アート系福祉事業所とプロのクリエイターの協働事業が始まった
繊細で心を打つ表現や斬新な色や形が目を引く作品が、障害を持つ人が生み出すアートに多くあることはよく知られるようになってきました。仙台でも10数年前から、これらを商品化して社会参加や収入の確保につなげようという取り組みが始まりました。しかし、福祉事業所の規模は大きくなく、限られた予算と人員でそれぞれが孤軍奮闘しながら続けてきたのが現状でした。アートを扱う事業所が少しずつ増えてきた今、それらを横につないで可能性を広げようと始まったのが“「アートを仕事にする」ネットワーク環境形成事業”です。一番町(仙台市青葉区)のアーケードで「アート・インクルージョン・ファクトリー」を運営する一般社団法人アート・インクルージョンが主催し、多夢多夢舎中山工房、わらしべ舎羽黒台工房との共催で行っています。
アート・インクルージョンのスタッフで、この事業の企画者である佐々木桂さんは、以前東京でジュエリー作家として活動していた経験を活かして事業所内で商品開発を担当してきましたが、グラフィックデザインはもともと専門ではなかったこともあり、いつも悩んでいたといいます。
佐々木さん:
「事業所の中で商品開発の担当者は私だけなので、自分の感覚だけで決めてしまっていいのか迷ったり、やり方がわからなくても相談できる人がいなくて独学でやらなければならなかったりで、悩みが多かったです。そんな時、アート・インクルージョンの活動開始10周年を記念した「アート・インクルージョン展」をせんだいメディアテークでやることになり、その中の企画として、同じようにアートに取り組む事業所のスタッフを招いて「アート系福祉サービス事業所のもやもや座談会」(https://www.city.sendai.jp/bunkazai-kanri/20230410_gentikokaai.html)をやったんです。
そうしたら、みんな同じような悩みを持っていることがわかって。「仲間ができたみたいで嬉しい」と言ってくれた人もいて、何か継続的に一緒にやれることがあったら、と思っていた時に2021年度の「持続可能な未来へ向けた文化芸術環境形成助成事業」の募集があったので、多夢多夢舎さんとわらしべ舎さんにお声がけして、仙台のクリエイターさんたちにもお手伝いいただいて商品開発をやってみようと始めました。」
それまではそれぞれの事業所内で商品を作っていたため、プロのクリエイターとのつながりも特には無かったという佐々木さんたち。座談会に参加していたエイブル・アート・ジャパン(※)の柴崎由美子さんからグラフィックデザイナーの渡邊竜也さんを紹介してもらったり、仙台市のクリエイターを紹介するサイト(SC3)のインタビュー記事を読んで「この人がいいのでは」とテキスタイルのデザイン・製造・販売等を行う「TEXT」代表の大江ようさんに声をかけるなど、協働してくれるクリエイターを探すところから手探りでスタートしました。
声がけに応じてくれた人たちと一緒に、初年度は10月から「ネットワーク会議」を月に1度開催。著作権に関する勉強会や、長崎で商品の企画・開発からデザイン、製造、販売までを行う福祉事業所の「MINATOMACHI FACTORY」にZoomで研修させてもらうなどしながら、どんな商品を作れるかアイディア出しを行いました。そこで出たアイディアをもとに2022年1月からプロトタイプ(試作品)の製作を行い、合計で5つのプロトタイプが誕生。3月には報告展として「アートとしごとラボ」を仙台フォーラス7階のアートスペース「even(イーブン)」で開催しました。
※エイブル・アート・ジャパン:「社会の芸術化、芸術の社会化」をキーワードに活動するNPO法人。
佐々木さん:
「最初はみんな、外部のクリエイターとの協働に慣れていなくて、ちょっと遠慮しがちなところがありました。それでも、クリエイターさんたちがすごく頑張ってくれて、いろいろなアイディアを出してくださったので、思った以上のものができました。2年目になると、だんだんみんな勝手がわかってきて、「こうしたい」「ああしたい」「ここが課題なんだ」ということを言えるようになりましたね。」
「お互いの現場をみんなで見に行って、作品制作の様子を見学したり、クリエイターさんにアーティスト=福祉事業所の利用者さんと直接話してもらったことで、より突っ込んだアイディア出しをしたり、商品作りのネックになっていることをどう解決したらいいかも話し合えるようになりました。つながりができたことで、これまで自分たちの中だけで抱えていた悩みをプロに相談できるようになって、すごく助かっています。商品開発に関わっていないスタッフにも関心を持ってもらえるようになった、という声もありました。」
新しい出会いを楽しみながら「みんなで創る」
協働での商品づくりは、福祉事業所にとって良い効果があっただけでなく、参加したクリエイターにとっても、よい刺激になっているといいます。
高橋さん:
「障害のある人と身近に触れられたことが大きいんじゃないでしょうか。福祉作業所に通う人に対して、世間には必要以上に「かわいそう」というイメージがありますが、実際の現場はこんなに楽しくて、毎日笑いが絶えない場所なんだということを知ってもらえたと思います。プロのクリエイターのみなさんは、日々クライアントからの注文に応えて忙しく仕事をしていらっしゃると思いますが、こうやって打ち合わせをしていても利用者さんが「うんうん、いい! 俺もそう思った!」と会話に混ざってきたり、自由な雰囲気で作品づくりをしている姿に感動してもらったようで、「こういうのが本来のものづくりだ」と改めて思った、という声もいただきました。」
「依頼されたから作るのではなくて、目の前のアーティストと生み出される作品を心から「いい」と思って、それをなんとか活かしたいという思いで商品づくりに取り組む。そこに刺激や癒しを感じてもらっているんじゃないかと思います。」
参加しているクリエイターはそれぞれ仙台で活躍していて、仕事の依頼も多い人たちです。そんな人たちが、多忙な中でもこの事業が「楽しいからやれる」と言ってくれるのだそう。福祉事業所だからこそ求められる商品づくりのポイントや工夫も、協働を重ねるなかで自然と共有されていったといいます。
佐々木さん:
「私たちの取り組みに共感してくれる人、本気で興味を持ってくれている人たちなので一緒にできるんだと思います。福祉作業所の商品づくりは、マーケティングをしてたくさん商品を売ればいいわけではなくて、みんなの手が何かしら加わるようにしないといけない。今年の七夕ではわたあめを作って販売したんですけど、効率だけを考えたらカップに入れずに棒につけて販売した方がいいんです。でも、できたものが不揃いでも商品としてかわいくなるようにカラフルな色をつけて、わたあめを作る人、カップに入れる人、フタをする人、シールを巻く人など、すごく仕事を細分化して作っています。」
「一人ひとりができる範囲で仕事をする、その仕組みを作るのも重要なポイントで、たくさん売れたとしても、利用者さんの手に余って自分たちで作れなくなったら就労支援になりません。そういうところも一緒に考えてもらえるのがすごくありがたいです。」
報告展でも、展示ディレクションを担当するグラフィックデザイナーの渡邊竜也さんが、みんなが展示に参加できる方法を考えてくれているそうです。コメントを掲示する際にはマスキングテープで留めればいいようになっていたり、大きいパネルを作らず事務所のプリンターで出力したものをそのまま展示できるようにしたり。「ここはみんなで創る場だからね」と、必ずしもプロの手が入らなくても再現できる方法を考えてくれています。
高橋さん:
「私たちは利用者さんと日々生活しながら、うまくいかなかったり、失敗しちゃったりしたことも、お互いにうまく許し合って前向きに変えていくことを大事にしているんです。イベントのチラシの日付けが間違っていても、配った相手に「直しといてくださーい」って言いながら配っちゃったり、出店者さんの紹介がダブっていたら、その出店者さんが「やった!頑張って2倍売りますね」と言ってくれたり。本当は間違っちゃダメなんですけど(笑)。そういうオープンマインドな関係を内部はもちろん、外部の人とも作ってきたので、今回参加してくださっているクリエイターさんたちもその雰囲気を楽しんでくださっているな、と感じます。」
共感の輪から始まる「アート」のものづくりがしたい
商品開発の次のステップとして販路づくりにも挑戦するため、2年目となる2022年度の報告展ではグッズ販売のポップアップストア「AとW」(「アート=Art」と「仕事=Work」から命名)を出店。1年目に作ったプロトタイプを製品化して販売しました。3年目となる今年のテーマはストアのブランディング。ネットワーク会議でブランドデザインや商品ラインナップについて話し合い、9月1日から5日までの5日間、プレ展開として仙台PARCOでポップアップストアを開催しました。ここでの反応をみてさらにブラッシュアップしてブランドデザインを完成させ、2024年1〜2月にもう一度、仙台PARCOで開催予定です。
佐々木さん:
「楽しいビジュアル、面白そうな取り組みに敏感な人が集まるところで出店して、反応を見たいと思っています。これまでは勾当台公園市民広場で開催されるふれあい製品フェアなど、行政の行う福祉製品の販売会に出店していたんですけど、そういうところだと年齢層が高くなったり、職場のお昼休憩に来るような人が多くて、食べ物は売れるけれど雑貨はなかなか売れないんです。それと、私たちは障害者福祉事業所ではありますが、「アート」をメインテーマにものづくりをしているので、「かわいそうだから買ってあげよう」ではなく「かわいい!」「欲しい!」と思ってもらえるお店づくりをしていきたいと思っています。
「障害者アート」という括りではなく、アート雑貨のセレクトショップとして素敵になっていって、「仙台の福祉作業所の商品はかわいいものがいっぱいあるね」という風になっていったらいいですね。」
佐々木さんたちの取り組みを見て、今回の事業には参加していない事業所からも、「勉強会やネットワークに参加したい」という声が届いているそうです。
高橋さん:
「今後、他の事業所さんも加えてプロトタイプの製作を続けたり、関わってくれるクリエイターの数も増やしていきたいです。この事業を通してクリエイターさんたちと顔の見える関係ができたことで、すごく可能性が広がりました。もともとアートって境界線がなくて、障害があるとかないとか、年齢とか性別、国籍とかも関係なく、みんなが参加して楽しめるもの。それがもともと「アート・インクルージョン」という私たちの理念でもあります。根っこの部分での共感を大切にしながら、仲間づくりを続けて、輪を広げていきたいですね。」
執筆:谷津智里(Bottoms)、撮影:金谷竜真、編集:菅原さやか(株式会社コミューナ)
掲載:2023年9月28日 取材:2023年8月
この記事は、2023年度「持続可能な未来へ向けた文化芸術の環境形成助成事業」で実施されているプロジェクトを紹介するものです。