まちを語る

その55 刈谷 円香さん(ダンサー・モデル)

その55 刈谷 円香さん(ダンサー・モデル)

秋保・錦ケ丘
仙台ゆかりの文化人が、その地にまつわるエピソードを紹介するシリーズ「まちを語る」。今回はダンサー・モデルの刈谷円香さんが、家族や友人、カンパニーの仲間と巡った思い出の地・秋保と、生まれ育った錦ケ丘を巡ります。
 5歳からクラシックバレエを始め、日本だけでなくアメリカなど海外のコンペティションでも多くの賞を受賞している刈谷さん。16歳の時にドイツで唯一の州立ダンス大学である「ドレスデン・パルッカ・シューレ」に留学。卒業後はスイスでの活動を経て、世界でも人気の高いコンテンポラリーダンスカンパニーのひとつ、オランダ・ハーグの「ネザーランド・ダンス・シアター」に所属。2025年1月に退団し、現在はオランダを拠点にダンサー、モデルとして活躍している。
 そんな刈谷さんにとって秋保は、日本に帰国したときに必ず立ち寄る場所。幼い頃から家族でよく秋保温泉に行っていた思い出があり、心身のリラックスとリフレッシュに欠かせない場所になっている。
湯の橋を渡りながら、「秋保の温泉街というと、この赤い橋を思い浮かべますね」と語る刈谷さん。
▲湯の橋を渡りながら、「秋保の温泉街というと、この赤い橋を思い浮かべますね」と語る刈谷さん。
 刈谷さんが秋保を訪れるとき、必ず立ち寄るのが温泉。そのあと、ランチを食べたり買い物をしたりと秋保散策をしているという。
 「今は夏ですが、私は冬に来るのも好きです。雪を見ながら温泉に入るのは日本ならではの体験だし、格別の気持ちよさがあります。だけど、秋保の温泉はどこも眺めがきれいなので、緑が深い夏も素晴らしいし、秋に訪れたときには紅葉を眺めながらの温泉もとてもよかった。これまでは夏と冬に仙台に帰ってくることが多かったのですが、今年からフリーランスになったので、今後はいろいろな季節に秋保を訪れたいです」。
磊々峡(らいらいきょう)の遊歩道を散策。「仙台の中心部からそんなに離れていない場所なのに、こんなに緑が繁っていてきれい。そこが仙台のいいところですよね」。
▲磊々峡(らいらいきょう)の遊歩道を散策。「仙台の中心部からそんなに離れていない場所なのに、こんなに緑が繁っていてきれい。そこが仙台のいいところですよね」。
ゆっくりと遊歩道を歩くのは、実は今回が初めてとのこと。「いつもは橋の上から眺めるだけでしたが、水がきれいだし、岩の造形も美しいですね。秋保大滝から流れ落ちた水がこの川に流れ込んでいると聞きました」。
▲ゆっくりと遊歩道を歩くのは、実は今回が初めてとのこと。「いつもは橋の上から眺めるだけでしたが、水がきれいだし、岩の造形も美しいですね。秋保大滝から流れ落ちた水がこの川に流れ込んでいると聞きました」。
 所属していたオランダのカンパニー(ネザーランド・ダンス・シアター)が来日公演をしたときも、仲間とともに秋保を訪れた。その時に立ち寄ったのが、カフェレストラン「アキウ舎」だ。「温泉旅館に泊まった帰りに、みんなで立ち寄りました。以前、母とこのお店に来てとても気に入ったので、仲間たちと行くならここ!と決めていました」。
アート作品の展示やライブも行われているアキウ舎。「いつかコラボレーションができたら」と、アキウ舎のオーナー・千葉さんと話が弾む。
▲アート作品の展示やライブも行われているアキウ舎。「いつかコラボレーションができたら」と、アキウ舎のオーナー・千葉さんと話が弾む。
 カンパニーの仲間たちと一緒に食べたのは、「秋保採石ショコラ」。ホワイトチョコをベースにしたクランチだ。その食べ方はユニークで、秋保石に見立てたチョコレートを木づちで割りながら食べ進めていく。「みんなでシェアできるし、割って食べるなんて楽しそう!と思ってオーダーしたんです。味もとても美味しかった」。
「秋保採石ショコラ」に合わせるのはアキウ舎ブレンド。コロナ禍以前はお客さん自身が石臼でコーヒー豆を挽くことができ、刈谷さんも仲間と一緒に豆を挽いていただいたという。
▲「秋保採石ショコラ」に合わせるのはアキウ舎ブレンド。コロナ禍以前はお客さん自身が石臼でコーヒー豆を挽くことができ、刈谷さんも仲間と一緒に豆を挽いていただいたという。
店員さんから「木づちの角で叩くと割りやすいですよ」とアドバイスを受けコツをつかむ。「いろんなサイズにしながらシェアできるのがいいですよね。このザクザクした歯応えも気に入っています」。
▲店員さんから「木づちの角で叩くと割りやすいですよ」とアドバイスを受けコツをつかむ。「いろんなサイズにしながらシェアできるのがいいですよね。このザクザクした歯応えも気に入っています」。
 このお店は、かつての秋保町長が住んでいた江戸時代後期の古民家を改装したもの。地元の住民から寄贈されたテーブルや仙台箪笥など趣のある家具が置かれ、モダンなデザインの照明やインテリアと調和している。クラシカルな日本のアイテムを見つけては、刈谷さんが興味を寄せる。「祖母の家を取り壊すときに、祖母が使っていた茶箪笥をどうにかしてオランダの自宅に持って帰れないかと考えたんです。結局はサイズが大きすぎて船での輸送を断念したのですが。こんなふうに古いものと新しいものを混ぜたインテリアが大好き。だから、アキウ舎の空間にはとても憧れます」。
 刈谷さんの自宅には、「秋保ヴィレッジ」で購入した秋保石のコースターが置いてあるという。「秋保石は密度の粗い石なので、そのくぼみを活かしてお香立てとして使っています。日本のアイテムを身近に置いておくのが好きですね」。

 この日はアキウ舎横にオープンした新店舗にも訪問。アキウ舎のオーナー・千葉さんから、かつて馬小屋だった建物を改修し店舗に生まれ変わらせたこと、この店では形がいびつなことで販売に至らない秋保産の無農薬野菜を使ったお菓子を販売することなどを聞いた。「千葉さんがやっていることは、まさに秋保の様々な魅力のコラボレーションですよね。私はアーティストとしていろいろな分野のアートとコラボレートすることが好きなので、とても刺激を受けましたし、なおかつ環境へのより良い循環を作っている活動に感銘を受けました」。
刈谷さんが手にしているマグカップは、秋保を拠点としている陶芸家が制作したもの。こうした器をはじめ、店内に飾られたアート作品や置物をじっくり眺めていた。
▲刈谷さんが手にしているマグカップは、秋保を拠点としている陶芸家が制作したもの。こうした器をはじめ、店内に飾られたアート作品や置物をじっくり眺めていた。
 温泉街から車を西に走らせ、秋保大滝へ。秋保大滝も、刈谷さんにとっては家族でよく散策を楽しんでいたスポット。雪に覆われた滝の景色も、夏の暑い日に見た滝の風景も、刈谷さんのお気に入りの景色。
 滝見台へ向かう途中、野草を扱う店舗の前を横切ると「祖父が体調を崩した時に、祖母がドクダミでお茶を淹れていたのを思い出しました」と話す刈谷さん。秋保に散らばる様々なエッセンスが、思い出とリンクしていく。
大滝不動堂にご挨拶。見事な彫刻が施された柱や立派な軒を設えた御堂の内部には、東北最大級の不動明王が祀られている。寺社仏閣めぐりも刈谷さんの趣味の一つ。
▲大滝不動堂にご挨拶。見事な彫刻が施された柱や立派な軒を設えた御堂の内部には、東北最大級の不動明王が祀られている。寺社仏閣めぐりも刈谷さんの趣味の一つ。
 秋保大滝不動尊の参道を抜け、滝見台へ。「遊歩道を降りて、滝壺近くまで行くこともありますよ。以前、真冬の雪深い時期に来たときには、景色が美しい反面、階段が雪で埋まっていて怖かったです(笑)」。
しばらく晴天が続いていたが、取材日には豪快な水の流れで轟音を響かせていた秋保大滝。刈谷さんもその壮観な姿に目を見張っていた。
▲しばらく晴天が続いていたが、取材日には豪快な水の流れで轟音を響かせていた秋保大滝。刈谷さんもその壮観な姿に目を見張っていた。
 秋保大滝の周辺にそびえる山々を眺めながら、刈谷さんは「やっぱり私、山が好きなんですよね。緑の中にいると元気が出ます」と言葉にした。緑豊かな錦ケ丘で育ったことも影響しているかとたずねてみる。「はい、それはあると思います。オランダは真っ平らな道が多く山があまりないのですが、イタリアまで行くと山が見えてくるから、それだけでうれしくなります。ああ、山だ!って(笑)。その点、秋保や錦ケ丘はどこを見ても山ばかり。だから仙台に帰ってくると元気が出るんですよ。何か記憶に刻まれているものがあるんでしょうね」。

 緑豊かな山々から受け取ったエネルギーを携えて、次は刈谷さんの地元・錦ケ丘エリアにあるサイカチ沼と月山池周辺に向かう。獣道のような細い道を、生い茂る木々を分け入るように進んでいくと、急に視界が開けキラキラとした水面の月山池が現れた。
「ここは、ボーッとするのにいい場所なんですよ。木漏れ日が気持ちいい道を歩きながら、友人とお互いの近況報告をすることも多いです」。
▲「ここは、ボーッとするのにいい場所なんですよ。木漏れ日が気持ちいい道を歩きながら、友人とお互いの近況報告をすることも多いです」。
 ここも、幼少期にお弁当を持って遠足で訪れたり、友人と散歩をしたり、刈谷さんが幼い頃から慣れ親しんだ場所。最近では写真が趣味というお父様と一緒に、この周辺にある滝を見に行ったという。「この場所に来るたびに、“こんな道があるんだ”“このルートも散歩できる”と再発見がありますね。一度海外に出たからこそ、この場所でしか感じられない時間の流れ方や空気のおいしさを感じます。実家がこんなにゆっくりできる場所にあることに、すごくありがたみを感じるようになりました」。

 自然が生み出す様々なものは、刈谷さんの心を満たすだけでなく、ダンサーとしての表現にも影響を与えている。景色はもちろん、鳥や虫の声、木々の葉が揺れる音、心地よく吹き抜ける風の音までも、その体を取り巻く様々な音がダンスを踊る際のインスピレーションになっているという。「近くで感じる音も、遠くからかすかに聞こえてくる音も、いろんな音が自然のオーケストラのように思えて、自分が研ぎ澄まされていく感覚になります。都市の騒音がない状態でこうした音にどっぷりつかれる環境で、アーティストとしてのセンサーが磨かれていくようです」。
緑の中を駆け回った幼い頃の思い出を楽しそうに語る。「こんなに自然豊かな場所で育ったことがすごくうれしい。もし東京で育っていたら、今はどんな私になっていたんでしょうね」。
▲緑の中を駆け回った幼い頃の思い出を楽しそうに語る。「こんなに自然豊かな場所で育ったことがすごくうれしい。もし東京で育っていたら、今はどんな私になっていたんでしょうね」。
 さらに、刈谷さんが考えるダンサーとしての真髄についても話が及ぶ。
「踊りは、自分がいるそのときの場所や空間と、私の体の関係性、空間と音楽との関係性で成り立っていると考えています。だから、自分のセンサーが研ぎ澄まされる感覚を知った上で踊るのと知らずに踊るのとでは、まったくの別物。肥料がなければ植物が育たないのと同じです。景色や音から感じるものを新しい学びとして取り入れることでアーティストとしての幅が広がりますが、その原点こそがこの場所。だから、いつも仙台に帰りたくなるんですよ。そんな場所で育ててもらったなんて、ありがたいことですよね。仙台出身で良かったなと思います」。

 今後は、ダンスを通じたヨーロッパと日本との架け橋を目指す。「ヨーロッパにおけるダンスの歴史やムーブメントを日本に主張するのではなく、お互いに高め合いたい。そう考えたときに、“架け橋”という役割にパッションを感じました」。 
 日本でのコンテンポラリーダンスの普及は、刈谷さんが留学した頃からほぼ変化がないという。「だからこそもっと盛り上げたいし、今活動しているアーティストもバックアップしたい。子どもたちには、もっとダンスを見て、ダンスに触れられる機会を増やしてあげたいと思っています。ワークショップの機会がさらにあるといいですよね。そういうワクワクできることを、いろいろ企画しています。今は東京でのダンスフェスティバルを企画しているところなんです。いずれ仙台での公演もできたらなと思っています」。

掲載:2025年9月19日

取材:2025年7月

取材・原稿/及川 恵子 写真/寺尾 佳修

刈谷 円香 かりや・まどか
仙台市出身。幼少期からクラシックバレエを始め、2009年に若手のダンサーを対象にした世界最大の国際バレエコンクールおよび奨学金プログラムである、ユース・アメリカ・グランプリ ニューヨーク決戦にて銀賞とスカラシップ賞を受賞。2009年に留学のためにドイツに渡り、大学在学中にドイツ学術交流会から優秀な人材に贈られる奨学金を授与され、学士号も取得した。2014年、ネザーランド・ダンス・シアターⅡに入団。さらに2017年にはネザーランド・ダンス・シアターⅠに昇格入団を成し遂げた。2025年の退団後はオランダを拠点にダンサー・モデルとして活躍中。2021年には宮城県芸術選奨新人賞を受賞している。