連載・コラム

事業レビュー|文化芸術に親しみやすくする為のアクセシビリティピクトグラムの開発事業

レビュワー:武田和恵(福祉とアートのコーディネーター) / 構成:井上瑶子

2024年度に新たにスタートした助成事業「文化芸術を地域に生かす創造支援事業」。観光、まちづくり、福祉、教育等の他分野との連携により社会課題と向き合う公益性の高い文化芸術活動や、市民に優れた文化芸術の鑑賞機会を提供する事業を支援しています。
本コラムでは、「文化芸術と社会の連携推進事業」として採択された12の事業の活動の様子や、その成果・課題等を、各分野の専門家によるレビュー形式で紹介します。

事業名:事業レビュー|文化芸術に親しみやすくする為のアクセシビリティピクトグラムの開発事業
団体名:渡邉デザイン
活動期間:2024年6月24日から2025年3月16日まで
参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13532/



ピクトグラムという「やわらかさ」のデザイン

人と接する時間の蓄積を映し出す
現場のデザイン

 渡邉デザインによる「文化芸術に親しみやすくする為のアクセシビリティピクトグラムの開発事業」は、実際に現場での調査・検討を重視したピクトグラムの開発である点が特徴的なプロジェクトです。「ピクトグラム」とは、非常口やトイレのマークなど、何らかの意味をデザインした記号を指しますが、渡邉デザイン代表の渡邉竜也さんは、合理的配慮の一つとして公共施設や交通・商業施設などで普及しつつあるピクトグラムは、「情報発信時に掲載するだけでさまざまな人の参加機会促進に効果がある」と考えました。その一方で、「文化芸術にかかわる施設やイベント、ワークショップ等のアクセシビリティを示すピクトグラムは少ない」との気づきから、まずは文化・芸術にかかわる公共施設での関係者へのヒアリングや調査に取り組んだと企画書にありました。

 施設への調査のなかでは、例えば弱視の方々への配慮として、既存のトイレ表示近くにピクトグラムを印刷したものを連続的に貼りつけるなどの工夫があったといいます。本事業で渡邉さんとともに調査に取り組んだ伊藤光栄さんは、「トイレ表示では、女性は赤色、男性は青色と色分けする施設も多いなか、セクシャルマイノリティの方々への配慮とともにわかりやすさを重視して色を決めていると話す施設もあった」と、現場で働く方々の工夫について教えてくれました。さらに、「築30年ほどの公共施設でも車椅子用のスロープが設置されていましたが、建物に沿って湾曲していて先が見えなくなっていたため、そのスロープ沿いに「あと●メートル」といった掲示がされるなどの細やかな配慮があった」と渡邉さんが話してくれたことも印象的でした。現場で生み出されるデザインには、人と接する時間の蓄積と機会の多様さが、工夫や配慮となって表れていることを感じます。

ヒアリング調査を行った施設館内表示物

イベント主催者の思いや度量まで
ピクトグラムは伝えている

 渡邉さんがピクトグラムの可能性を意識するようになったきっかけは、仙台市で開催された「せんくら・リラックス・コンサート」のチラシ制作の際のこと。「車椅子可」や「託児サービスあり」など、誰もが参加するための配慮があることをピクトグラムで表せないか、と依頼を受けたことだったそうです。会場での配慮や支援については、文章に記せば長くて見づらくなりますが、ピクトグラムにすればすっきりとしてわかりやすく、効果的に伝えられるので、それはまさにピクトグラムの優れたところでしょう。また、たとえ言葉で「どなたでもどうぞ」と抽象的に書かれていたとしても、「そこに自分は入っていないものだ」とまず思ってしまうのが、障がいのある方々が日常的に経験されてきていることです。なので、できるだけ具体的に書かれているということはとても重要で、ピクトグラムはより具体的に「どなたでもどうぞ」を伝える手段になる。そして、チラシのなかにそうしたピクトグラムがデザインされているという配慮自体も、イベント主催者の思いや度量が語らずとも伝わるところだと感じます。

 渡邉さんは、JIS規格のように普及しているデザインを踏まえつつも、イベントの雰囲気やチラシ全体のデザインに馴染むような「やわらかさ」を大切にしたピクトグラムを心がけていると話していたことが心に残りました。商業的に注目を集めるようなスタイリッシュでシンプルなデザインは、その場所やモノの品格を伝えるうえでは効果的かもしれませんが、相手とのコミュニケーションを重視したデザインには、デザインそのものに人間性を伴うような「やわらかさ」があるように思います。その「やわらかさ」とは、人の欲望を不用意に刺激するような一方向的なものではなく、相手がいることを前提とした双方向的なコミュニケーションのデザインともいえるのではないでしょうか。これだけ人も暮らしも多様である現代では、デザインももちろん多様であってよいはずで、その多様性に対応していくための工夫として、ピクトグラムは最適なデザインであるともいえます。

公共的な価値ある取組みを
拡げていく仕組みのデザインを

 私自身、福祉事業所のみなさんと身体を一緒に動かすようなイベントを企画するなかで、チラシに掲載するためのピクトグラムをどこかで公開してくれていたなら、と最近探したことがありました。また公共施設の職員さんによると、イベントの人材をあまり確保できないときには、ピクトグラムによる会場案内を掲示すると、案内係を配置せずとも自分で目的地に向かうことができる来場者が増えるので、とても有効だそうです。

 渡邉さんたちがこうした調査に基づいて開発したピクトグラムは、現在は試験的に公開されています。公共に資することを目的とし、対価を得るためのデザインでないからこそ確保される質というものがまずありますが、しかしせっかくこうして費やされた時間や労力、アイデアを、一つの社会的メッセージに変換して公開する方法はないものだろうかと考えてしまいます。例えば、仙台市や地域で障がいのある方々の芸術活動を支援する団体などと連携して、ピクトグラムの使用希望者には申し込みフォームで団体名や使用目的を尋ねたり、使用者にアンケートを実施してフィードバックを受けるWEB上で、ピクトグラムの使用のために集まった人たちの声を集めたプラットフォームのようなアクセシビリティを考える場を作る、などの仕組みをつくることができないものでしょうか。

 仙台市も、行政としてこうした合理的配慮を重視していると発信することは、多様性を重視して暮らしやすいまちづくりに取り組んでいる地域の先進性をアピールするよい機会になるのではと思います。価値ある事業がどうすれば継続・発展し、その取り組みの拡がりまでデザインしていくことができるか。例えば、行政の取り組みでも民間としての取り組みでもよいのですか、関わったデザイナーや、地域の中間支援団体などが、行政や企業などと連携して、仕事として資金が継続するような仕組みづくりが今後もっと重要になるのではないでしょうか。

現在制作しているピクトグラム

掲載:2025年6月27日

武田 和恵 たけだ かずえ
山形県山形市生まれ。東北芸術工科大学卒業後、山形市内の福祉事業所に9年間勤務の後、2012年より、一般財団法人たんぽぽの家、NPO法人エイブル・アート・ジャパンの東日本復興支援プロジェクト東北事務局にて、障がいのある人の芸術活動支援事業に携わる。2018年より、やまがたアートサポートセンターにてコーディネーター職として従事。2023年より、山形県天童市を拠点に「一般社団法人こねる」を設立し、多様な人が寄り合う場づくり「アトリエこねる」をスタート。