連載・コラム

地域の記憶を未来へ手渡す合言葉『ここダネ!』

 

新旧の写真を並べると見慣れた風景が輝きだす

 
 自分が住んでいる地域の古い写真。教科書や図書館などで見たことがあっても、あまり自分とは関係の無いもののように感じていないでしょうか。そんな古い写真をきっかけに、子どもから高齢世代までが活き活きと交流できる場が仙台で広がりつつあります。やり方はシンプル。街の風景を写した古い写真の撮影場所を探し、同じ場所の「今」を新たに撮影して展示するだけです。
 「古い写真は大切な地域の宝です。でも、ただ集めるだけではダメで、新しい世代にきちんと伝わっていくためには工夫が必要です」と話すのは、考案者の佐藤正実さん。2005年に「風の時編集部」を立ち上げ、仙台の古地図や古写真を用いた企画出版を手がけつつ、まち歩きやワークショップの企画運営にも取り組んできました。


佐藤さん:
 「2021年から実施している『ここダネ!』は、地域の古い写真と今の風景をセットにしてみんなで見ることで、地域の宝物探しをする事業です。私たちはこれまでも仙台の風景をテーマに活動してきましたが、『ここダネ!』はより地域に密着して、住民の方とその地域の写真をつなぐ場をつくれればと企画したものです。仙台には生涯学習支援センター・区中央市民センターのほかに54館の地区市民センターがあって、地域の拠点になっています。地域の人が集まりやすく、街のネタを集めたり語り合ったりするのに一番良い場所なので、市民センターさんと一緒に『ここダネ!』を開催することで地域のことをみんなで語り合う輪を広げたいと思い、「持続可能な未来へ向けた文化芸術環境形成助成事業」に応募しました。」 

 
 初年度(2021年度)は青葉区中央市民センター(9月1日〜30日)、福沢市民センター(12月1日〜2月27日)、柏木市民センター(3月1日〜31日)と、3館でパネル展と関連企画を実施。今昔(こんじゃく)の写真を並べて展示し、そばに付箋を置いて、来場者にコメントを書き込んでもらったそうです。最初こそ、風の時編集部から声をかけて開催しましたが、その後は話を聞きつけたほかの市民センターから問い合わせが来るようになり、順調に広がっていったといいます。さらにこの展示を見た上杉山中学校の校長先生から「うちの学校でもやれないか」と話があり、2年目(2022年度)には上杉山中学校の2年生と一緒に「今」の写真を一緒に撮りに行きました。写真の選定やコメント付けも生徒が行い、三者面談期間に校内で展示した後、上杉山通小学校でも1ヶ月にわたりパネル展を開催しました。

上杉山中学校生徒たちが北仙台駅前で今昔定点撮影を行う様子(2022年10月26日)
(提供:風の時編集部)

昭和時代に撮影された写真と同じ場所から画角を合わせて撮影(2022年10月26日)
(提供:風の時編集部)

 また、青葉区中央市民センターの2年目の展示(2022年11月1日〜2023年1月31日)では、隣にある東二番丁小学校から「3年生の地域学習に活用させてほしい」と申し出があり、社会科の授業の一環として2回にわたり、子どもたちが見学にきてくれました。


奥村さん:
 「昔の写真と今の同じ場所を見比べると変化が一目瞭然なので、大人にも子どもにもすごく分かりやすいんです。上杉山中学校の脇を走る愛宕上杉通にはかつて「仙台鉄道」という電車が走っていて、その枕木の跡が写っている写真があるんですね。その写真を子どもたちがただ見ただけでは「ふーん、そうだったんだ」で終わってしまいますが、「今」の同じ場所=定点に立って写真を撮ることで、枕木が並んだ風景が見えるような気がする、電車の音が聞こえるような気がする。今ここにいる自分とその風景がつながっている感じがしてきて、友達にもお家の人にも「ここだね!」「ここだよ!」と言いたくなったり、教えたくなるんです。そうやって、地域のことが「自分ごとになる」のが『ここダネ!』の一番の魅力です。」

●奥村 志都佳(おくむら しずか)
長崎市出身仙台市在住。NPO法人20世紀アーカイブ仙台会員。コーディネーターとして地域コミュニティづくり支援に取り組む。また、2017年「conné~こんね~(長崎の語り部から学ぶ会)」代表として、長崎で「3.11」(東日本大震災)を、宮城で「8.9」(長崎原爆投下)を想い、つなぐ活動など、これまで16企画を実施。


市民センターで『ここダネ!』を実施することで、センターに訪れる人にも変化があったそうです。


奥村さん:
 「今まで市民センターに来たことが無かった人が「おばあちゃんを連れてきました」と言って一緒に来てくれたり、子育てや仕事が忙しくてあまり市民センターと関わりが無いお父さん、お母さんがお子さんと一緒に来てくれたり、「来る人の層が変わった」という声がありました。これまでも来館者の方とのやりとりはありましたが、『ここダネ!』の展示をきっかけに市民の方が自分から「あの頃、こんなことがあってや〜」と、個人的な話をしてくれるようになったそうです。自然に人が集まって会話が増えるのが『ここダネ!』の持つ力だね、と職員さんと一緒にお話しています。」


古い街並みが身近なものになる秘訣

福沢市民センター主催のまち歩きで昭和時代に撮影された写真と同じお店を見つけた小学生(2022年2月27日)
(提供:風の時編集部)

 『ここダネ!』を開催する際には、1〜2ヶ月のパネル展と併せ、まち歩きやワークショップを実施します。その際、参加者は多世代になることを意識しているそうです。市民センターから学校にチラシを配布してもらい、親子で参加してもらったり、おじいちゃんおばあちゃんを含めた3世代での参加も推奨しています。

同じ場所を撮影した今昔写真は、世代に関係なく様々なコミュニケーションが生まれる
(提供:風の時編集部)

奥村さん:
 「古い写真に写っている景色は地域の先輩方にとっては言わずと知れた懐かしい風景。でも、子どもたちにとっては新鮮な驚きや発見があります。一緒に歩いたり写真を見て、子どもたちから「これ、なんでここにあるんだろうと思ってた!」と素直な疑問が飛び出すと「なんだ、わかんなかったのや。これはなあ…」と、先輩の出番。お父さん、お母さんが教えられないとしても、地域の人が教えてくれるんです。そこにはもう「講師」は必要無くて、子どもたち、後輩たちに「教えてあげたい」という純粋な気持ちで大人がどんどんしゃべり始めます。そのきっかけとして『ここダネ!』はとてもいい装置だと思っています。」

佐藤さん:
 「ツアーや講座の内容は地域によってそれぞれ違います。福沢市民センターは館長さんが地元出身で、自らの体験談を交えてご自分でツアーガイドをしてくださいました。柏木市民センターでは館長さんが情熱的に定点撮影をしてくださって、職員さんにもその面白さが伝わり、館長さんの異動後にも残った職員さんがツアーを企画しています。」

●佐藤 正実(さとう まさみ)
仙台市出身。NPO法人20世紀アーカイブ仙台副理事長。風の時編集部代表。「仙台の原風景を観る、知る。」をテーマに2005年「風の時編集部」を設立。大正と現代を比較する今昔地図帳『仙台地図さんぽ』や昭和時代の写真集『仙台クロニクル』等、これまで45商品を企画出版。

 
「「今昔(こんじゃく)の写真を並べる」という『ここダネ!』のフレームはありますが、中身は変幻自在。それぞれの市民センターや館長さん、あるいは地域の方々がやりたいように変えることができます。地域のことは地域のみなさんが一番良く知っているので、そうやってそれぞれの地域に合わせて作ることで、古い写真に血が通い、いろいろな人に「関わりしろ」ができる。そのことが一番大切だと思っています。」

 
『ここダネ!』では、風の時編集部は「協力」という立場を守り、各市民センターが主催者として実施します。「写真が無い」という地域があっても、「たとえ1枚でも、まずは今あるものからスタートしましょう」と話すそうです。


佐藤さん:
 「写真を地域の人たち自身で集めることも大事です。私たちがこれまでに集めた写真を提供するとか、仙台市の広報課で持っているものを使ったりすることもできますが、魚屋のおんちゃんが「それなら俺の家にもあるよ」「この写真で抱っこされてるの、俺なんだよ」と持ってきた写真から会話が生まれることが大切。今の写真を撮るのもプロに頼むのではなく、市民センターの職員さんや中学生たちが自分で撮ることで、地域の写真がぐっと身近なものになります。小学校の展示で「中学生が撮った写真だよ」と伝えるだけで、子どもたちの興味の持ち方が変わるんです。クオリティを上げることよりも、そういう「体温」を大切にしたいと思っています。」

 

未来にバトンがつながるように

 
 パネル展の来場者に付箋にコメントを記入してもらい、写真の周囲に貼ってもらう手法は、佐藤さんが別の事業として関わってきた『どこコレ?』(※)でもおなじみです。でも、ただ付箋を置いておけばコメントを記入してもらえるわけではないといいます。
※どこコレ?:仙台市の古写真をせんだいメディアテークに展示し、来場者にコメントを書き込んでもらうことで場所や年代を特定する企画。NPO法人20世紀アーカイブ仙台とせんだいメディアテークが共同主催し、2013年から開催。


佐藤さん:
 「『どこコレ?』はメディアでもたくさん紹介していただき、全国の図書館などに広がりました。でも「仙台のように付箋が増えない」という声をたくさん聞きます。付箋は写真をきっかけにコミュニケーションを活発化するための道具ですが、それにもちょっとしたコツが必要なんです。」

昭和時代に撮影された写真をもとに話しが弾む来場者(2022年2月27日)
(提供:風の時編集部)

奥村さん:
 「『ここダネ!』の展示が始まってしばらくは、ちょくちょく見に行って「付箋増えましたね」「どんな声が集まりましたか」など、市民センターの職員さんとお話をします。来場者の方ともお話をして「それ、ぜひ書いてください」と促したり、時には私が代わりに書いたりして少し後押しをします。それで来場者の方から地元の話題が出てきたら、職員さんとバトンタッチ。そうするともう、お二人で話が盛り上がります。お話の「聞き方」がつかめれば、付箋も増えるようになります。「聞く」ことで、地域の方がもともと持っている記憶の断片やコミュニケーションのきっかけを「それですよ」と引き出す感じですね。
 この事業は、来場者が何人か、付箋が何枚集まったかが大事なのではなくて、そういう人と人の関係が作れたら成功だと思っています。担当の職員さんが来場者の方と話したことを事務所で共有して盛り上がっているのが聞こえたら「やった!」と思います。そうなれば、「次はこうしよう、ああしよう」というアイディアが職員さんたちから出てくるようになって、私たちがいなくなっても続いていくと思います。」


 今年度は、学校の地域学習や市民センターの講座で活用できるように『ここダネ!』のミニブックも制作予定。しかしそれはあくまで「例題集」で、「コツを掴んだらそれぞれの地域で発展させていってほしい」と風の時編集部では考えているそうです。


佐藤さん:
 「地域の記録を私たちが見られるのは、それを残してくれた人がいるから。江戸時代の人が描いた絵図を使ってまち歩きができたり、昭和30年代に商店のおじいさんが撮った写真が今の小学生のまち歩きに役立ったり。そういうバトンがずっとつながっていくようにしたいと思っています。そのためのツールとして、地域の定点写真を残していきたい。それぞれの地域でこのことを理解してもらえたら、形を変えながらもずっと続けていけるんじゃないかと思います。この楽しさを仙台じゅうに広げられたらいいですね。」

奥村さん:
 「私は仙台の出身ではないですし、勉強も得意ではないので、もともと「街の歴史」に興味はありませんでした。そんな私が『ここダネ!』に出会って、すごく面白くて楽しくて、街が身近になる感動を味わいました。だから、ターゲットはむしろ「街への関心が薄い人」なんです。今まで街のことなんて気にもしていなかったような人たちに「面白い!」と思ってもらえたら、そこから自然に広がっていくと思います。そうして自分の街を自然に語れる人が増えて、あっちでもこっちでも『ここダネ!』『ここダネ!』という会話がされるようになったらいいですね。」

 

執筆:谷津智里(Bottoms)、撮影:金谷竜真、編集:菅原さやか(株式会社コミューナ)

掲載:2023年10月6日 取材:2023年8月

この記事は、2023年度「持続可能な未来へ向けた文化芸術の環境形成助成事業」で実施されているプロジェクトを紹介するものです。