連載・コラム

事業レビュー|アートの力を他分野に活かすアウトリーチ活動普及のためのネットワーク構築と実践事業

レビュワー:田中真美(認定NPO法人STスポット横浜 副理事長・事務局長)

2024年度に新たにスタートした助成事業「文化芸術を地域に生かす創造支援事業」。観光、まちづくり、福祉、教育等の他分野との連携により社会課題と向き合う公益性の高い文化芸術活動や、市民に優れた文化芸術の鑑賞機会を提供する事業を支援しています。
本コラムでは、「文化芸術と社会の連携推進事業」として採択された12の事業の活動の様子や、その成果・課題等を、各分野の専門家によるレビュー形式で紹介します。

事業名:アートの力を他分野に活かすアウトリーチ活動普及のためのネットワーク構築と実践事業
団体名:一般社団法人PLAY ART ! せんだい
活動期間:2024年6月24日から2025年3月16日まで
参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13113/

子どもたちが芸術文化と出会う機会を拡げる

重なっていくことで見えてくること

 寒さが厳しい12月、開始時間の前から会場に集まる子どもたち。私が見学した日は、全3日間の演劇ワークショップの最終日でした。ファシリテーター(アーティスト)と子どもたちの関係性も深まり、今日はどんなことをするのか、期待が高まっている様子が伝わってきました。その日の活動は、「座っている人に立ってもらう」ことをお題に、グループごとに創作を行い、発表するというもの。お題の設定の中で、急病人が出たり、誘拐事件が起こったり、有名人が来たり、いろんなアイデアが出てきます。会場となった六郷中学校は、海に近い地域ということもあり、地震や津波が起きると考えたグループもありました。2011年3月の東日本大震災当時、彼/彼女たちはまだ幼く、その時の記憶はほとんどないと思います。それでもその土地の歴史が確かに存在し、子どもたちに伝わっていることがわかります。
 学校や福祉施設で芸術文化活動を行う際に、「せっかく外からアーティストが来てもらったのだから、なるべくたくさんの子どもたちや利用者に出会ってもらいたい」と出向いた先から言われることがあります。そうなると、どうしても受け身になりがちで、主体的に参加するということが難しくなってしまいます。今回の演劇ワークショップでは、クラスごとに実施したことと、ファシリテーターも複数いたことで、一人一人の子どもたちの反応に丁寧に向き合い、表現をすくいあげることができていました。また1日だけでなく、3日間複数回重ねて行うことで、安心して表現できる場となり、試行錯誤することができます。このことは、学習指導要領でも触れられている「主体的・対話的で深い学び」にもつながるところです。

間をつないでいく

 こういった学校や福祉施設などに出かけていく活動には、間をつなぐコーディネーターの存在が重要になります。学校の先生や福祉施設の職員が望むこと、アーティストが関心を持つこと、双方の考えを重ねあわせながら、対話を重ねます。私自身もコーディネーターとして現場に関わるときがあります。対象となる人たちにとって、何が一番必要であるかを考えながら、その方策を考えていくことは創造的で面白いことです。また芸術文化と教育、福祉といった違う分野の人たちと協働する際には、基盤としている前提や知識が違うこともたびたびあります。意見を交わしていくうちに、それぞれの考えている芸術文化や教育、福祉が更新されていくことも活動を続けている大きな動機のひとつです。
 以前、盲学校で中学生とダンスと音楽のワークショップを行ったことがあります。そこで先生から言われたのは、多感な年頃でもあるので、身体接触をしないでもらいたい、ということでした。対象となる子どもたちの中には、視覚障害だけでなく知的障害のある子どもたちもいたため、言語的なやりとりが難しいところもありました。いったいどんな活動をしたらよいのか、先生やアーティストと対話と試行錯誤を重ねました。複数回実施するワークショップだったため、毎回振り返りを行い、どんなことが起きていたか、見つけたことを共有しながら進めることで、最終的には言葉による指示もほとんどなく、身体接触もしないワークショップになりました。その時に発見したのは、ダンスは、人と人の間にあるものだということでした。目の前のダンサーの姿が視覚的には見えていない状況で、直接触れ合ってもいないのですが、お互いの動きに呼応して、表現が重なっているようすはまさにダンスでした。違う分野や考え方の人たちと協働するからこその発明がそこにはありました。

継続するための仕組みづくり

 私が活動している横浜市では、そういったコーディネーターの役割を活かした、学校に出かけていく仕組みをつくっています。NPO法人STスポット横浜、横浜市にぎわいスポーツ文化局、横浜市教育委員会、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団の4者で横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局を構成し、学校にアーティストとともに出かけていく取り組みを2008年から続けて行っています。令和6年度は、横浜市立の小・中・特別支援・義務教育学校130校に音楽・演劇・ダンス・美術・伝統芸能分野のアーティストが出かけていきました。
 当初はほんの数校から始まった取り組みでしたが、年々実施校が増えていきました。現在は、多様なジャンルの専門性を持った芸術団体や地域の文化施設をコーディネーターとして、総勢39団体のみなさんと学校に出かけています。なぜ、このような仕組みをつくったか、大きく2つの理由があります。STスポット横浜自体は、小劇場・STスポットの運営を行っていることもあり、演劇やダンスといった舞台芸術の専門性を持つ団体です。しかし学校からの要望は、音楽や伝統芸能が多く、それらの専門性をもつ芸術団体のみなさんと協働する必要がありました。また、横浜市は370万人が住む大きな都市で、中心部から端までは1時間以上かかるところもあります。そのため、なるべく同じ地域の学校と文化施設が出会えるような機会を創出したいと考え、地域の文化施設のみなさんとも協働しています。
 こうした基盤があることで、令和6年度には、子どものたちの体験格差を是正する目的とした、子どもの文化体験推進事業が始まりました。学校外の子どもたちの居場所に出かけていく事業で、放課後の居場所や児童相談所、不登校の子どもたちとの出会いにつながっていきました。
 仙台市内では、PLAY ART !せんだいのみなさんをはじめ、さまざまな団体のみなさんが子どもたちにむけた活動をしています。今後は、こういった活動が個々の良さを活かしつつ、安定的に運営できる仕組みを構想することで、より多くの子どもたちが芸術文化に触れる機会を創出できるのではないでしょうか。行政や関連機関も巻き込んだ中間支援の仕組みづくりに期待しています。

掲載:2025年6月27日

田中 真実 たなか まみ
認定NPO法人STスポット横浜 副理事長・事務局長
大学では地理学を大学院では都市計画を学び、地域と芸術文化の関わりについて関心を持つ。2008年よりSTスポット横浜に入職。教育や福祉分野でのアーティストによるワークショップなどのコーディネート、芸術文化分野の助成事業などを通して、芸術文化分野での中間支援のあり方について模索し続けている。