一人一人を大切にするダンス
「振り付けじゃない、音楽にあわせなくてよい」。「出会ってうまれて、心が動くダンス体験」。ダンサーでありファシリテーターでもある渋谷裕子さんが主催するワークショップの募集チラシには、こんな言葉が書かれています。2022年度から実施している「聴覚障害のある方と一緒に踊るダンスワークショップ『さぐるからだ、みるわたし』」。聴覚障害のある人とない人が一緒に参加し、身体を動かすことを通してコミュニケーションをしながら即興で踊るダンスワークショップです。渋谷さんはこれまでにも、何らかの障害のある人が参加するワークショップを多数企画・ファシリテートしてきましたが、そうした現場で聴覚障害のある人と出会わないことが気になっていたといいます。
渋谷さん:
「車椅子を使っている人だったり、ダウン症のある人、発達障害のある人などとはこれまでもご一緒していたんですが、手話が必要な聴覚障害のある人にはワークショップの場でお会いしたことがなかったんです。そんな時に「ダイアログ・イン・サイレンス」(※)という体験プログラムに参加する機会があって、聴覚障害のあるナビゲーターの方が表情や身振り手振りでたくさんお話をしてくれたことが、とても嬉しかったんです。プログラムの進行中は、耳が聞こえる参加者同士も音を遮断するヘッドホンをして身振り手振りで話すんですけど、終わってヘッドホンを外して、言葉で感想を語り始めた途端、みんな急に表情がなくなって、心が通わなくなる感じがして。人間は言葉だけじゃなく、もっと全身を使って何かを伝えることがあっていいんだなと、その時思いました。この体験がすごく大きくて、聴覚障害のある人と踊るワークショップを作ろうと思うきっかけになりました。」
※ダイアログ・イン・サイレンス:一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティが提供する体験プログラム。聴覚障害者がアテンドし、聴覚を遮断した環境で対話をすることで、さまざまな違いを超え、対等な対話を体感できるエンターテイメントとして実施されている。
障害の種類に関わらず、誰もがフラットにコミュニケーションできる場としてダンスワークショップの企画を続ける渋谷さんですが、かつてはヒップホップダンスの先生をしていたそうです。でもある時、障害のある人やない人が一緒に踊るダンスに出会って衝撃を受けたことから、現在につながる道を歩み始めたといいます。
渋谷さん:
「以前は、振り付けを上手に踊るためだけに努力していたこともありますが、アートワークショップすんぷちょ(※)のダンス作品(演出:西海石〈さいかいし〉みかさ)に出会った時に、障害があるかないか関係なく、その人自身の身体から自然に生み出される動き、仕草にフォーカスを当てたダンスの美しさに魅了されました。自分が踊ることにだけ意識を向けるのではなく、一緒に踊る相手を見て、聞いて、互いを感じ合うことで生まれるダンスに委ねた身体はとても美しく、その面白さ、大切さを知りました。ダンスはスキルアップを目的にするだけでなく、互いを知り、関係性が深まるきっかけにもなり得ると気づいたんです。そうしたら、「ダンスは何かのジャンルにカテゴライズされていないとダメなのか?」という疑念が生まれました。ジャンルに自分を沿わせていくことに少しずつ違和感を感じるようになっていたんです。「ダンスは自分から生み出しちゃいけないんだろうか?私が私のダンスを生み出してもいいんじゃないか?」って。すんぷちょの作品は「個性を持った身体がその瞬間に何ができるか」にフォーカスを当てていて、一人一人が大事にされている感じがとても心地よかった。私が思うダンスはこれだ、と思いました。」
※NPO法人アートワークショップすんぷちょ:「すべての人にアートを」をスローガンに年齢や障害の有無問わず、多様な人が芸術に触れ、交流することを目的にワークショップや舞台公演を行っている仙台の団体。『さぐるからだ、みるわたし』のワークショップ会場であるアートシェアスタジオちゃちゃちゃの運営も行う。
みんなが安心して自分を表現できる場を
それから渋谷さんは、当時すんぷちょの代表だった西海石みかささんのアシスタントとしてワークショップに参加したり、すんぷちょの作品に出演するようになり、そうするうちに少しずつ自分でもファシリテーターや事業の企画をするようになりました。こうしたダンスは「コミュニティダンス」と呼ばれ、世界的にも少しずつ広まってきているそうです。渋谷さんはコミュティダンスの手法や考え方を学び、現在はダンサーや演出家として作品づくりもしながら、市民センターなどで多くのワークショップを企画・進行しています。そんな中で今回、新たに挑戦しているのが『さぐるからだ、みるわたし』のプロジェクトです。
渋谷さん:
「聴覚障害のある人が安心して参加できる環境をどうやったら作れるのか、私たちも試したり、勉強しながら進めています。2022年度は準備段階として、アシスタントを務めるダンサーや手話通訳者と一緒に福祉施設などを訪れて、実際に利用者さんにワークを体験してもらい、反応を持ち帰ってどんなワークショップにしたらよいのか話し合いました。その結果を反映させて、年度末に3日間、お試しのワークショップを開催したら、聴覚障害のある参加者の人から「こういう場が無かったので参加できて嬉しい」「ずっと続けてほしい」といった嬉しいお声をいただきました。それで、2023年度は7月から翌年の2月まで継続して月に2回、計16回開催しています。ワークショップには、手話通訳者の新納真梨子さんやコントラバス奏者の勝本宜男さんにも参加していただいて、必要な場面で通訳をしてもらったり、コントラバスに触れて感じた振動からダンスの動きを生み出したりています。」
新納さんや勝本さんは、手話通訳や楽器演奏という役割を持ってワークショップに参加していますが、そうした役割をしている時以外も、参加者の中に入って一緒に身体を動かしたり踊ったりしています。
渋谷さん:
「世の中にはいろんな人がいて、何かが得意だったり不得意だったりするけれど、その一つ一つにいい、悪いはないし、優劣があるわけでもない。お互いに相手をそのまま受け入れて、自分のことも表現してみる、その媒介としてダンスがあると思っています。新納さんも勝本さんもそのことをよくわかってサポートしてくれているんです。言葉って難しくて、手話の場合でも「これについて話しましょう」と始めてしまうと、「この言葉は知らないから」とか「このことについては知識が無いから」とかハードルができてしまうところがある。でもコミュニティダンスには上手も下手もないし、知っている知らないの区別もないので、みんながフラットになれるんです。手話は大切なコミュニケーション手段ではありますが、言葉で説明したら上手に踊れるかというとそうではなくて、一緒に踊っている相手の気配を感じることだったり、自分の感覚を大切に、時にはルールからはみ出しちゃうことの方が大事だったりします。新納さんは、聞こえない人には「見る力」や「感じる力」がすごくあることをわかっているので、動き始めたら集中を邪魔しないように、本当に必要な場面でだけ通訳をするようにしてくれています。」
「勝本さんは県内外問わずあちこちで演奏される素晴らしいコントラバス奏者なんですが、以前にも障害のあるお子さんのための舞台作品で共演させていただいたことがあって、今回の企画も「面白そうだね」って二つ返事で引き受けてくださいました。今どんな場面を作っているのか、みんなの空気に合わせて音を鳴らしてくれたり、楽器を触らせてもらったり。ミュージシャンの方に聴覚障害者向けの企画でお声がけするのってすごく難しいんですけど、勝本さんだから安心してお願いできる。そういう心強い存在です。」
舞台表現をみんなで楽しめる環境を仙台・宮城に
ワークショップの会場にはホワイトボードやメモ帳が置いてあり、聴覚障害がある人とない人がお互いに何かを伝えたいと思った時にすぐに使えるようにしています。お菓子を置いて休憩時間に食べるのも「美味しいって手話でどう言うんだろう?」など、ちょっとしたきっかけでコミュニケーションが生まれるのを期待しているから。そんな細やかな工夫がさまざまにされていますが、それでもまだ、聴覚障害がある人にとって、参加のハードルは高いかもしれない、と渋谷さんはいいます。
渋谷さん:
「やっぱり、聴者(聞こえる人)が企画したものに参加することにハードルを感じることもあるのかな、と思います。手話通訳がいたとしても、マンツーマンで付くわけではないですし、うまくできなかったらどうしようかとか、心配になる気持ちもあるのかなと。私も手話を勉強中ですが、少しできるようになったからといって、聴覚障害がある人たちの中に入っていったら迷惑をかけるんじゃないだろうかと心配になりますから、同じなのかなと。でも、聴覚障害がある人がダンスや舞台表現に興味が無いのかというと、そうではないんです。訪問先で、言葉で説明しただけではピンとこないような反応でも、実際にワークショップを体験してもらうとわーっと盛り上がるんですよ。」
「ヒップホップの世界でも、ダンサーが踊っているのを聞こえない人が見て真似て踊るようなことはやっていますし、音楽が好きな聴覚障害者の人も多いんです。ろう者の劇団もあって、仙台で公演がある時はすごい人気です。だから、劇場やホールで聴覚障害のある人を見かけないのは、興味が無いからではなく、参加するハードルがあるからなんですよね。だったらハードルを一つずつ取り除いていくことで、みんなが参加できる場を作っていきたい。私も、やってみたことで「こういう配慮が必要なのか」と分かったことがたくさんありますし、勉強しないといけないこともまだまだあります。でもそうやって多様な方と関わることで得た気づきが、パフォーマンスをする側にもいい刺激になって、作品が豊かになるんです。だからもっといろいろな人に関わってほしいし、いろいろな人が劇場にも来られるようにしていけたらと思います。」
新納さんや勝本さんのほかにも、『さぐるからだ、みるわたし』には、若いダンサーがアシスタントとして継続的に活動に参加しています。アシスタントのひとりは学校現場で障害のあるお子さんに関わった経験から、こうしたフラットな場づくりが大切だと考えているそうです。渋谷さんはこの事業を通して、障害のある人と楽しめるワークショップのファシリテーターも育てていきたいと考えています。
渋谷さん:
「仙台にはなかなかこういうワークショップが無いので、取り組みたいと思う舞台芸術関係者が増えてくれたらと思います。ダンサーや俳優が聴覚障害のある人と関わる時間を持つことで、劇場に来るためにどんなバリアがあるのかを知り、バリアを取り除く配慮を当たり前にできるようになったらいい。車椅子を使っている人は段差があったら移動できないから、段差を取る。聴覚障害のある人のことを考えて、手話通訳を用意する。そういうシンプルなことがまだまだできていないので、何が必要なのかをみんなで学んでいけたらと思います。このワークショップはずっと続けていきたいですし、たくさんの人に知ってもらったり関わってもらいたいと思っています。今年度ワークショップを定期開催して気付いたことを活かすため、来年度は私たちがサークルや施設などに出向いてワークショップを開催するのもいいなと思っています。そして関わる人が増えたら、ダンス作品を作って、もっといろんな人に見てもらえる機会を作りたいと思っています。そのためにはより濃密なコミュニケーションが必要になって、お互いを知ることももっと必要になります。そうやっていろんな人に関わってもらって、聞こえる人も聞こえない人も楽しめる舞台作品や環境が、仙台、宮城に増えていったらいいですね。」
執筆:谷津智里(Bottoms)、撮影:金谷竜真、編集:菅原さやか(株式会社コミューナ)
掲載:2024年1月4日 取材:2023年11月
この記事は、2023年度「持続可能な未来へ向けた文化芸術の環境形成助成事業」で実施されているプロジェクトを紹介するものです。