のための屋外活動の跡地、丁寧に除草されならされた地面へ意識が向かっていった。そこには、こどもに向けられた地域のあたたかな眼差しのようなものが漂っていた。その時の印象が記憶のどこかに引っかかったまま数年経ったところから、今回の特集を思い立った。
その後、研究室の学生と向山中央公園の歴史を調べていったのだが、元は宮城県中央児童館(以下、中央児童館)があった場所で、その前身はかつての知事公館にあった児童会館だったことがわかった(※2)。この場所に中央児童館が移された経緯や当時の周辺環境について調べていくにつれ、こどもの育成に尽力してきた地域の思いが浮かび上がってきた。
中央児童館での活動がなくなった公園には、完成から50年以上の時を経た今もなお、当時のこどもたちや地域の人々の活動の跡が見られる。もう使われなくなって久しいバーベキュー場や古い水栓、当時の活動に関連して設置された古いモニュメントは、使われていた/置かれた頃の意味合いを超え、大型遊具と共に時間の蓄積によってより「原っぱ」的な場所へ変貌しているように思われた。
(※2)「まちりょく」の『事業レビュー|建築文化をつくる「Local architecture festival(仮)」実施に向けたプレリサーチ』にて知事公館の歴史について触れている。


設計者の仙田満氏について
仙田満氏は、東京工業大学(現在の東京科学大学)を卒業後、菊竹清訓建築設計事務所を経て、1968年に環境デザイン研究所を設立。大学で教育研究活動を行うと同時に数々の建築を手がけてきた。これまでの作品には、石川県立図書館(BCS賞)、愛知県児童総合センター(日本建築学会賞作品賞)、国際教養大学中嶋記念図書館(村野藤吾賞)、広島市民球場(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島) (日本建築家協会賞)など、大規模な公共施設が挙げられる。
一方で、仙田氏のいくつかの著書には、向山中央公園の大型遊具について言及する場面が多々みられ、建築ではないものの、この大型遊具は仙田氏のデビュー作と言っても良いと思っている。個人的には、この大型遊具で用いられた幾何学や、石川県立図書館で用いられた幾何学に、氏の鋭い感性を感じつつ、なぜこのような抽象的な形態が、こどもをはじめ多様な人々に受け入れられる建築となり得るのか、気になっていた。
例えば、氏が若い頃に設計した野中保育園(静岡県)は、こどもの空間であまり見ることのない鋭利な45度の二等辺三角形の平面が多用されている。しかし、そこから立体的に立ち上げられた空間は、さまざまなスケールを横断し、繋がっていく、わくわくする場所に変化している。私の居場所がどこかにありそう、この空間をどんなふうに使ってやろうか、こどもだったらそんなふうに思える場所になっているのだ。氏がつくりだす空間には、こどもに媚びようとしない、全力を傾けてこども環境の設計にあたる謙虚で対等な姿勢とこどもへの信頼が感じられるのだ。
今回、仙田氏ご本人に、設計当時考えていたことや今のこどもの環境について感じていることをご執筆いただく幸運に恵まれた。上述の背景をインプットしつつ、氏の思考に触れていただければと思う。
(参考図書)
『こどもの庭 仙田満+環境デザイン研究所の「園庭・園舎30」』仙田満著 世界文化社
『あそび環境のデザイン』仙田満著 鹿島出版会
『こどものあそび環境』仙田満著 鹿島出版会
『遊環構造デザイン:円い空間が未来をひらく』仙田満著 放送大学叢書