連載・コラム

事業レビュー|今昔写真でまちの魅力を新発見し、地元学のタネを多世代で育てるアーカイブ事業「ここダネ!」

レビュワー:松本 大 (東北大学大学院教育学研究科)

2024年度に新たにスタートした助成事業「文化芸術を地域に生かす創造支援事業」。観光、まちづくり、福祉、教育等の他分野との連携により社会課題と向き合う公益性の高い文化芸術活動や、市民に優れた文化芸術の鑑賞機会を提供する事業を支援しています。
本コラムでは、「文化芸術と社会の連携推進事業」として採択された12の事業の活動の様子や、その成果・課題等を、各分野の専門家によるレビュー形式で紹介します。

事業名:仙台の今昔写真をもとにまちの魅力を多世代で新発見し、地元学のタネをノーマライゼーションに育てるアーカイブ事業「ここダネ!」
団体名:風の時編集部
活動期間:2024年6月24日から2025年3月15日まで
参考URL:https://ssbj.jp/support/grant/report/13130/
1.事業の概要
「ここダネ!」とは

 事業を主催した風の時編集部によれば、本事業は「地元の良いところを知り学ぶタネをまき、学びの地産地消を始める」事業であり、「自分のまちの魅力を発見し学ぶためのサポート」を軸とした事業である。今年度は仙台市立上杉山中学校との連携のもとで、「今昔定点撮影写真をベースとしてまちの魅力を再発見するプログラム」を実施している。

定点撮影会

 具体的にこのプログラムは、大きく3つの段階を辿っている。第一段階として、定点撮影会である(2024年10月4日、10月11日)。定点撮影会では、中学生有志が、昭和時代に撮影された上杉山中学校周辺の写真と同じ場所で同じ構図の写真を撮影する。

 定点撮影会には次の3つの特徴が存在する。1つ目に、ここでは昔の写真の人の動き、配置、画角を再現することが目指される。生徒は、昔の写真と同じ場所で同じポーズを取ってみたり、画角を再現するためにしゃがんだり肩車をしたり、この工夫が生徒の楽しさを生む。2つ目に、昔の写真を再現するためには現地に足を運んで撮影することが必要となる。現場だからこそ経験できる地域の空気感を生徒は味わいながら、地域において変化したこと/していないことを掴み取ろうとする。3つ目として、生徒は、昔と同じ場所の写真を撮影するために住民に話を聞き情報を収集する。行ったことがない場所やお店に足を運び、昔と同じ場所を探したり、当時の話を聞いたり、撮影の許可を得たりする。地域の大人と話をしたり交流をしたりするという経験は、生徒にとって非日常的な学習経験としてあらわれる。このように定点撮影会とは、単に昔と同じ場所の写真を撮影するという結果だけを重視するものではなく、その撮影に至るまでの地域学習のプロセスが重視されているプログラムであることがわかる。

古写真をもとに現在地の様子を撮影(2024年10月11日)
写真セレクト会とPOP製作会

 第二段階として、定点撮影会後に生徒たちは写真セレクト会とPOP製作会を行う(2024年11月6日)。写真セレクト会にて生徒たちは、話し合いをとおして、それぞれが撮影した写真から昔の写真をもっとも再現している写真を選ぶ。写真を決めたのち、POP製作会にて、その写真で伝えたいことをキャプションやPOPで端的に表現する。これら写真セレクトとPOP製作で重視されているのは、言葉によるコミュニケーションと表現である。自身の思いを言葉にすること/語り合うことが生徒に高い学習効果をもたらすと言える。

今昔定点写真をもとに生徒自らキャプションとPOPを作製
パネル展示

 最後の第三段階において、キャプションやPOPがついた写真がパネルとして展示される。2024年度は、上杉山中学校(12月)、上杉山通小学校(12月)、上杉コミュニティ・センター(2月)の3ヶ所でパネル展が実施されるとともに、上杉コミュニティ・センターでは最終日にトークセッションが行われ、パネルをとおした生徒と住民との直接的なコミュニケーションもなされている。筆者は上杉コミュニティ・センターで行われたパネル展とトークセッションに参加したが、住民から昔の風景を懐かしんだり中学生の行動を評価したりする肯定的な意見が続出し、世代を越えて地域の一員としての意識を共有する空間が形成されていた。中学生の写真撮影から始まった本プログラムは、地域の暮らしに根づく文化を生徒と住民が協働でつくり育てる学びとして結実していったと言える。

中学生と地域の方々による「ここダネ!」パネル展トークイベント(2025年2月15日)
2.事業の評価
「地域を知る」「シビックプライドを醸成する」

 事業計画書によれば、本事業では学校での実施をとおして「地域を知る」「シビックプライドの醸成」の2つの効果の達成が期待されていた。筆者としては、この2つの効果は生徒と住民双方において達成されたと指摘できる。第一に、生徒にインタビューしたところ、「昔を知ることが出来て良かった」「聞き込みをして住民が嬉しそうに話してくれたのが良かった」「上杉山中に対して熱い思いを抱えている人がいることを知ることができた」などといった感想があった。第二に、中学校教頭に話を伺うと、「生徒たちは自分のためではなく地域のために行動できるようになった」と指摘されていた。第三に、住民に関していえば、パネル展でのアンケートにおいて「歴史の1コマに存在できたことが嬉しく思います」「自分の知らない昔のことを知ることができた」「昔の上杉を知らなくても、見ているだけでも面白く、まちについて気づくことがたくさんありました」などといった感想が寄せられている。これらの語りやアンケートは、本事業が地域への愛着を深めたり、住民としてのアイデンティティを確認したりするきっかけになっていることを示唆している。生徒と住民両方について、地域における昔の暮らしを知る・感じるといった経験は、情緒的な気づきとして経験され、そのことが人びとの地域への帰属意識や誇りを高める効果につながったと指摘できる。

地域の文化を育む世代間交流の形成

 本事業では、中学生を起点に特に祖父母世代との交流が活性化しており、世代間交流も達成されたとみることができる。例えば住民が学校に資料を提供してくれたり、住民から写真の構図が事実と異なると教えられ撮り直すこともあったり、地域での聞き取り時にお世話になった喫茶店に生徒とその家族が客として足を運ぶようになったり、本事業をとおして生徒・学校・住民との相互作用が活発になったといえる。

 このような世代間交流の活発化の要因となっているのが、風の時編集部による仕掛けの工夫である。風の時編集部によれば、「上の世代が昔の写真をもとに地域の文化を生徒に教える」のではなく「昔の写真について生徒から上の世代に発信する」ことが重要であるという。「上の世代が上から教える」形式では生徒は興味を持ちにくく、上の世代自身も自分たちが知っていることを教えるだけであるので気づきが生じにくい。一方、生徒が上の世代に発信する場合、上の世代にはない「ヨソモノ」的な新しさをもつ生徒の視点が住民に気づきや発見をもたらすことになる。生徒は生徒で、地域の文化に固有の用語などはインターネットで検索しても答えはなく、地域の大人に聞くしかなくなる。このように地域の文化において新参者である生徒を出発点に据えることで、生徒と大人の世代間交流は地域の文化をめぐる相互の学びあいに基づく世代間交流へと発展したといえる。

第2回定点撮影会におけるフィールドワークリサーチ中(2023年10月14日) ※前年度事業記録より
3.写真が媒介する地域の学びと文化

 最後に、本事業における写真それ自体の意義について簡単に指摘したい。本事業において写真は、多様なものをつなぎ媒介するツールとなっており、生徒と住民が地域の文化を学び育むうえで重要な役割を果たしている。

 第一に、本事業において写真はコミュニケーションを媒介するツールとなっている。1つには、撮影がコミュニケーションを媒介する。もう1つには、パネル展がコミュニケーションを媒介している。つまり撮影やパネルをとおして、生徒同士、生徒と住民、さらには住民同士が出会い、語り、地域の文化を学びあっている。

 第二に、写真は生徒と地域の生活文化を結びつける。風の時編集部への聞き取りを踏まえると、生徒と生活文化を媒介するうえでの写真の利点を次の3点として説明できる。1つ目に、写真は日常の生活文化に近い存在であるために生徒が利用しやすい。2つ目に、写真をとおして、生徒は地域の生活文化を視覚的にイメージしやすくなる。3つ目に、多くの学校は学校誌などの媒体も含め地域の昔の写真を豊富に有している。つまり学校や地域にとって写真は利用しやすい資源である。本事業のようなプログラムは上杉地区以外の地域においても実現できる可能性をもっている。

 第三に、本事業において写真は人びとと学習とを媒介している。ここでいう学習とは、地域の文化に関する生徒と住民との協働的な学びであり、地域に住む人びとの地域の一員としてのアイデンティティ形成という学びである。

 このように本事業は、地域の写真を媒介にすることによって生徒・学校・地域といった多様な主体の協働による暮らしに根づいた学びをつくり、その学びによって地域の文化を育む事業であると評価できる。上杉地区における今後の展開はもちろんのこと、他地域での実践も期待したい。

※写真は全て風の時編集部提供

掲載:2025年6月27日

松本 大 まつもと だい
東北大学大学院教育学研究科准教授。専門は社会教育・生涯学習・成人教育。個人の生活史や語りを手がかりとして、現代社会における成人の学習の意義や課題について研究している。特に、学習が人々の人生や生活を力づけるうえでどのような役割を果たすのか、地域社会との関わりに注目しながら成人の学びがもつダイナミズムを理論的・実証的に探究している。主な著書に『教育のあり方を問い直す―学校教育と社会教育―』(東信堂, 2019, 共編著)などがある。