インタビュー

日々ともにある
実用と装飾の仙台箪笥

暮らしの道具として使われている仙台箪笥(たんす)を見る機会は、あまりない。しかも、押し入れに据え付けられた仕込み箪笥となると、なおのこと。どうすれば愛用されている箪笥と出合うことができるのか。人から人へ、手がかりを頼りにお願いし、仕込み箪笥を使っているお宅に伺うことができた。訪ねたのは、鹽竈(しおがま)神社の門前町にある味噌醤油醸造元である荻原勝さんのお宅。当日は、室内意匠と生活道具の歴史がご専門で、仙台箪笥にも詳しい東北工業大学名誉教授の庄子晃子先生にご同行いただいた。箪笥を前に語り合うと、そこには何代にもわたる家族の歴史の思い出が……。箪笥を通して、家族の幸せを願う思いまでうかがい知る貴重な機会に恵まれた。
(監修:大谷美紀)

お蔵入りしていた高祖母の婚礼箪笥を
仕込み箪笥として居間の中心に

玄関を入って正面の間にある仙台箪笥はもちろんですが、神棚も立派ですね。

荻原:
塩竈は漁業の町であり船主さんも多く、そのお宅の神棚ともなると、すごかったらしいです。うちの神棚は屋根が付いており、一軒の家のような感じですが。この家が建てられた江戸末期からある神棚のようです。こういう神棚を作りたくて、この家を造ったんじゃないかと思います。
当初は料亭だったらしく、30年ぐらい営業した後に、初代の荻原嘉蔵(かぞう)が買い取ったと聞いています。建物としては170年を超えているのではないかという話です。

居間に祀られた大きな神棚が、5代にわたる家族を見守ってきた。

神棚と仕込み箪笥があるこちらの間は、どのような使われ方をされているんですか。

荻原:
茶の間、居間ですね。客間にもなります。ここにある箪笥は、もとは居間と店舗の間にある納戸にあったんです。私が店を継いだ35年ぐらい前に、納戸を事務所に変えたんですね。それで、納戸にあった箪笥を居間に据え付けました。
このくらい存在感のある箪笥が、神棚に合うと思いまして。神棚の下に箪笥を入れたくて、ここにあつらえたんです。

庄子:
この箪笥を入れる前は、神棚の下はどうなっていたんですか。

荻原:
板戸の押し入れでした。箪笥の幅が、ちょうど合ったんです。箪笥の高さが足りない部分には、大工さんが新しい材木を足して、上段と下段を分けるように細工してくれました。仏壇は、祖父が亡くなった60年前ぐらいに据えました。そこも、もとは押し入れでした。

庄子:
仙台箪笥が家を下から守って、神棚を支えて、仏壇をともにする、いいお考えでしたね。この空間全体が素晴らしいです。

本当に壮観です。こちらの箪笥は、いつからあるのですか。

荻原:
この箪笥を持って嫁入りしたのが、私のひいひいばあさんです。生きていれば、150歳くらいかな。仙台の町場から来たんです。南町通の近くにある、教楽院丁(きょうらくいんちょう)という辺り。おばあさんの父親は伊達藩の御殿医を務めたと聞いています。

ひいひいおばあさまのころから、箪笥は納戸に置かれていたのでしょうか。

荻原:
だと思いますね。大きいので適当には置けない。しょっちゅう使うものでもないので、しまい込んでしまったのだと思います。箪笥を装飾として見せようとはしていなかったですね。私が引っ張り出してくるまでは、お蔵入り状態でした。

居間の中心に箪笥を移そうと思われたのは、なぜですか。

荻原: 
いやあ、カッコいいなと思ったんですよ、このたたずまいが。カッコいいと思ったのは、大人になってからですけどね。小さい頃、納戸は電気もつかない暗い部屋で、怒られたときに閉じ込められるところだったんですよ。そうすると、真っ暗の中にこの箪笥がビカビカ光って、怖さが倍増するんです。大人になってみたら、普通の箪笥にはない金具ですし、これは、ただ衣服をしまうだけの箪笥じゃないなと思い始めましたね。

神棚の下にある押し入れに仕込んだ仙台箪笥。脇には仏壇も祀られている。庄子先生はそこに「神仏を敬う精神の世界と、実用性と室内装飾を兼ねた箪笥の融合」を見て取る。

箪笥の色つやも良いですね。お手入れは、どなたがされてきたのでしょう。

荻原: 
納戸にあった頃は、祖母が箪笥から着物を出し入れするときに拭き掃除したぐらいだと思いますね。居間に置いてからは、私が月1回くらい思い付いた時、から拭きしています。椿油やくるみの油がいいと聞きますけども、あまりいろんなものを付けて磨かない方がいいと塗師(ぬし)さんから教えられたので、から拭きです。塗り直しするときれいになるよっていう話ですけど、昔からの色を落としたくなかったので、塗り直しはしていないんです。今の質感が、ちょうどいいなと思って。

金具もさびなかったんですね。

荻原: 
そうですね。それこそ30年前、地域の排水管の工事と大雨が重なり洪水になって、箪笥が上まで水につかりました。濡れると引き出しが開かないんですよ。だからもう、この箪笥は捨てなきゃならないかなと思ったら、乾いてくると徐々に引き出しが動くようになってきました。全部の引き出しを洗って、干したら、また使えるようになったんです。
東日本大震災で津波を被ったお宅の中には、仙台箪笥を手放してしまったところがいっぱいあるけれども、たぶん諦めるのが早かったお宅もありますよね。あの時は、箪笥どころではなかったですからね。

かんざし、祖母や母の着物など
代々の貴重な品を大切に収納

箪笥に入れるものは、変わってきていますか。

荻原: 
いえ、納戸に入っている当時から、大切な着物などを入れていましたね。最近のものを入れて使うことは、今でもありません。

鹽竈神社に参拝されるときの羽織はかまなどですか。

荻原: 
それもありますけど、父は神輿(みこし)のお供によく付いて歩いたので、祭りの装束の裃(かみしも)が入っています。あと母や祖母の着物とか、私の七五三の着物とか。七五三の着物は、この間、孫が生まれたときに着せました。

それは、良い記念になりそうです。箪笥の引き出しによって、この段には着物など、決まりはあるのでしょうか。例えば、閂(かんぬき)があるところには?

荻原: 
どの引き出しに何を、という決まった入れ方はないですね。閂のところだけでなく、鍵は全部かかるようになっているんですよ。今は鍵がないので、開け閉めはできないんですが。一番上と一番下の引き出しには独自の鍵があって、2段目、3段目は、縦棒になっている閂にも鍵穴があったはずです。あと、真ん中の小引き出しにも鍵穴がありますね。小さい頃は、箪笥の鍵も南京錠の鍵などと一緒に束になっていたんです。南京錠を使わなくなって、いつの間にかなくなっちゃいました。鍵でガチャッと開けてみたいですよね。

引き出しが開かないようにはめ込まれた棒状の閂は、鍵の一種。上部に鍵穴も付いている。

はい、開けてみたいです。閂を外すことはあるんですか。

荻原: 
中のものを出すことがほとんどないので、縦にはまっている閂は今回、本当に何年かぶりに外しました。

一番貴重なものは、やはり真ん中の扉のところに入れられるのでしょうね。

荻原: 
そうですね、真ん中は貴重品入れですね。祖母が着物を出したときに、虫干しみたいにしたのかな。小さい頃のぞいたことがありますけどね。それこそ何十年前に開けて、それ以来、開けていないですね。べっ甲のかんざしとかが入っていました。でも、当時は興味がないから、ああそうかで終わってしまいましたけどね。

この中央の扉は、開くのでしょうか。

荻原: 
開きますよ、ちょっと開けてみましょう。

扉を開くと箪笥が作られた当時の漆塗りが現れた。引き手の形は、扉の内側が「蕨手(わらびて)」、外側が「木瓜(もっこ)」と異なる作り。

あぁ扉の中は色が違いますね。これが、もともとの色でしょうか。

荻原:
納戸から出した30年前は、全部がこの色でした。光に当たることで徐々に日に焼けてきたんでしょうね。直射日光が入ってこなくても、納戸の真っ暗さに比べれば、今の場所は断然明るいので。
引き出しの中に入っているのは‥‥‥、書類ですね。この木箱に入っている短冊は、和歌を書くものかな。小判は入っていません(笑)。

嫁入り道具がいくつか収まっていたんですね。

庄子: 
ひいひいおばあさまは箪笥だけではなく、おめでたい道具を箪笥の中に入れてお嫁に来られたということでしょう。民俗学ですね、生きた箪笥は。豊かな気持ちになります。そして、上段にある大きな引き出しの金具も、鶴の文様が「あ・うん」になっているんですよ。

荻原: 
下の金具の亀も「あ・うん」です。嫁入り道具なので金具は、上段が鶴、下段が亀なんですよ。それで閂の棒の部分が、松竹梅。拭き掃除をしていると、すごい技が詰まっているなと思いますね。向かい合った鶴とか、いいじゃないですか。

庄子: 
鶴と亀に、松竹梅、すべての日本文化が入っている。お嫁入り道具だから、おめでたい文様なんですね。楽しくて、いつまでも拝見していたくなりますね。
箪笥の裏のどこかに、文字が書いてあったとかはないですか。

荻原: 
作った方のですか。なかったんじゃないですかね。でも、たぶん門間箪笥さんじゃないかと思うんですけどね。

庄子: 
そうでしょうね。ひいひいおばあさまのご実家から近いから。門間箪笥店さんの居間にあった仕込み箪笥の金具も素晴らしいですものね。

荻原: 
門間箪笥さんが見れば、たぶん「うちのだ」ってわかるかもしれないですね。
ところで、皆さんは「いのめ」ってご存じですか。「猪」の「目」と書いて「猪目」。それがいっぱいあるんですよ。神社によくある文様なんですが。

打ち出し金具は、上段が夫婦円満の吉祥文様である「向かい鶴」。閂と中央の小引き出しは、左側から順に「松竹梅」の文様になっている。
縁起の良い松竹梅の図柄。向かい竹の文様と、引き手の木瓜形も呼応している。

「猪目」、どこでしょう。

庄子: 
ハートに見えるところ。今の若い人たちは「猪目」をハートと勘違いするんですが、それが「猪目」なんですよ。

荻原: 
四隅が全部、猪目だと思います。

庄子: 
神社によくある文様で、日本に昔からハート形があったのかと思われがちなんですけど、あれが「猪目」なんです。ほら鹽竈神社にもあるでしょう。

荻原: 
今度、鹽竈神社の猪目を探すツアーがあるんですよ。X(旧Twitter)で情報が回ってきたので「仙台箪笥にも猪目がいっぱいありますよ」って写真を撮って送りました。

庄子: 
やっぱり相手をおとなしくさせるというか、そういう力を持っていると思って猪目にしたんですね。

イノシシの目に由来するとされる「猪目」は、魔除けや福を招くといわれる。神社仏閣の建築装飾や錺(かざり)金具をはじめ、仙台箪笥の金具にも取り入れられている。

家族の祝儀、不祝儀に
仙台箪笥をしつらえた空間に集う

庄子: 
話は別ですけど、神棚にある「きりこ」はどちらからのものですか。

荻原: 
きりこは祓ヶ崎稲荷神社(はらいがさきいなりじんじゃ)の榊原先生がお作りになったものです。

庄子: 
奥の壁面に貼られているのは?

荻原: 
あの大黒様は、熱田神宮で求めた絵像です。お参りした時に求めて、自分で神棚に貼りました。

箪笥の前で神棚を仰ぎ、かしわ手を打ち、拝礼することが、毎朝の習慣。

日々のお参りもなさるのですか。

荻原: 
毎朝、お供えの洗米とお水と塩を取り換えています。いろんな神社からいただいてきたお神札(ふだ)があるので、全部お名前をお呼びして、かしわ手を打って、昨日までの御礼と今日1日のお願いをします。
今は新築しても神棚を設けないお宅が多いですよね。「神棚ないんですよ」っていう方が、うちの神棚を見て、びっくりして帰られます。

何か毎年決まった習わしなどはあるのでしょうか。

荻原: 
毎年1回、年末に神棚の飾りを全部下ろして大掃除します。しめ縄を張り替え、きりこも取り換えて、松を飾ってお正月になります。神棚には7、5、3の、合わせて15個の重ね餅をお供えします。大みそかの晩は灯明をあげて、家族そろってかしわ手を打って、お参りをして新年を迎えます。家族5人全員が一堂に集まって参拝する形は、年に1回のそれだけですね。子どもたちが小さい頃は、何かあればすぐ集まったけど、もう大人だから、みんな忙しくてなかなかそろわない。だから、集まった瞬間を狙ってお参りします。

七五三の食事会も、こちらの間ですか。

荻原: 
そうですね。法事も、ここに親戚が15人ぐらい集まります。

祝儀、不祝儀を問わず、こちらの間で行われるんですね。箪笥があることで、何か変わりましたか。

荻原: 
気持ちが整ったというか。やっぱりしまい込んでおくよりは、見える場所に出した方がいいなという思いはあります。
箪笥をここに据えたことで、日々向き合い、自分の居場所としても、自らの在り方を映すものとしても、この箪笥はもう欠かせないものになりましたね。
できれば、前の世代から受け継いだものを次の代に伝えたい気持ちはあるんですが、つながるかどうかは、まだ微妙なところです。

庄子: 
お子さまが大きくなられてから、価値が分かるんでしょうね。

荻原: 
子どもたちは、30代と20代ですが、こぎれいな、こざっぱりした部屋に住みたいんですよ。箪笥にまで、まだまだ気持ちはいきません。気が付いてくれるまで、こちらが生きていられればいいのですが(笑)。

お客さまなど、ご覧になった方の反応はいかがですか。

荻原:
「塩竃deひなめぐり」のイベントで、ここにお客さんが入ると大反響です。仙台箪笥を初めてご覧になったお客さんもいっぱいいるので。もしかすると、このサイズを仙台箪笥と思って帰られたかもしれません。この箪笥は1間(※1)の幅なので「一間は、かなり大ぶりなんですよ」とお伝えはしていますけど。

(※1)1間(いっけん)
約180センチ。仙台箪笥の原型となる野呂箪笥は幅4尺(約120センチ)が標準のため、荻原家の箪笥は横幅が60センチ大きいことになる。

庄子: 
外国の方もいらっしゃいますか。

荻原: 
ひなめぐりの時は、何人かいらっしゃいます。来られたお客さまは、この箪笥の前に座ると、みんな落ち着いてしまって忘れ物が多くなるんですよ。だから、立ち上がる時は「忘れ物ないですか」って言うと「ああ、あった」とあちこちから聞こえてきます(笑)。

庄子: 
つい夢中になっちゃって、私たちも忘れ物をしそうです。普通、箪笥を見るだけでしょう。中を開けてくださることはまずないから。歴史を詰め込んだ仙台箪笥。仙台、塩釜の、特別な空間。大事にされているものを見せていただいて、本当にありがとうございます。

荻原: 
今回は特別です(笑)。

全員: 
ありがとうございます。

この箪笥の前に腰を下ろすと、ゆったりとした心持ちになる。荻原さんの表情も柔和。

掲載:2025年2月12日

取材:2024年9月

取材同行/庄子晃子(東北工業大学名誉教授) 取材・原稿/大谷美紀 写真/寺尾佳修

荻原 勝 おぎわら・まさる
江戸後期に建てられた築約170年の母屋とともに、明治前期に作られた仙台箪笥を受け継ぐ。1888(明治21)年創業の荻原醸造を継いだ約35年前、箪笥を居間の中心にしつらえたことで、心が落ち着く空間に。箪笥の上部にある神棚には、毎朝のお参りを欠かさず、七五三や法事なども箪笥の前で行う。使い込んだ箪笥の色つやを大切に、から拭きしつつ金具の細工にも目を見張る。出かけた先でも、つい箪笥に目が行ってしまうという箪笥を愛好する一人。宮城県塩釜市生まれ。荻原家5代目。