連載・コラム

事業レビュー|文化芸術に親しみやすくする為のアクセシビリティピクトグラムの開発事業

レビュワー:長津結一郎(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授)

「文化芸術を地域に生かす創造支援事業(地域助成)」では、観光、まちづくり、福祉、教育等の他分野との連携により社会課題と向き合う公益性の高い文化芸術活動や、市民に優れた文化芸術の鑑賞機会を提供する事業を支援しています。
本コラムでは、「文化芸術と社会の連携推進事業」として採択された事業の活動の様子や、その成果・課題等を、各分野の専門家によるレビュー形式で紹介します。

事業名:文化芸術に親しみやすくする為のアクセシビリティピクトグラムの開発事業
団体名:渡邉デザイン
活動期間:2025年6月21日から2026年3月15日まで

小さな文化事業を支える、インフラとしてのピクトグラム
——渡邉デザイン「アクセシビリティピクトグラム」事業

 2012年に施行された「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」(劇場法)や、2024年に合理的配慮が民間事業者にも義務化されたことなどに伴い、いま文化施設は文化愛好者のためだけの場所ではなく、多様な来館者への対応がより求められる時代になっている。とはいえ、「多様な」という言葉では一言ですまされがちだが、その先には無数の人たちがいる。たとえば、あるひとつの障害種別をとりあげたとしても、そこにあるニーズはどこまでも個別具体的だ。すべての多様性を包摂することは難しい一方で、それでも常に開かれた文化施設として在るために、全国の文化施設では試行錯誤が続いている。
 文化施設を利用しようとするときに現れる障壁もまた、多種多様である。来館者として鑑賞するうえでの障壁、アーティストや市民参加者として作品創作をするうえでの障壁、作品を発表するうえでの障壁……。そして、そのもっとも最初に現れる障壁が、そもそも文化施設自体にアクセスするための障壁だ。その文化施設は安全に訪れることができるのか、自分が行って迷惑にならないのか、設備はどうなっているのか。こうした疑問が少しでも払拭されない限り、文化施設は「みんなのもの」にはならない。だがその一方で、こうしたアクセシビリティに対応するための予算や人材は、どこの自治体でも十分であるとは言い難い状況でもある。
 今回お話をお伺いしたのは、仙台を拠点に活動する「渡邉デザイン」による、アクセシビリティに関係するピクトグラムの開発プロジェクトである。この取り組みは仙台の文化環境にとって、静かだが確かな変化をもたらしつつあるようにも感じられる。以降、渡邉デザインの渡邉竜也さん、本プロジェクトを手伝う 伊藤光栄さんにお伺いしたお話をもとに、その特徴や可能性について記していきたい。

ピクトグラム一覧

■使われることを前提とした基盤づくりへ

 そもそもの始まりは、デザイナーである渡邉さんが、2022年8月に仙台クラシックフェスティバル2022のプレ企画として実施された街なかコンサート「せんくら・リラックス・コンサート」のフライヤーデザインを請け負ったことにある。このコンサートに協力していた障害者芸術活動支援センター@宮城(SOUP)から、コンサートで行う配慮をピクトグラムで表現できないかと相談されたそうだ。渡邉さん本人としては、ピクトグラムとして完璧とはいえない仕上がりだったものの、参加者から「もっと広く使えるようにしてほしい」という要望が寄せられたことに手応えを感じたという。そこで、制作したピクトグラムを将来的に誰もが使えるようにするビジョンを抱き、オープンソース化を構想するようになった。
 行政の文化事業では、アクセシビリティをどのように表記するか困ったときに、とりあえずインターネットで適した図版を拾って使用することも多く見られる。しかし、その結果として、ちぐはぐなデザインになってしまい、ときにはむしろ混乱を招くことすらある。渡邉さんはこの現状を踏まえ、予算が潤沢でない団体でも、少し工夫すればアクセシビリティに向けた取り組みに一歩踏み出せるようになるのではないかと考えたのだった。そのハードルを下げるために、アクセシビリティに関するピクトグラムを仙台のニーズに合わせて制作し、誰もが使えるようにする、というプロジェクトを構想したのだ。
 2024年度は、文化施設だけでなく福祉団体、子育て支援に関わる方、LGBTQ+団体など、多岐にわたるヒアリングを通じて16種のピクトグラムを制作したことから始まったという。それに続く2025年度は、ピクトグラムの制作とあわせて、誰でも自由に使用してもらえるための基盤整備に向けた取り組みを展開しているという。ウェブサイトの構築、利用規約の策定、著作権やクリエイティブ・コモンズ・ライセンスの扱い方についての検討、使用を報告する仕組み、ピクトグラムを追加制作する際のルールづくりなど、デザイナーの通常業務を超え、制度設計の領域にまで踏み込んでいる。また実際に、文化施設やスポーツ施設、 行政イベントなどで利用例が徐々に増えているそうだ。

■多様なニーズが交差する場所で、デザインはどうあるべきか

 渡邉デザインのこのプロジェクトの特徴は、全国的に対応が比較的進んでいる障害のある人に関する取り組みだけでなく、アクセシビリティに困難を抱える可能性のある多くの層を対象にヒアリングを行っている点にある。子育て世代、高齢者、LGBTQ+、外国から来た人など、その悩みは粒度も方向性もまったく異なる。たとえばヒアリングを通じて、シニア層の多くは「ピクトグラムそのものをじっくり見ない」ことや、子育て世代は「授乳室」「子どもを落ち着かせる空間」「走らないよう促すサイン」などの実践的ニーズが多いことがわかった。LGBTQ+からは「色分けされた男女マーク」の是非などが議論になったという。
 こうした多様性を扱うとき、デザインは単に「全員に同じものを届ける」だけでは済まない。色分けをやめれば混乱が増すこともあるかもしれないし、古い建物の物理的制約ゆえに理想的な導線や設備が実現できないこともある。「誰にも伝わるデザイン」を目指しても、実際には誰にとっても完璧ではないデザインになってしまうのだという。
だからこそ渡邉さんは、「意地悪な自分を隣に置く」という。

 「よく誰もがまず言うこととしては、『いかに客観的になるか』はあると思うんですけど、さらにいうと、意地悪な人を自分の隣に置いておいて作る感じ。形としてはこっちのほうが好きだけど、意地悪な分身がどんどん突っ込みを入れると、『そこはもしかしたら分かりにくいかもしれない』みたいなことを、何となく頭の中でやっていって。『じゃあ分かりやすくするなら、指はもこもこしたほうが手の甲に見えるかな』『こっちのほうがスッキリしてる気もするんだけど、どうかな』っていうのを、頭の中でやり取りしながら作ってるのかもしれないです」

 個人的な好みをあえて抑え、常に「それ、本当に誰にでも分かる?」と自問し続けること。それはオーダーを受けて製作をする時のデザイナーとしては当然の態度かもしれないが、同時にそれは単に「わかりやすい」とされる記号を提供するだけでなく、地域の人々にとっての安心をつくるための態度でもある。渡邉デザインの取り組みは、つねに他者の目線とともにあり、誰かにとっての当たり前をすこしだけ突き崩すことによって形づくられている取り組みなのだと感じた。

実際にピクトを使用したチラシ

■ピクトグラムがチェックリストとなり、文化施設の思考を変えていく

 もうひとつ興味深かったのが、渡邉デザインのピクトグラムを並べて見ることで、それ自体がアクセシビリティのチェックリストのように機能するように感じられたことだ。アクセシビリティに詳しくない文化施設や小さな文化団体にとって、アクセシビリティを担保するための全体像が見えることは大切だろう。
「このイベントは光が強いから、暗さのピクトが必要だな」
「子どもが多いから、走らないよう促すピクトがあるといいかもしれない」
「声を出していい/途中入退場可をちゃんと伝えたい」
「補助犬のトイレ、うちの館には確かにないな……」
と、主催者は取り組みの選択肢の中から自分たちのできることを点検することができる。理念やスローガンだけでなく、具体的な実務の中でアクセシビリティが生まれる文化を育てる点にこそ、この事業の価値があるように感じた。

 芸術文化のアクセシビリティは、法律やハード面の設備だけで実現するものではなく、その場をつくる人びとの態度や、小さな工夫の積み重ねによってかたちづくられる。渡邉デザインの挑戦は、まさにこうした「実務としての文化政策」を支えるものであり、仙台の地域文化の未来を支えるインフラとなっていくことを期待したい。

掲載:2026年5月28日

長津 結一郎 ながつ ゆういちろう
多様な関係性が生まれる芸術の場に伴走/伴奏する研究者。専門はアーツ・マネジメント、文化政策。障害のある人などの多様な背景を持つ人々の表現活動に着目した研究や実践を行なっているほか、ワークショップに関する教育、演劇・ダンス分野のマネジメントやプロデュース、事業評価などにもかかわる。著書に『舞台の上の障害者-境界から生まれる表現』『アートマネジメントと社会包摂』など。アートミーツケア学会代表、日本文化政策学会理事、文化経済学会〈日本〉理事、日本アートマネジメント学会運営委員。文化庁・厚生労働省障害者文化芸術活動推進有識者会議構成員。2026年4月より東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授。